Sakura-zensen


春の伝承 08

ちょいとあの世に帰ってまた現世に来た時、たまたま騒ぎのする家を見つけて乗り込んだ。
途端に血の匂いと腐臭が肌にまとわりつく。
あちこちに事切れた血濡れの人間が転がっていて、俺のように騒ぎを聞きつけて家に入って来た近隣住民たちはひっと声をあげる。
十中八九鬼の仕業だろうと騒ぎのする方へ足を進めると、案の定それはいた。

鬼が覆いかぶさる下には、若い女の子の着物と手足が見える。
すぐにふっ飛ばしたけど、着物の柄がほとんどわからないくらいに血に濡れていた。
後から来た男が女の子の名前らしきものを呼びながら駆け寄るのをよそに、俺は鬼に集中する。そうしないと彼らが危ないから。
途中から鬼の気配を察知した鬼殺隊も応援に来たので、頸を斬れる者たちに対応を任せることにした。

無事鬼が屠られたのを見届けた俺は、後片付けに翻弄されているみんなの陰に紛れて去ろうかと思ったんだけど、屋敷の生存者が目に入った。
先ほど女の子が庇うように背にしていた襖はあいていて、そこから這い出て来たのだろう。きっと、弟だ。女の子の亡骸にすがりつき泣いている。
「蔦子姉さん……!!」
───少年の背を、そうっと柔らかい手が撫でた。
血に濡れてない状態の着物がふわりと揺れて、少年を背から抱きしめ、少女は微笑んだ。
それは今物言わぬ亡骸になっている彼女で間違いない。
俺はこの世で初めて亡者の姿を目にして足を止めた。
「あ、……」
声をかけようとすると少女は俺に気づいて、深々と頭を下げて消えた。
「───坊や、怪我は?」
「な、ない……姉さんが……俺を隠して……ぅうっ」
「そうか」
よかったな、とはさすがに無神経なのでいわない。
姉の安堵の微笑みを見受けたので、つい言ってしまいそうだった。
けれど泣きじゃくる子供を撫でてやりたかったであろう手は代わりに出させてもらった。きっと全く感じが違うだろうが、許してほしい。


子供は義勇というらしい。年頃は多分錆兎と同じくらいかな。
身内は誰もいなくなってしまったというし、鬼について知った彼は鬼と戦っていた俺についていきたいと言う。でもなあ……。
俺は子供の面倒を見られないし、鬼殺隊でもないので剣術を教えるのは難しい。かといって今ここに置いていくのもかわいそう。
そこで俺は、鬼殺隊の剣士や隠したちにも通じる鱗滝左近次の名前を出し、彼の知り合いなので預けられるか聞いてみると言って連れ出した。
「というわけだ」
「どういうわけだ馬鹿者」
俺自身への追求からも逃げたかったから、ともいう。
天狗面のまま低い声で言うので、傍で見ていた義勇は若干びくついた。
ごめんな、初対面だと怖いよな。

「まあいい、入れ」
「お邪魔しまぁす。錆兎は?他の子らはどうした?」
俺がこの家を出る前には錆兎を含めて四人ほど修行中の子供がいたはずだった。
「錆兎は今買い出しに行ってもらっているが他の子らは藤襲山へ……最終選別へ出した」
「へえ、強くなったんだな……っと、お前も入んなさいよ」
左近次の後ろを歩いて家へ入りながら呑気に呟く。義勇がカチコチになってたので後ろに回って脇の下に腕を通して軽く持ち上げて敷居を跨がせた。
「───……ああ」
左近次は天狗の面で顔を隠していながらも、何か含めるような間を開けて頷いた。それだけでなんとなく察しはつく。
最終選別は、鬼が放たれた山で一週間ほど生き延びなければならない。多くの命がそこで散る。
左近次は今までも多くの弟子をそこで失っていた。
「ただいま戻りました───あ、さん!」
「おかえり〜お邪魔してるよ」
「そいつは……?」
俺の隣でちょこんと正座して戸惑っている義勇を、錆兎は見下ろす。
義勇を連れて来た経緯を簡単に話す。左近次にもろくな説明をしていなかったのでちょうどいいや。
「そうか、お前も家族を」
口ぶりから、錆兎も自分と同じ身の上であることを義勇も察しただろう。
俺がここにくるまでに、同い年くらいで天涯孤独で、左近次のところで鍛えてるのがいるんだと紹介しといたから。
「それで、どうかなあ。この子、ここに置いてくれないかなあ」
「……お前が子供を連れてくるなんて珍しいことだな、何か琴線に触れるものがあったか」
「うんまあ。ちょっと気になることがあって……」
義勇のそばで亡者を見たから、というのが理由になるので、剣の腕を見てやって欲しいというのは建前というか、おまけであり、義勇の願いだ。
「でもまあ、無理にとはいわんけど」
「ならどうするつもりだ」
「いや……うん、がんばって面倒見る」
白澤様を説き伏せ、鬼灯さんにお願いしてしばらく現世にいさせてもらう。もしくはあの世に帰ってもすぐにまたこっちにくるようにする。……うん、すごいハードな二重生活になりそうだけど子育てってそういうもん……もん?
「───この子を殺す気か?」
「人聞きの悪いことを言うな」
たしかに俺は生きた人間じゃないから、そう思えたのかもしれないけど……ちゃんと現世で育てるってば。
「俺、死んでもいい」
「え」
「あんたについてく!!」
俺と左近次のやり取りを聞いていて、初めて義勇が声を張った。
言いたいことがわかった俺をよそに左近次の方が義勇の発言に納得がいかなかったらしくお話し合いが始まった。お好きにどうぞです。

