sakura-zensen
サクラ前線
オマケ
春野サクラはクラスでも比較的目立たない少女だった。だが大人しいとか気弱な生徒という訳ではなく、ためらいなく人と接することもできるが、一人で行動も出来る。授業は真面目に受ける模範的な生徒だ。
───そんなサクラはある日を境に男子との組手をやるようになった。
確かに女子の間では相手にはならないことが常であったので疑問はないが、男子は急に出て来たサクラに驚いた。
クラスで一番優秀なサスケとまで組手をすることになり、長い桜色の髪の毛を結いあげてあらわになった顔は快活そうな笑みが浮かんでいる。
いままで見えなかった所為か、気迫に満ちあふれている所為か、色白な肌や翡翠色の瞳は誰の目にも魅力的にうつった。つまり、思春期の男の子の目は釘付けだった。
しかしサクラは数日後、ソワソワと様子を窺う男子を後目にイノに言う。「イルカ先生の方が好き」と。
多くの男子はちょっぴり傷ついた。───せめてもの救いはサスケすら論外だったことである。
サクラの担当上忍であるカカシは、アカデミーで担当していたうみのイルカより、サクラの本当の名前と性別を教えられて首を傾げた。特別な出生ではないサクラが身を隠す必要性を感じなかったのだ。
証明写真に写る少年はまさに『少女』。成績については男子基準でつけられていて、忍術は普通、座学は優秀、体術は特に優秀である。本人が男に戻る気があるならば戻すし、なくても上忍であるカカシが知っていれば問題はないだろうと受け持たされ、一抹の不安を覚えた。
しかし実際にあってみると、驚く程手のかからない子供だった。すぐに突っ走るナルトや、協調性のないサスケを見ているからだけではなく、極々普通の女の子……否、男の子よりも、ちゃんとしている印象をうけた。カカシはイルカの「面倒見の良い子ですよ」という言葉を思い出し、なるほどと心の中で頷いた。
サバイバル演習では、あえて誰とも協力させないように仕向けたが、サクラはナルトとサスケを気にかけているように見えた。
勿論協力を申し出る可能性もあったし、聞いていた評価であれば、もしかしたらサクラは二人を取り持とうとするのではないかとさえ思っていた。だが、結局それはしなかった。
おかしなことではない───が、気になったカカシは演習後、サクラの部屋で冗談まじりに寝そべって出迎えた。
しかし、まさかシャワーを浴びて来たばかりの、腰にタオルを巻いただけで上半身をさらけ出した状態で戻ってくるとは思わなかった。
サクラはカカシが部屋にいることに驚いていたが、カカシも内心ではかなり驚いていたのである。
肩や胸にへばりつく濡れた長い桜色の髪の毛は女性的艶かしく、見てはいけないもののように思えた。
変態と言われた時も、下着の入ってる引き出しを知られたくないと警戒した時も、全否定はしたがサクラのことを思えばこの態度は当たり前であると思う。
だから必死になって顔を背けて、サクラのベッドに顔を埋めていたのだが、
「匂い嗅がないでね」
そう言われた時、香りを意識してしまったのは、一生秘密にしようと思っている。
あれから数年が経ち、サクラは当初感じていた曖昧な態度を見せなくなった。
サスケのことも、ナルトのことも、よく見ているがどこか遠かったのを、今ではすっかり近くで見ている。
特別な事をしなくても、ひたむきなサクラの関心は、心地よいだろう。きっと人との距離感をとるのが巧いのだとカカシは思っている。
人とベタベタしたがらないサスケでも、逆に距離感の近いナルトでも、上手くやっていた。そして飄々としていて他人からよくわからないと言われるカカシにだって、サクラは時にはべったり懐いてくると思えば、時々信じられないほど冷たかったりして、カカシがサクラを追いかけることもしばしばあった。
「サクラ〜、サクラちゃ〜ん」
「今何やってるかみて」
カカシはサクラの背中を指で突くが、鬱陶しそうな声だけが返ってくる。仮にも上官にこんな冷たいことあるかと思うが、カカシも自分の普段の態度の所為だと分かっているので気にしていなかった。
ちなみにサクラは今勉強中で、それをみかけたカカシはひやかし半分に隣にイスを持ってきて机に頬杖を突いて見守るというウザ絡みをしている。
「お前はいつまで女の子で居るのかなって思ってさ」
