sakura-zensen
春の蕾
11話
稲荷崎高校では毎年、お稲荷様コンテストが開催されるらしい。稲荷崎だけに。
自薦と他薦からのエントリーとなり、学内投票によってたった一人を決める。実質ミスコンだ。
ちなみにそのお稲荷様になった人は学祭で、稲荷道中という名のイベントが発生して、輿にのって担がれるという。
「一昨年くらいのお稲荷さんはそらもう美人やったから、テレビ局まで来たとか言うてたわ」
「へえ〜、見たかった」
「文化祭は大盛況やった」
「じゃあ去年は?」
「???? あれ? あんま記憶にないな」
そろそろそんな時期が来たと学校内では噂が持ちきりになっていて、稲荷崎グループの中学出身のアランは内情に疎い俺に教えてくれた。移動教室の道すがら、お稲荷様コンテストの出場者募集要項の張り紙が貼り出されていたからだ。とはいえ俺たちはそれをまじまじとは見ずに横切る。
今年はどんな美人が選ばれるのかねえ、稲荷道中見に行こうかねえ。───なんて話していたのが数週間前のことだ。
俺はある日、イベント実行委員に神妙な顔をして呼び出され、とある会議室で相対していた。
「春野くん、……今年のお稲荷様になっていただけませんか」
ぺこー!と非常に低姿勢にお願いをされる。
委員長である上級生を筆頭にした四人の後頭部を見て、なんだこの光景は、と思わず後ずさった。
「な、なんすか?急に」
「昨年のお稲荷様があんまりに悲惨でな、今年誰も集まらんかったんよ」
「悲惨……」
「一昨年のお稲荷様が歴代で最も美しいと言われるくらいの先輩でなあ、次の年は立候補者ゼロ……、仕方なく生徒会役員の女子にやってもろたけど、なんかかわいそうでな……どうしても比べてしまって」
「ハア」
俺の気のない返事に対し、先輩たちは困った顔をした。
尚もじっとこちらを見てくるので、意を汲み会話を続けてみる。
「そしたら今年もゼロ?」
「ううん」
「じゃあその人に頼めば───え、まってください、俺?」
神妙に頷かれた。
応募は自薦と他薦を問わないが、そもそもお稲荷様は歴代「女の子」がなるのではないのか。……あ、この前バレー部の部室で、一年の中で誰が一番可愛いか選手権が行われたのだった。そこで堂々たる一位を勝ち取ったのが俺……。
信介が俺の幼少期の写真を見せたせいだ。持ち歩くのやめてほしい。
「せ、せんぱぁい」
俺はイベント実行委員の中にいるバレー部の先輩を見た。
ワハハと笑っていやがる。多分この人が俺を推薦したのではないかと思われる。
「むしろ普通の女子にやらせたら可哀想やろ?」
「ぉぐ、ぅ、それは」
「お願いお願いお願い〜!」
「でも一昨年のことならもう期待も薄れてるでしょ!?」
「せやから今年は男の子でパリッとやろう思て!あなたテレビ出てはったやないの!!」
「かっこよかったで!春野!」
「イヤーーーーー!」
なぜそれを!?
テレビの話を出された俺は、膝から崩れ落ちた。
その拍子に俺はバレー部の先輩に後ろから羽交い絞めにされ、女の先輩に指をとられて、何かの書類に拇印を押させられた。訴えたら勝てるレベル。しかし訴え先はない。
くすんくすん、とウソ泣きして、ピーピー鼻を鳴らして不満を体現しても、先輩たちはどこ吹く風。
「来週の土曜日部活あるやんな。早めに抜けてや、撮影あるから。監督と先生には俺からゆうとくし心配せんでええよ」
「よろしくねえ、ほんなら今日はおつかれさん」
会議室から、ニコニコ笑顔で追い出される流れになっている。
同級生の気の弱そうな男子生徒だけが帰り際に、心配そうな顔して追いかけて来たので慰めを期待したけど、
「これ、ティッシュ……親指拭いて」
ポケットティッシュを一枚俺に差し出しただけ。
あんまりな内容に、ア、ウンと受け取った俺は廊下で汚した親指のままティッシュ掴んで数秒佇んでしまっていた。
「おかえり、呼び出しなんやったん?」
信介のいる学食に遅れて行くと、行儀よく口の中の物を嚥下した後に聞かれた。
俺は綺麗にしたはずの親指を握って、それとなく隠すようなそぶりで席に着く。
「来週ちょっと頼まれごとして、手伝ってほしいってさ。だから少し早く部活抜ける」