左近次は義勇の首根っこを捕まえて、試してやると宣言して外へ出ていった。あーあ。何時に戻ってくるんだろ。
「ご飯の下ごしらえでもしようか」
「あ、はい」
ぽかんとしていた俺たちだったが、やることないので思いついたのがこれだった。
錆兎も俺につられて腰を上げて台所に立つ。
「鱗滝さんが義勇を引き取らなかったら、さんが面倒をみるんですか?」
「うーん」
野菜を洗いながら、錆兎の問いに言葉を濁す。
ああは言ったけど、正直俺が子供の面倒を見られるかと言ったら否……十分な教育は施せないだろうな。おっ死ぬことはないだろうけど。
「ずるい……俺だってさんともっと稽古したいのに」
「えー……」
俺が肯定をしないにもかかわらず、肯定ととったようだ。義勇は手元に視線を落としながらも、俺の様子を伺った。
「そういえば錆兎がどれくらい強くなったのか見ないとな」
「はい、見てください!───それでもしお眼鏡にかなったら」

俺も連れてって、と言いたげな錆兎の言葉は左近次がスパンと音を立てて家の戸を開け、「やめとけ死ぬぞ」と宣ったことにより遮られた。
俺を危ないやつ扱いするのやめてくんない?

「義勇は山に置いて来た。朝までに戻って来られたら認める。戻らなければそれまでだ」
「ああ……あの罠がある」
錆兎も俺も身に覚えがありすぎる。
左近次はどうあがいても俺が面倒を見るという選択肢を用意してないようだった。
「錆兎、に弟子入りしたいのか?」
「あ、いえそういうわけでは」
師匠の前で違う人について行きたいと言いかけていたな、こいつ。そう思いながら師弟の話に耳を傾けつつ切り終えた野菜を水に浸してぐるりとひと回し。
「たださんと手合わせするといい経験になるので」
「そうだな……基礎を身につけそれを使い倒す必要がある。それにはを相手にしたほうが効果的だろうが……」
普通に今後の修行方法とかアドバイス始まったなあ。
さんは呼吸法がどこか違うし、刀も使わない……それこそ鬼と戦っているような」
「ああ鬼のように強いからな、それだけは保証する」
俺の話題になったが、褒められてんだか貶されてんだかわからない。
ちょっと、本人ここにいますよ。
「義勇にしてもそうだ。何も知らんんうちからこいつについてても全く基礎が身につかんだろうし……まず鬼殺の剣士にはなれないだろうな」
おっしゃるとおりです。
それでもなんか俺に対して配慮がないと言うかムチャクチャな扱いをしてくるので、お望み通り二人とも表に出て俺と手合わせしよう、ね。


next.
鱗滝さんは自分が受け入れなかった場合、主人公がどうするつもりなのか聞いてみただけで、引き取るのを渋ったわけではないし、どうあがいても子供の辛そうな未来が見えたので主人公に預けない気満々でした。
義勇が死んでもいいって言ったのは、死んでもついてくぞって腹積もりだと主人公は思ったけど、命を投げ出すような発言だと捉えた鱗滝さんはいっぺんシめようと決意して、試験ついでに山に置いて来ました。

June. 2019

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