「え〜、今それ聞く?」
「勉強の息抜きに」
サクラは一瞬、呆れた顔をしたが、カカシが引かない時は諦めることが多い。
やっぱりそこは、上官であるからかもしれない。サクラは根が真面目なので。
「……まあ、男っぽく見えるようになるまで……?」
言いながら、ペン尻で米神をがりがり掻いた。
こういう所作は男っぽく見えるが、体つきは華奢でまだ骨張って来る様子はなく、どちらかというと女に分類されそうな見た目をしている。が、顔立ち自体は中性的で、声も女子にしては低く、行動もおしとやかな訳ではない。
ただし、年頃の男にしては懐っこくて性格は可愛い。そして長く伸ばした桜色の髪の毛がサクラを女性的に見せるもっともな要因だった。
「先生は男に戻って欲しいんですか?」
「いや、そろそろ生活に支障がでてきただろうと思ってね」
ようやくこちらを向いた翡翠色の瞳に、カカシは満足してにっこり笑う。
「……支障?」
こてんと小首を傾げていると、本当に可愛く見える不思議だ。
ヤンチャなナルトと太々しいサスケの相手をしていたから、カカシは余計にそう思うのかもしれない。
生活に支障が出るというのは、サスケやナルト、ロック・リー、他にも影で男達がサクラに熱い視線を向けているのを知っている。
サスケに関してはかなり分かりにくいように見えて、案外まだまだ分かりやすい。そしてナルトやリーのように直情的じゃないからこそ、思いをこじらせてしまいそうだと、勝手に危惧している。
「この間告白されてたじゃない」
「あらら?」
知ってたのか、と笑みを濃くするサクラの様子をカカシは見返す。ちなみに、覗いていたわけではなく、偶然通りかかった所で聞こえて来てしまったのだ。
サクラは自分を意図的に女に見せているが、その本意は不明だ。だが男心を手玉に取って楽しむと言う趣味はないはず。勿論、男にそれなりに好かれている自覚があり、そのままにしていることは中々趣味が悪いが。
「ちゃ~んと、諦めがつくように断ってるもん」
「そうなの?」
実際に目にした告白は一度だったし、しつこくはない相手だったためカカシは断り文句の詳細は知らない。
「俺の好きな人を言えば、大抵の人は諦めてくれますから」
「え?好きな人?だれだれ」
サクラに恋話などは無縁で、むしろ上司と部下でそんな話はしないのだが、興味がわいて身を乗り出す。
サクラが誰かを好きだなんてカカシは全く想像がつかない。サクラのことだから、嘘の相手を言っているのかもしれないが。
「俺の好きな人はね」
ふひっと笑った顔は照れた女の子ではなく、悪戯っぽい少年のような顔で、性別にも年にも相応するサクラの素直な顔だった。
内緒話をするように手を筒にして、カカシの方へ顔を近づけてくる。
綺麗な色をした瞳がとろっとしたのが妙に、色っぽくて。
「カカシせんせ♡……だよ」
微かな声が耳に届いた。聞き間違いかと思ったが、カカシの優秀な目の所為でその唇の動きでもきっちりと何を言ったのかを理解する。
果実のように瑞々しい、くちびるが、今……カカシを好きと言った───?
「強くてぇ、格好良くてぇ、いつも守ってくれてぇ、頼りになるから!……って、それっぽいでしょ?」
しかし、続く言葉は打算的な理由だった。
たしかにカカシを好きだと言えば、サクラは上忍に思いを寄せる普通のくノ一に見えるだろう。相手の男はカカシを超える男でなければならないし、年が離れているとか立場にも大きく差があると言われるかもしれないが、カカシとサクラは親しい間柄であることから、信憑性も高い。
それにカカシはサクラの性別を知っているから好意を寄せられててその気になる、ということにもならない…………とサクラは思ったに違いない。
しかしカカシは、今さっき、───きゅん、と心臓が甘く跳ねてしまった。
end.
なお、妙に可愛さに自信があるのは「イノちゃんが(そこそこ)可愛いって言ってたから」であります。イノちゃんが育てました。
カカシ先生はかつてサクラが、アカデミー時代同じ戦法で「イルカ先生がすち♡」と言ってたのは知らない。
そしてイルカ先生はナルトとラーメン食べてるときに「サクラちゃん、イルカ先生のことが好きなんだってば」とか聞かされてラーメン噴いてたら面白いってばよ。センキュウ↑↑
Jan 2025 加筆修正