同じクラスのアランから、俺が先輩に呼ばれて出てったことがみんなに伝わってたんだろう。幸い俺を呼びに来たのはバレー部の先輩だったので誤魔化せる。……どうせいつかは知られるけど、先延ばしにしたかった。
「なんやそれ」
「ね。今日A定食なに〜?」
信介の向かいに座っていた大耳が、俺の曖昧な返事に首をかしげたが、遮るようにして話題を変える。
日替わりのA定食は健康ヘルシー志向メニューで、育ち盛りの高校生には不人気なものだけど信介は大抵それをえらぶ。いつも焼き魚が多くて、俺も結構好きで頼むんだ。
B定食は肉系が多くて、C定食は麺類……というのが基本だけど、たまに変わることもある。
「おっ、カレーうどんにしたんか。ひとくちくれ」
「メンチカツかじっていいなら」
「お前いつも一口でかいやん……加減せえよ?」
信介の隣に空けてあった席に座りつつ、反対隣のアランが俺の定食に目を付けた。
アランはB定食か〜と思いつつ、交換するおかずの狙いをさだめ、キャッキャすることですっかり呼び出しの話は遠ざけることに成功。メンチカツはめちゃデカひとくちをいただいた。
そしてきたる土曜日、先輩に言われた通り早めに部活を抜けて、ジャージから制服に着替えて集合場所の教室へ行った。
そこで着替えた後、文化祭のポスターとパンフレットに使う写真を撮りに行くらしい。場所は近所の公園だとか神社だとかを使わせてもらってるとか。
過去のポスターも見せてもらったのでわかるが、代々うるわしの女子生徒が着ていたお稲荷様っぽい衣装が、俺にも準備されていた。
それはまあいいとして、長髪のウィッグをつけられて化粧まで施されることになるとは思わなかった。しかし撮影当日の忙しい状態で文句もいえず、俺はなんだか女の子みたいな仕上がりになった。
"男のでパリッとやる"んじゃなかったのか───。
「思てた通りや、これなら今年はいけるで!」
「せやな!」
演劇部のメイクが上手い先生と生徒が出来栄えにガッチリ握手しているのをよそに、俺は鏡の前で「これが……わたし……」と頬に手を当ててみた。
といっても見慣れた自分の顔に、やや濃い色が乗せられただけ。なんならもっと着飾られたこともあるので、さほど驚きもしなかった。幼少期の俺は京都の舞妓さんや芸子さんの知り合いが多かったし、叔母もかなり本腰入れて俺を飾り付けた事が多々あった。
それはさておき。他人にしてみれば別人に見えるようなので、もしそうなら俺は正体がバレることなくお稲荷様を遂行できるのではと一抹の希望を抱く。
「」
「え、あ、先帰ってなかったん?」
が、信介には一目でバレた。
撮影に行こうとして昇降口に下りていくと、信介が立っていた。迷いなくこっちに近づいてきて俺の名を呼ぶので、自分の格好のことも忘れて素で反応していた。
どうやら、俺は部室にスマホを置き忘れていたらしく、部活が終わった後に俺を探しにきてくれたらしい。下駄箱に靴があったので、校内にいることは知れていた。
あちゃー……と思いつつも、信介が俺のこの格好に動じることはないことはわかっていた。
こんなん見られるの信介でよかった。
いやゆくゆくはポスターになるし、当日はお披露目があるんだけどさ……。
「歩きにくそうやな、スマホもしまわれへんし……俺も一緒に行ってええですか」
自分のスマホを受け取ろうにも、確かに信介のいう通りしまっておく場所はない。カバンも制服も会議室に置いてきてしまったので、先輩に預かっててもらおうかな、と思っていたけどまさかの提案がある。
当然、先輩たちは俺とのやり取りを見ていたので同行して構わないと応じ、信介は俺に手を差し出した。
今の今まで、俺は足元がおぼつかないから先輩の肩に掴まっていたのだった。
「にしても、北くんようわかったね、春野くんやって。完璧に化けさせた思うたのに〜」
「? はい、やったんで」
至極当然とばかりの信介を見て思ったけど、多分俺がこの格好をしているのを見てわかるのは信介くらいだろう。
部活の先輩でさえ、俺だと知ってても「お、めっちゃ別人」とリアクションとった程なので、きっと大丈夫だ。あわよくば、気づかれない方向でお願いしたい。
撮影地は学校の裏手にある竹林だった。その中に細い石段と鳥居、小さな祠が建てられた神社のようなものが存在している。
もう半年以上この学校に通っていながら知らなかった場所だ。
