春の伝承 04
「それで、なんでこちらに連れて来たんです」「いや出来るならあちらに行こうと思ったんですけどぉ、アイタッ」
謡路と手を繋いだままお供と死後の世界へ行こうとしたが、俺のせいなのか、それとも元々くる運命だったのか、俺たちのあの世へ来てしまった。
鬼灯さんには普通にど突かれた。
「───鬼!?」
謡路はもちろん鬼灯さんのツノを見て警戒した。が、これ違う鬼だからと両腕を抑える。
そもそもあっちの鬼はツノよりも紋様と目で判別することが多いと思うけど。
ん?となると俺のおでこは見せない方がいいのか。まあいいか、俺が鬼じゃないことはわかってるだろう。
鬼灯さんは仕方ありませんね、とぼやきつつ連れて行こうとする。
その拍子にくんっと腕を引かれて繋いでいた手を思い出す。
「あ」
「いい加減離してくれないかなあ〜」
思わず俺もついて行こうかと思ったところで、今までおかえりの抱擁といわんばかりに足にしがみついてるだけの変な人が声をあげた。
死後の裁判にまで付き合うことはない、と言いながら俺の肩に手を置きずっしりと存在を主張し始める。
神獣の圧に引いた謡路は手をほどき、軽く礼をして去っていった。
「お疲れ、帰って温泉でも入ってゆっくりして」
「どうも」
鬼灯さんには後で報告に行くとして、今度は白澤様に手を引かれて極楽満月への道を急ぐ。
「しばらくはまたこっちにいられるんだったよね」
「そー、ですね。次はまたどのくらい死者がこちらに流れてくるかによりますけど、来月くらいかなあ」
「今回みたいに3日とかいったりする?1日くらいならいいけどさあ、休みの日だと思えば……」
まるでたった3日留守にしただけで渋ってるとんだ甘えん坊じじいのようだけど、例えば行き先が天国や地獄、現世だったら数日留守にしたって渋ることはないだろう。
白澤様も心配しているのかも。こういってはなんだが、俺って向こうで傷ついても血すらこぼれないし、体が保てなくなったら自然とこっちに帰ってくるだけだろうけど。
「俺は大丈夫だから」
「……そう」
「あの人たちを早く、本当のあの世に行かせてやりたいな」
謡路は俺の存在を知ったこともあって協力を申し出た。鬼舞辻については俺の方が接触してるんだけど、鬼殺隊については当然、元剣士の彼の方が事情を知っていた。
今までも話してくれる人たちはいたが、俺と接触したことのある人はほとんどいなかったし、死しても隊員以外には漏らすべきではないと秘匿していたんだと思う。
鬼殺隊は産屋敷という姓を持つ男が代々当主である。病弱で短命で、代替わりは早い上にいつ血筋が耐えるかわからないくらいにギリギリで保っている一族だそうだ。しかしそれでも鬼殺隊は産屋敷を慕っている。また産屋敷も隊士を我が子と称して慈しんでいる。
「お館様は重症の隊士を看取るために病弱な体に鞭打って、病室へ足を運んでくださる方だった。私は間に合わず生き絶えたが、骸を持ち帰り手厚く葬り、毎日墓参りをしてくださっていることだろう」
というのは謡路の言。
初めて当主について聞いた。
それからも何度か過去の現世に降りた。
時には鬼と対峙し、鬼殺隊と出くわし、妙な噂のあるところへ行ったり、民間人に紛れて生活したりと、過去の現世に溶け込んだ。
鬼も鬼殺隊も存在は公になっておらず、鬼は夜現れ、藤の花が嫌いだという伝承がぽつりぽつりと語り継がれる程度。ちなみに桃太郎は人々の心の不安を拭うためか、鬼退治のエピソードがちゃっかりできており、おとぎ話になっていた。
猿と犬と雉をお供に、夜な夜な現れる鬼と夜明けまで戦い続けてくれる、というあたり俺の知ってる桃太郎じゃなくてもはや俺である。
のちに来た鬼殺隊の亡者はその伝承プラス、鬼殺隊内で鬼舞辻無惨に初めて刃を突き立てた英雄として語り継がれていることを教えてもらった。あたかも過去在籍した鬼殺隊の剣士のように扱われてます。
時は江戸時代。年号は慶応……もうすぐ明治になるくらいのころ。俺は江戸の下町にあるうどん屋さんに勤めていた。
