春の伝承 03
過去の現世では約一週間うろうろして情報集めにいそしんだ。その間、あの世では約3時間程度しか経っていない。緊急時はほんとスピード勝負じゃないかと思ったけど、よく考えたら俺死なないからそうそう緊急時はないな。
向こうで二ヶ月くらい過ごしてもこっちでは1日で済んでしまうので、今のところ、別に仕事に支障はないだろうなと思って白澤様の反対意見はボツとなった。
ビンタくらって鼻血を出した白澤様を連れて帰りながら、先の仕事の予定を組むことにした。
といっても、俺がいないとできない仕事などない。桃の木の世話に、雑務と、二日酔いの看病をしてくれる人がいないだけ。天国がその辺はとりもつそうなので、結局なんの苦もなく俺の副業予定はたてられた。
「あれ、俺って意味あんのかな……」
「仕事とはそう言うものです。むしろあなた一人がいなくてどうにかなってしまう方が店としておかしい」
「そうだった……」
鬼灯さんへの報告で地獄を訪れた俺は、つつがなく仕事の引き継ぎはできそうだと報告した末にぼそりと弱音を吐いた。
まあ白澤様は唯一無二すぎて目指したいとか思わないし、鬼灯さんは多忙を極めすぎて仕事を任せられるところは任せて働いてる人なので比べようがない。
「まああの偶蹄類の方は十分駄目になりそうですけどね」
「ハハハ、大丈夫あの人なんだかんだどうとでもなるから」
「むしろ駄目になってしまえ」
相変わらず物騒なことを言う人だなあ。
俺の様子はかろうじてあの世からも確認できてるけど、時間の進み方が違うし会話や細かい動作もつきっきりで見ているわけではないので気づいたことは報告することになっている。
今回は一週間しか行ってないので大した情報はないけど、鬼舞辻無惨本人と対面したというのは大きな収穫かもしれない。
「黄泉から来たと思われたことで興味を持たれているようですが、それならば向こうのあの世が動く可能性もありますね」
「そうでしょうか」
「本来なら干渉しすぎるのは禁則事項ですから───それと、力が入らないと言われていましたね」
「ですね。本当なら相当な怪力を持ってると思います。剣士を地面に叩きつけて潰しましたし、体も多少変形が効くはずなのに……」
鬼舞辻が発言した、俺の腕を握りつぶせない、というのは謎が残る。
鬼はとてつもない力を有しているし、戦った限り怪力なことは確かだ。けれど、俺に触れる場合のみ人並みに戻ってしまう。殴られても斬りつけられても、大した力じゃなかった。
報告しつつの質疑応答を繰り返し、過干渉と頭をチョップされたことを思い出す。最初はどっすんとやられて素直に反省したけど、この口ぶりからするに軽く騒ぎを起こした方がいいのではないかと思えて来た。
もちろん鬼と鬼殺隊の関係を引っ掻き回すのはよくないが。
その辺塩梅を見つつ、優先すべきは情報収集かなっと。
世の中の暮らしに混じっていると、所々で鬼の噂は耳にした。うーん、この世で鬼といったら鬼舞辻と同類の鬼しかないみたいだ。鬼ヶ島もなさそうだし、獄卒や神仏の類が様子を見に来ていたりとかはない。霊すらもないので、そのあたりも調べていきたいところだ。
それよりも俺が今最も疑問に思っているのは、鬼に見つかると十中八九桃太郎と言い当てられることだ。
「アァアアァ桃太郎ぅぅうぅ!!!!」
たまに鬼に遭遇することもあるし、鬼殺隊が戦ってるところを見ることもあって、この時もそうだった。
鬼は俺を見るなり三つくらいある目をぎょろりと見開き、わなないた後絶叫。ふざけるな鬼舞辻が来たらどうするんだ。
「も、桃太郎だと!?」
「あれが伝説の!?」
で、伝説だと……。
俺は狼狽しつつもダッシュでその場から離れた。まて、鬼も鬼殺隊も追っかけて来た。
「人違いだと思います!」
「いいや違うはずがあるものか!お前は桃太郎だ!記憶に残ってる!」
「初対面だろ!!!」
夜道を駆けながら一応否定はしてみる。俺の人相描きが触れ回ってるのか、鬼に。いや過ぎるから次回から変装してこようかな。
「その人相、匂い、佇まい、声、全てがこの細胞に───」
追いついて来たとびきり足の速い誰かが、振りかぶって鬼の頸を切り落とす。
助かったけど今ちょっといいところだったと思います。
立ち止まり、倒れた体と落ちた頭に駆け寄る。
「細胞ってどういうことだ?」
「……れ、は、……ざ、さま……ぁ」
頭も体もぼろり崩れて消えた。
今しがた鬼を斬った青年はその刀を俺に向けて見下ろす。
俺は座ったまま刃物に触れないように居住まいを正した。
「ええと、助けてくれてありがとう」
「それより、今の鬼の発言はまことか?」
「発言?」
「───貴様は桃太郎なのか」
「たしかに俺は桃太郎と名乗っていますが、それが?」
青年はまじまじと俺を見る。そして刀を退けて鞘にしまった。
俺たちを追いかけていた隊士は他に2名ほどで足取りからしてさほど力はないようだ。戦いの末体力が残ってない、の方が正しいかもしれない。
鬼は斬られ、今動けるものは目の前の一人のみ。その一人だって俺を人と思って命をとりにくることはない。ただ……ちょーっと面倒かなっていう。
接触しちゃ駄目とは言われてないが、接触しろとも言われてないわけで。
「桃太郎とはおよそ50年ほど前に突如現れた剣士で───鬼舞辻無惨を初めて夜明けまで追い詰めたと聞いている」
えっそんなに経ってるんだっけ?
