春の伝承 07
鬼灯さんが俺の桃太郎伝説に横槍を入れてくる。面白半分に。いや半分どころじゃないだろうな。
ある日鬼灯さんプロデュースの登場の仕方をして以来、桃太郎は川から桃とともにどんぶらこと流れてくる設定が付け足された。
かなり昔、山へ芝刈りに来ていたじいちゃんを鬼から助けて、川で洗濯していたばあちゃんを迎えに行ってその日の晩うちに泊めてもらったことで、そこのうちの桃太郎っていう噂があったのに、人の話を介してこんがらがって、川で洗濯をしている最中にどんぶらこと流れて来た桃から生まれたことになっていた。
桃太郎の噂っていうのはだいたい鬼殺隊が発端なわけで、川に飛ばされた際一番にあった子供が鬼殺隊次期当主だったのだから瞬く間に普及した。
そもそもの噂では桃太郎がどこからやってくるのか謎に包まれていたので、登場の仕方が特徴的だったアレが目を引くのも仕方がないことかもしれない。
後日無事ひっちゃかめっちゃかになった噂を耳にした鬼灯さんは俺にやりましたねと親指を立てて見せた。
「あとはきびだんごですね……」
わくわくしやがって。
一向にあの世が繋がらないせいか最近違うことに目的を見出しつつあるこちらのあの世連中。
鬼灯さんにつられてではこのような演出はどうだろう、と言い出した人たちをよそに俺は遠い目をした。
こっちでの桃太郎だって大したことのない話からあれよあれよと誇張されていったので、もうそれ以上桃太郎の存在感を強くするのはやめたい。
むしろこっちよりあっちのが俺の噂が大きい気がする。
もしかして鬼退治うんぬんよりも、桃太郎伝説を作り上げてあっちのあの世を引っ張り出そうという魂胆か?
そううまくいけばいいけどなあ。なにせ500年ちょっと音沙汰なしだ。あちらの天の国はちゃんと機能してんのかいな。
「おまえ、こんなところで何をしている」
「やー久しぶり。きびだんご食べるか?」
「いらん」
鱗滝左近次は昔から天狗面を好んでつけているみたいで、年老いててもすぐわかる。
逆にあちらも俺の顔は何年経っても変わらないのですぐわかるだろう。
「ごっそさんでした」
団子屋さんの一角でのんびりほけほけしてた俺は、店の人に声をかけてから立ち上がった。
「おっ、孫?」
「違う。拾い子だ」
「へえ〜、お名前は?」
「……、さ、錆兎……」
よく見たら後ろに子供を隠すように連れていたのでひょいっと覗き込む。左近次が隠していたのではなく、子供が意図して隠れていたので、警戒しつつの返答だった。
そんなに変で目立つ見た目をしてはいないと思うけどなあ。鬼だけだよ、俺を見たら絶叫するのは。
左近次は仕方なさそうに息をついて、安堵させるように錆兎の頭を軽く撫で付けた。
「まだ引き取ったばかりでな、あまり慣れていない」
「そっか」
家族を失ったのかもしれないし、とにかく急に生活が激変したばかりだ。
「今は育手ってやつなんだよね、じゃあ弟子にするのか」
「最終戦別に行かせるかはまだ決めてないがな」
錆兎は俺と左近次の顔を見ながら話を聞いていて、口を開くことはなかった。
けれど左近次の着物を握る手に戸惑いはない。
「あ、じゃあ俺にも稽古つけて」
「いやだ」
ちょうどいいからと自分を指差してアピールしてみたがにべもなく即答。
錆兎とは反対側から左近次の着物を握って引っ張ってごねてみた。
「錆兎のついで!ついででいいから〜」
「錆兎はまだ剣も握れん。そんなところから一緒になってお前の面倒まで見る暇はない」
ああ……見たところ九歳とか十歳くらいかな、確かに剣なんて握ったこともないだろう。
「だいたい稽古なんか必要なのか?今度は何しにこちらへ来たんだ」
「え?あー……」
あいも変わらず現代に来た理由は視察だけど、裏任務はきびだんごの普及……正確に言うと桃太郎の持ってるきびだんごを食った奴が仲間になる流れの普及。───さすがに言えないね!