ある日、近頃人喰いが出るから夜の一人歩きは気をつけろって親父さんに言われた。え、こわあい、としなを作ったら江戸っ子親父には背中をぱしんと叩かれる。こないだ店で喧嘩してた酔っ払いを蹴散らしたからかな。
一人歩きは危ないと言われたって、店が終わって寝床に帰る頃にはとっぷり日が暮れているわけでありまして。
あ、───いる。
人気のない町中で足を止めた。
先の方から鬼の気配がして、人の悲鳴が聞こえた。
基本的には接触しないように心がけてるけど、こういう場合は別だ。それに最近では見た途端に桃太郎だとバレる確率が減って来た。鬼舞辻の桃太郎センサーが弱まってるにちがいない。
ただししっかり応戦すると高確率でバレるし、鬼舞辻まで来るのでごめんこうむりたい。
「何をやっている!!」
ひとまず声のする方へ、善良な一般人らしく現れた。
男のような風貌をした鬼が、中年の女性の髪を掴み地面に転がしているところだ。女性は怯えて引きつりながら泣いている。
「あぁ?なんだよ人間……」
「その人をはなせ!」
「うるせえなあ、じゃあテメエを捕まえようかぁ!!」
俺に向かって来た鬼は女性から手を離す。俺はそのすきに鬼に立ち向かうふりしてかわそうと考えていた。
今まで出会った鬼の中でも、下級くらいだなと定めてバレないギリギリのところで踏み込むつもりでいたら、後ろから足音と飛ぶ音、それから刀が鞘から抜かれる音がした。
「そのまま駆け抜けろ!!」
「───!」
指示が飛んで来たので従い走り抜け、倒れている女性に覆いかぶさりながら振り向けば、天狗の面をつけた鬼殺の剣士が鬼に斬りかかっていた。
間髪入れず、天狗面の剣士と鬼が戦っているのを尻目に女性を抱き上げて走った。
「大丈夫?怪我は?」
「あ、あ、あ……あたし……」
「もう大丈夫だ、大丈夫だよ」
答えられる状態じゃなかったけど、うどん屋の親父さんのところが近かったのでひとまず家に入れてもらった。騒ぎを聞いた近所の人が医者を呼んでくれたし、女性の顔を見て名前がわかるみたいだったので家族も呼びに行ってもらった。
襲われていた女性はお景さんっていうらしく、おかみさんが介抱して随分落ち着いて来たようだ。
「人喰いを見たのか?おめえ」
「見たっつーか、うん……。お侍さんが助けに入ってくれて、一目散に逃げて来たんだけど」
「町奉行に声かけてくらあ」
親父さんたちと相談しつつも、町奉行なんて呼んだらある意味邪魔になってしまうよなあ……と考える。
「待って、多分あれは───鬼だった」
「鬼?ってえと、アレかい?妖怪の類か」
親父さんは俺の神妙な顔つきにつられるようにして表情に翳を作る。
伝承の話はここらでは薄そうだけど、人喰いが出るという噂には皆怯えていたから、鬼という言葉にしっくりきたらしかった。
「鬼は朝日と藤の花を嫌うんだ」
「それ、聞いたことあるぞ。じゃあお侍さんは桃太郎かもしれねえな」
「へ」
今度は俺がぽかんとする番だった。
「桃太郎って御伽話のか?」
「いやそうなんだけどよう、この世には鬼と戦える剣士がいるらしいんだ。そういうのを桃太郎って言ってたんだよなあ、俺んとこの親父は」
諸説あり諸説ありな。
口承文学のふわふわ感に目を細めつつ、お景さんが俺の着物の裾を引いたので体を向ける。
「さんありがとうね、あんたが声をかけてくれたおかげだよ……」
「ああ、いいんだよ、お景さん」
「いや本当に、桃太郎だのお侍さんだのもそうだけどね、さんが一番勇気あったんだから」
涙ながらにお景さんがいうと、親父さんもおかみさんも、近所の人たちもそうだと顔を見合わせた。
「腰を抜かして立ても逃げもできず、食われるところだったあたしがここまで来られたのも、さんが抱えて走ってくれたからなんだ。今度何か礼をさせとくれ」
「じゃあ昼間の明るい時に、うどん食べにきてくんな」
親父さん譲りの江戸っ子口調で声をかけると、お景さんはポロポロと泣きながらも笑った。