「とてもそうは見えないが、鬼がひとめ見て、血相変えて言うのならそうかもしれない」
「はあ」
一応地べたに正座したまま両手を膝の上で握っとく。
青年は俺と話をする気があるようで、顔の高さを合わせるべく屈んで地面に膝をついた。
「いわく、刀をほとんど使わずして勝利を収めた。そして共の動物……犬、猿、雉を従えている……とのことだったが」
ふむ、と俺の様相を確認してくる青年。今の俺は犬、猿、雉を連れてはいないけど帯刀はしている。
今までも鬼に遭遇して桃太郎って叫ばれたら反射的に逃げてたんだよな。鬼は目の前の獲物よりも俺を追いかけて来たから人に危害を加えることは少なかったし、鬼ごっこは夜明けまで続くから手っ取り早くあの世に帰るためにお供を召喚してたっけ。
おそらくそれを見られて、言い伝えられてるのかもしれない。
「───そうか、共の動物の存在は初めて聞いたな」
地を這うようでいて、けれど涼しげで、優しい声が青年の後ろからした。
どこから現れたんだか見てなかったけど、どろりとした殺意と執着が俺に巻きついてこようとする。
瞬きの間に、青年の後ろにいた隊士は頭から崩れていく。
俺はとっさに振り向いた青年を引っ張って、攻撃をかわす。
「ぐっ、う」
先ほど一太刀で鬼の頸を斬り落とした彼は、鬼舞辻には速さも力も叶わないようで応戦しようにも反応が追いついておらずいくらか攻撃を食らって、崩れ落ちかけている。
邪魔者の排除から、もしくは俺が庇うと見越してか、攻撃を止めようとしない。俺はその目論見通り、彼の前に立ち腰に差していた刀で応戦した。
もちろんこれはただの刀なので、日輪刀ではない。
「うごけるなら逃げろ!」
怪我の具合を見てやれる余裕はない。
後ろでは呼吸音がするが、少し胸を打ったような混じり気のあるものだった。
「無理なら、無理をしないように」
「は、ぁ、はっ……───の呼吸、……」
後ろで身じろぎをする気配があり、逃げるか、どうするのかと思いながら無惨を抑えていると、俺の体の隙間を縫うようにして刀が飛び出した。
大乱闘!桃太郎vs.鬼舞辻無惨が始まるかと思いきや、鬼殺隊の青年が日輪刀で一太刀浴びせてくれたため隙ができた。
鬼舞辻の狙いは十中八九俺なのだろうけど、彼を置いていったらまず間違いなく一瞬で殺されそうだったので抱えてその場から逃げる。
奴の五感が優れているとはいえ、早く距離をとってしまえば見失うはずだ。
「隙を作ってくれて助かった」
「こちらこそ忝い。───、あれが、鬼舞辻無惨か」
「そう」
結界代わりにシロと柿助とルリオを緊急召集して、周囲を警戒させる。
一応空き家の中に潜み、藤の花の香も焚いているけど。
板の間で申し訳ないけど、寝かせて改めて青年の姿を見る。
彼の脇腹は大きくえぐられていた。……うん。
「よくここまで耐えた」
「───ぁ、ああ……」
集中していたのか、それとも気づいていなかったのか。かなりの出血量だし、失われた肉の量が多い。今ここにくるまでも息をしていたのが不思議なくらいだ。
青年はようやく自分の身体のことがわかったらしく、諦めたような安堵したような顔をした。
「聞き、たいこと……がある」
震えた、血まみれの手に握られる。豆が潰れて硬くなったものだった。
うん、と返事をすると虚ろな瞳が俺をうつした。声は小さく呼吸も弱いので顔を寄せる。
「なぜ、鬼舞辻に、狙われている?」
「俺がこの世の人間ではないから」
言うつもりも広めるつもりもなかったけど、嘘偽りなく答える。
「なるほど───鬼が桃太郎を追っているのか」
「ああ、たしかに。なんだか申し訳ないね、鬼舞辻を呼ぶ元凶みたいだ」
「───いや、いや」
失血のせいで青白い顔だけど笑った。
「その強さも存在も希望だ……人を、安堵させるものだ」
力のない手を今度は俺が取る。
「ふしぎだな、触れていると痛くない、寒くない……」
俺の羽織をかぶった彼は繋いだ片腕だけを出して、俺を見つめながら目を細めた。
まぶたにも、顔にも、口にも力がなくなって来ている。それでも指先は俺を求めていて、俺も彼の意図を汲んで絡めた。
「私が眠るまで、こうしていてほしい」
「眠るまでと言わず、次目覚めるまでこうしていよう……ねえ、名前は?」
「……謡路……」
謡路の体から、とろりと力がなくなるのがわかった。
おやすみ、そしてお早う、謡路。
next.
過去なので鬼舞辻以外はオリキャラでしかいけないし開き直ってしれっと名前つけました。
現代じゃない話久々に書いてるし口調が迷子。
鬼が桃太郎〜〜〜って雄叫びあげて通報してるの書きたかったんです。
May 2019.
過去なので鬼舞辻以外はオリキャラでしかいけないし開き直ってしれっと名前つけました。
現代じゃない話久々に書いてるし口調が迷子。
鬼が桃太郎〜〜〜って雄叫びあげて通報してるの書きたかったんです。
May 2019.