「最近の人の剣技を見ときたくてさ」
「なら育手の儂よりも弟子や隊士と……いや、そうだな」
「うん?」
「お前が錆兎の稽古をつけてやれ」
今までじっとしていた錆兎が小さくえっと声をあげた。
「さん!!!」
大きく張りのある声で俺を呼ぶのは、初めて会った時は人見知りをしていた錆兎。
あれからもう三ヶ月が経っていて、錆兎は左近次から扱きを受けて体も心も丈夫になっていた。いやあ、子供の成長は早いわ。
「今日から俺もさんの稽古受けさせてもらいます!お願いします!」
「うん、聞いてるよーよろしく」
「はい!」
左近次があの日俺に稽古をつけろといったのは、錆兎のことをまるっと投げたつもりではなく、手合わせをしろという意味だった。もちろん俺は呼吸法などしらんし、我流の剣なわけだから左近次に育ててもらわないといけない。錆兎の修行中は他の弟子の相手をしたり、たまに錆兎の修行を見学したりなんかしていた。
そしてようやく、錆兎が俺のところへ来たのがこの時だ。
撃ち合いの結果はまあ、まあ、まあ、子供だ。でも意外と、先に修行をしてたはずの弟子たちの中でも筋が良いと感じた。
錆兎は日に日に上達していくし、左近次も目をかけているようだし、他の弟子たちからも一目置かれ出した。めきめきと頭角をあらわすのは俺も見ていて楽しい。
「どうしたら、さんのように強くなれますか!」
「はぇ?」
ある日のこと、休憩しよーと声をかけて水を飲んでいた俺は、息切れの合間からたどたどしくかけられた言葉に阿呆みたいな返事をした。おっと、かっこがつかない。
濡れた口元をぐいっとぬぐいながら、汗だくで格好も乱れたままの錆兎を見やる。
今日も今日とて俺に一太刀も浴びせず終わったところだ。呼吸法もまだまだ、瞬発力も、体力もまだ足りてない。強くなる気はしてるが、具体的に示唆できるほど研磨されてない頃合い。でもだからこそ、目隠しのまま棒を振り回しているような気持ちになるのかもしれない。
「俺はこれでも、結構な年だし、場数を踏んでるからなあ」
「場数」
「経験が一番力になる。……でも弱けりゃ数踏めずに死ぬだろ?」
「はい」
息をぐっと飲み込み、錆兎はそばに座る。その視線は膝をさしている。
「死なないためには基礎、鍛錬、判断力、折れない心、───これらを積んでかなきゃいけない」
「はい」
「基本が備わって初めて経験を積めるようになる。で、今お前は折れかけてんだろ、折れるんじゃないよ」
当たり前のようでいて、実は途方も無い道のりでもある。
錆兎は少しだけ上を向く。目指すべきは全て積み上げたところといったところか。
「難しいことは言わない、でも簡単なことも言わないぞ」
ぽたりぽたりと汗が垂れていくので手ぬぐいで顎や首を拭ってやる。
最中も錆兎は俺を見て、言葉を待っていた。
「刀を振るう、そして己を奮う、それに尽きる」
要約すると頑張れ。
錆兎はそれっぽい雰囲気に深く感銘を受けたような顔をしてくれたのち、はいと大きく頷いた。
よし、うまいことまとめた。それ以上強さの秘訣などを聞かれても、生きて心から鍛錬すりゃ強くなるとしか言いようがないので、お家帰ってきびだんご作ろうねというわけわからない約束を取り付けて稽古は終了した。
錆兎はきびだんごを、それはそれは美味しそうに食してくれた。
「さんは団子も作れるんですね」
「きびだんごはねー、ばあちゃんに教わったから得意よ」
「そうなんですか。美味しいです」
今まで左近次の家に世話になってたから簡単な料理はして来たけど、手作りのきびだんごを食べさせたことはなかったなあ。
左近次と他数名の弟子たちは違うところで修行に励んでいたり、働きに出てたりするのでこの場には居ない。
「昔っから、身内とか部下にやる伝統料理みたいなもんで」
「食べて良かったんですか?」
「俺の教え子なんし、いいんじゃないかな?」
桃太郎の伝説的に考えると配下への給料というか餌というか……なんだけど。ふわっとニュアンスを変えれば味方に振る舞うもてなしだと考えられる。
「こんだけしかないから、錆兎だけ特別な」
えへへ、と内緒話のポーズをとって笑ったら、錆兎はくすぐったそうに微笑んだ。