思わずきょろきょろする俺。信介も同じくこの場所を知らなかったと言うので会話をしていたところ、先輩が手招きをした。そしてここで待て、だと。
俺は言う通りの立ち位置で、待てをした。仕事は早く終わらせるに限るからだ。
丁度竹林の隙間から光が差し、着物の一部を照らした。
緩やかに吹く風は髪を靡かせて、袖や裾を柔らかくはためかせる。
カメラを構える先生が俺に合図をするので、その黒く丸いレンズを見下ろす。
ちょっと笑えとか、目線を外せとか、風をもう少し起こしたいとか色々指示や試行錯誤があったけれど、撮影は順調に進んだだろう。
そうして出来上がったポスターは、出来る限り"引き"の構図で完成された。
俺の要望で、顔はかろうじて造詣が判断できる程度。
でもせっかくのメイクなので、色味は鮮やかに見えるように加工されている。
こうすれば逆にもとの顔はわかりにくいということでオッケーした。
お稲荷様の発表は、このポスターへの起用をもってとなるので、朝から張り出された文化祭ポスターには興味本位の人だかりができている。
そこから「この子誰や?」「しらん、二年にはおらへんな、一年とちゃうか?」「後で後輩に聞いてみよ」など会話が聞こえてくる。
俺が女装姿で名前を出すのを渋ったことと、実行委員たちがあまりにも別人だと太鼓判をおすので、お稲荷様の学年クラス名前は非公開となった。
知ってるのは実行委員、一部の教員、そして信介のみ。バレー部仲間にはそのうち言うか言わないか、決めかねている。
「今年のお稲荷様、発表したみたいやな」
朝練帰りにわいわい部員たちと歩いて、人だかりの背後を横切る。
大耳は少し背中をそらして、人の頭の間からポスターを見ているみたいだった。
アランと赤木は面白がって人混みに突っ込んでいき、眺めた後また俺たちのところへ戻って来て話し合う。
「一昨年とはまた違った感じでえらい綺麗やったわ」
「今年は大盛況間違いないな」
「そうか??」
俺はそんなことないだろうという態度で返すが、一昨年の人も今年のポスターもまともに見てないだろう、と言われてしまって口を噤む。
信介みたいにノーコメントを貫けばよかったのだろうか。いやでも、俺が黙ってたらそれはそれでおかしいか。
とにかくそれとなく話をそらしてその時はやりすごした。
結局、お稲荷様の正体は不明のまま文化祭当日を迎える。
誰だかわからないから余計に気になるんだろう、お稲荷様お披露目イベント、稲荷道中への集客率はとんでもないことになっているらしい。
さすがにまじまじ生で見られたらバレるんじゃないかと思ったが、移動中にすれ違った赤木は俺を全く知らん人のように、しげしげと眺めていた。
それならそれで、うっかり笑いかけないように気を付けて、別人で通そうと思った。
……のだけど、ドジをして扇子を落とした俺は、反射的にそれをレシーブして弾いた赤木にうっかりナイスレシーブと宣ってしまったのである。
「え、お、……っ」
名前を呼ばれるわけにはいかなくて、思わず赤木の開きかけた唇に手を触れて遮る。
呼ぶなよと圧をかけてから、内緒話のポーズをとる。一応周りに聞こえないようにしようと思って。
「おおきに」
自虐的に可愛く笑って、平気なふりをした。
本当は今すぐ言い訳をしたいんだけど、そんな暇がないのだ。
とにかく俺は稲荷道中に参加しなくてはいけなくて、御遣いキツネに扮した実行委員たちに伴われてその場を離れた。
「ええか、あんまふやけた顔するんやないで」
「ふやけた顔……」
「知り合いを見つけると尻尾ふってまうやん、お前」
「尻尾ふる……」
「凛々しくも美しくやで!」
「凛々しくも美しく……」
先生と先輩に口を酸っぱくして注意されて、屋台に乗って正座する。
聞き捨てならないワードがいくつかあったが、否定するのも抗議するのも叶わなかった。
とにかく周囲を見なければいいのだろうと、髪の毛を使って視界を狭めた。
それでもうっかり、知った顔を見つけてちょっぴり笑いかけてしまったけど。
自薦と他薦からのエントリーとなり、学内投票によってたった一人を決める。実質ミスコンだ。
ちなみにそのお稲荷様になった人は学祭で、稲荷道中という名のイベントが発生して、輿にのって担がれるという。
「一昨年くらいのお稲荷さんはそらもう美人やったから、テレビ局まで来たとか言うてたわ」
