Sakura-zensen


春の伝承 09

義勇はなんとか自力で山を降りて家に帰って来た。
俺はその時気配に目を覚まして家の前にいたので、よちよち歩いて来ようとする義勇を見つけて手をあげた。
おかえりーと出迎えると俺の前で、安堵したらしい義勇はふらっと倒れこみ、そのまま眠ってしまった。無理もない。

左近次は義勇を弟子にしてくれた。まあ最初からそのつもりはあったんだと思う。
いつも口ぶりでは拒否感満載のわりに、俺を無碍にするとかしないし。それなら俺が連れて来た子だって無碍にしないはずだと思ってたもんね。

義勇は左近次の元で基礎を教わりながら体力作りに勤しんだ。その横で俺は錆兎を鍛え続けたし、義勇も手をあげるもんだからぽんぽん投げた。
まだ型の整ってないうちに刀を振らせてもしょうがないので、主に体術がメインだ。
刀に関しては俺も振るえないわけじゃないが、左近次の教えを元に錆兎を手本にした方がいいだろう。
そして錆兎が俺に向かってくるのを見ていた方が参考になる。

しばらくして、義勇も俺との手合わせで刀を振るうようになった。
暇を見つけては俺に挑んでくるし、錆兎とも手合わせしてるし、二人して俺にとびついてくることもあるしでなかなかハードだ。これが……子育て……。
おとうさん……いや、左近次はもう教えることはないといって放任したので二人は山の獣のごとく毎日駆けまわっている。そしてなんか知らんけど岩を刀で斬れたら最終選別行っていいんだって。
岩って刀で切れるんだっけ?いや俺は素手で割れるけど。

左近次曰く、いままで最終選別へ行って戻ってこなかった子供たちを数えるのに、両手じゃ足りなくなくなったそうだ。
そのことを左近次は気にしていて、本当は行かせたくない気持ちがある。が、戦うという決意を踏みにじるつもりもなく、切なる願いを込めて、岩斬りを最後の課題に与えた。

今日も今日とて二人は仲良く鍛錬中。岩を斬るといっても真正面から斬りかかるだけの練習をするのではなく、岩をも斬れると確信が持てるまで鍛錬を重ねる。
ここで俺が出て行くとまず間違いなく助言と手合わせを求められる。
「いかないの?」
俺を見つけられないと諦めた義勇と錆兎を木の上から眺めていると、小さな足がそっと隣に立ち、ゆっくりとその場所に座った。
鬼舞辻無惨のように俺の意表をつけるくらいには存在感のない、けれどそこまで恐ろしさのない気配。
花柄の着物で、小さい体躯の女の子だ。花模様のついた狐面を顔の横にずらして付けている。
その狐面はいつも左近次が弟子にこさえてやるものだ。
「二人の体があったまったら行くよ」
さんは優しいんだね」
「え〜?おだんごたべる??」
褒められたのかなと素直に喜び、懐に持っていたきびだんごの存在をチラつかせて見る。ゆるやかに首を振られた。あ、はい。
この人ならざる少女───おそらく、かつて左近次の元で修行していたであろう亡者は、なんだってここに急に現れたんだろう。
「君、ずっとここにいんの?」
「真菰」
「まこも?」
名前かなと聞き返せば満足そうに頷かれる。
「いるよ、ずっと。他の子供たちもみんなね、いるの」
「───驚いた」
気付かなかった、亡者の存在に。
そりゃ俺は、あの世のものであるけれど、この世と通じるものではない。義勇の姉もあれきり見られなくなったし、山や木の神さえも見ないので薄々察してはいたけれど。
「ずっとね、さんや錆兎、義勇のことも見てたの。強くしてくれてありがとう」
「礼を言われることじゃない。こちらこそありがとう」
「なんで?」
「俺に会いに来てくれて……少しは認められたってことかな」
「みんな、さんのことも好きよ」
「それはどうも……うれしいね」
認められたというのは、世界にという意味でもあったんだけど。
あえてそれは言わずにしみじみとする。
「これであの世も俺に気づいてくれるといいんだけどなあ」
「え?」
当然、真菰は俺の深い事情までは知らないようで、俺のつぶやきに首をかしげた。
まず俺は生きた人間ではないこと、それから居るのは単なるあの世ではないことを大まかに告白する。そして鬼殺隊の死者幾人かが、本来逝くべき処から逸れてしまったこと、俺はその子たちを正しい天の国へ連れていけるよう尽力していることを説明した。
「真菰たちには迎えが来たりしなかった?光が見えたりとか」
「ううん、……わからない。私たちは鱗滝さんのところへ帰ることしか考えてなかったから」
「そっか」
「そしてこれからもそう」
天の国への道はどうやら知らなそうだ。
真菰の口ぶりからするに、今後も行く気はないとみた。それは俺も触れないし、好きにすればいいと思う。左近次とともに昇って逝きたいのかもな。
「俺のところにいる者は……選ぶ余裕もなく来てしまったからなー。先に逝った者たちにも会えず、そして後から来る者たちも迎えられていない。それはなんだか寂しいじゃん」
「うん」
かえりたいところ、待ちたいところがみんなにはあった。それがわからない子ではないはずで、真菰は手がかりがあったら教えると約束をしてくれた。
そして俺には、義勇と錆兎を鍛えてあげて欲しいとお願いした。それはもちろんである。

岩を斬れと言われてからもう半年が経った。岩を砕く具体的な方法とはいかないまでも、何度でもダメなところは指摘した。
錆兎と義勇も最初とは見違えるほどに洗練された太刀筋になったし、体力も瞬発力も上がっただろう。
錆兎が先に、岩を斬った。義勇は錆兎と俺がつきっきりで鍛えまくって一週間ほど遅れて斬った。
さんありがとうございます!!」
さんのおかげです」
二人はきゃっきゃと喜んだ。ママも嬉しいわ。左近次に報告に行かなきゃね。
ニコニコお山を降りていこうとすると、予見していたのかたまたまなのか、左近次が俺たちの様子を見に来るところだった。そして斬られた岩を見て数秒黙る。
「…………甘やかしたな
「厳しく言いました!!手出しだってしてないし!」
「そういうことじゃない。……お前たち、実戦にも、ましてやこれからの生活にも、こいつはいないぞ」
「……はい」
「はい」
早めに俺や師匠の左近次の助言がない状態に慣れさせておきたかったのかもしれない。
でも俺がいるうちは、最大限俺の力を使っていいと思う。現状あるものをなんでも使う。それが勝利への一歩だ。
「今日までのことを、鍛錬を、の言を、骨の髄まで刻んでおけ。いつ何時でも思い出せ。己を奮い立たせる糧は、ここにあっただろう」
二人は声を揃えて返事をした。やだ最後まで師匠……。
「最終選別は、多くの子供が死んで戻ってこなかった。本当はおまえたちも行かせたくはない……しかしよくやり遂げた。だから必ず、生きて戻れ」
おそらく一番弟子たちを鼓舞したのは左近次のこれだろう。二人を抱きしめて、狐の面を授けている。
俺の分はないそうです。

「ちゃんと帰っといでね、いってらっしゃい」
俺はそう言って見送りして、道中食べられるようにきびだんごをもたせた。
左近次の分はない。仕返しとかじゃない、別に。


next.
書いてないけどちまちまあの世には帰っています。
錆兎と義勇は半年ほど違う時期に引き取られてて、真菰ちゃんは錆兎よりも先に亡くなってる設定です。
このころの錆兎はもうかっちょいい男になっていて、それは実は鱗滝さんと主人公が叩き上げたからだと良いなと思ってます。
June. 2019

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