「へえ〜、見たかった」
「文化祭は大盛況やった」
「じゃあ去年は?」
「???? あれ? あんま記憶にないな」
そろそろそんな時期が来たと学校内では噂が持ちきりになっていて、稲荷崎グループの中学出身のアランは内情に疎い俺に教えてくれた。移動教室の道すがら、お稲荷様コンテストの出場者募集要項の張り紙が貼り出されていたからだ。とはいえ俺たちはそれをまじまじとは見ずに横切る。
今年はどんな美人が選ばれるのかねえ、稲荷道中見に行こうかねえ。───なんて話していたのが数週間前のことだ。
俺はある日、イベント実行委員に神妙な顔をして呼び出され、とある会議室で相対していた。
「春野くん、……今年のお稲荷様になっていただけませんか」
ぺこー!と非常に低姿勢にお願いをされる。
委員長である上級生を筆頭にした四人の後頭部を見て、なんだこの光景は、と思わず後ずさった。
「な、なんすか?急に」
「昨年のお稲荷様があんまりに悲惨でな、今年誰も集まらんかったんよ」
「悲惨……」
「一昨年のお稲荷様が歴代で最も美しいと言われるくらいの先輩でなあ、次の年は立候補者ゼロ……、仕方なく生徒会役員の女子にやってもろたけど、なんかかわいそうでな……どうしても比べてしまって」
「ハア」
俺の気のない返事に対し、先輩たちは困った顔をした。
尚もじっとこちらを見てくるので、意を汲み会話を続けてみる。
「そしたら今年もゼロ?」
「ううん」
「じゃあその人に頼めば───え、まってください、俺?」
神妙に頷かれた。
応募は自薦と他薦を問わないが、そもそもお稲荷様は歴代「女の子」がなるのではないのか。……あ、この前バレー部の部室で、一年の中で誰が一番可愛いか選手権が行われたのだった。そこで堂々たる一位を勝ち取ったのが俺……。
信介が俺の幼少期の写真を見せたせいだ。持ち歩くのやめてほしい。
「せ、せんぱぁい」
俺はイベント実行委員の中にいるバレー部の先輩を見た。
ワハハと笑っていやがる。多分この人が俺を推薦したのではないかと思われる。
「むしろ普通の女子にやらせたら可哀想やろ?」
「ぉぐ、ぅ、それは」
「お願いお願いお願い〜!」
「でも一昨年のことならもう期待も薄れてるでしょ!?」
「せやから今年は男の子でパリッとやろう思て!あなたテレビ出てはったやないの!!」
「かっこよかったで!春野!」
「イヤーーーーー!」
なぜそれを!?
テレビの話を出された俺は、膝から崩れ落ちた。
その拍子に俺はバレー部の先輩に後ろから羽交い絞めにされ、女の先輩に指をとられて、何かの書類に拇印を押させられた。訴えたら勝てるレベル。しかし訴え先はない。
くすんくすん、とウソ泣きして、ピーピー鼻を鳴らして不満を体現しても、先輩たちはどこ吹く風。
「来週の土曜日部活あるやんな。早めに抜けてや、撮影あるから。監督と先生には俺からゆうとくし心配せんでええよ」
「よろしくねえ、ほんなら今日はおつかれさん」
会議室から、ニコニコ笑顔で追い出される流れになっている。
同級生の気の弱そうな男子生徒だけが帰り際に、心配そうな顔して追いかけて来たので慰めを期待したけど、
「これ、ティッシュ……親指拭いて」
ポケットティッシュを一枚俺に差し出しただけ。
あんまりな内容に、ア、ウンと受け取った俺は廊下で汚した親指のままティッシュ掴んで数秒佇んでしまっていた。
「おかえり、呼び出しなんやったん?」
信介のいる学食に遅れて行くと、行儀よく口の中の物を嚥下した後に聞かれた。
俺は綺麗にしたはずの親指を握って、それとなく隠すようなそぶりで席に着く。
「来週ちょっと頼まれごとして、手伝ってほしいってさ。だから少し早く部活抜ける」
同じクラスのアランから、俺が先輩に呼ばれて出てったことがみんなに伝わってたんだろう。幸い俺を呼びに来たのはバレー部の先輩だったので誤魔化せる。……どうせいつかは知られるけど、先延ばしにしたかった。
「なんやそれ」
「ね。今日A定食なに〜?」
信介の向かいに座っていた大耳が、俺の曖昧な返事に首をかしげたが、遮るようにして話題を変える。
日替わりのA定食は健康ヘルシー志向メニューで、育ち盛りの高校生には不人気なものだけど信介は大抵それをえらぶ。いつも焼き魚が多くて、俺も結構好きで頼むんだ。
B定食は肉系が多くて、C定食は麺類……というのが基本だけど、たまに変わることもある。
「おっ、カレーうどんにしたんか。ひとくちくれ」
「メンチカツかじっていいなら」
「お前いつも一口でかいやん……加減せえよ?」
信介の隣に空けてあった席に座りつつ、反対隣のアランが俺の定食に目を付けた。
アランはB定食か〜と思いつつ、交換するおかずの狙いをさだめ、キャッキャすることですっかり呼び出しの話は遠ざけることに成功。メンチカツはめちゃデカひとくちをいただいた。
そしてきたる土曜日、先輩に言われた通り早めに部活を抜けて、ジャージから制服に着替えて集合場所の教室へ行った。
そこで着替えた後、文化祭のポスターとパンフレットに使う写真を撮りに行くらしい。場所は近所の公園だとか神社だとかを使わせてもらってるとか。
過去のポスターも見せてもらったのでわかるが、代々うるわしの女子生徒が着ていたお稲荷様っぽい衣装が、俺にも準備されていた。
それはまあいいとして、長髪のウィッグをつけられて化粧まで施されることになるとは思わなかった。しかし撮影当日の忙しい状態で文句もいえず、俺はなんだか女の子みたいな仕上がりになった。
"男のでパリッとやる"んじゃなかったのか───。
「思てた通りや、これなら今年はいけるで!」
「せやな!」
演劇部のメイクが上手い先生と生徒が出来栄えにガッチリ握手しているのをよそに、俺は鏡の前で「これが……わたし……」と頬に手を当ててみた。
といっても見慣れた自分の顔に、やや濃い色が乗せられただけ。なんならもっと着飾られたこともあるので、さほど驚きもしなかった。幼少期の俺は京都の舞妓さんや芸子さんの知り合いが多かったし、叔母もかなり本腰入れて俺を飾り付けた事が多々あった。
それはさておき。他人にしてみれば別人に見えるようなので、もしそうなら俺は正体がバレることなくお稲荷様を遂行できるのではと一抹の希望を抱く。
「」
「え、あ、先帰ってなかったん?」
が、信介には一目でバレた。
撮影に行こうとして昇降口に下りていくと、信介が立っていた。迷いなくこっちに近づいてきて俺の名を呼ぶので、自分の格好のことも忘れて素で反応していた。
どうやら、俺は部室にスマホを置き忘れていたらしく、部活が終わった後に俺を探しにきてくれたらしい。下駄箱に靴があったので、校内にいることは知れていた。
あちゃー……と思いつつも、信介が俺のこの格好に動じることはないことはわかっていた。
こんなん見られるの信介でよかった。
いやゆくゆくはポスターになるし、当日はお披露目があるんだけどさ……。
「歩きにくそうやな、スマホもしまわれへんし……俺も一緒に行ってええですか」
自分のスマホを受け取ろうにも、確かに信介のいう通りしまっておく場所はない。カバンも制服も会議室に置いてきてしまったので、先輩に預かっててもらおうかな、と思っていたけどまさかの提案がある。
当然、先輩たちは俺とのやり取りを見ていたので同行して構わないと応じ、信介は俺に手を差し出した。
今の今まで、俺は足元がおぼつかないから先輩の肩に掴まっていたのだった。
「にしても、北くんようわかったね、春野くんやって。完璧に化けさせた思うたのに〜」
「? はい、やったんで」
至極当然とばかりの信介を見て思ったけど、多分俺がこの格好をしているのを見てわかるのは信介くらいだろう。
部活の先輩でさえ、俺だと知ってても「お、めっちゃ別人」とリアクションとった程なので、きっと大丈夫だ。あわよくば、気づかれない方向でお願いしたい。
撮影地は学校の裏手にある竹林だった。その中に細い石段と鳥居、小さな祠が建てられた神社のようなものが存在している。
もう半年以上この学校に通っていながら知らなかった場所だ。
思わずきょろきょろする俺。信介も同じくこの場所を知らなかったと言うので会話をしていたところ、先輩が手招きをした。そしてここで待て、だと。
俺は言う通りの立ち位置で、待てをした。仕事は早く終わらせるに限るからだ。
丁度竹林の隙間から光が差し、着物の一部を照らした。
緩やかに吹く風は髪を靡かせて、袖や裾を柔らかくはためかせる。
カメラを構える先生が俺に合図をするので、その黒く丸いレンズを見下ろす。
ちょっと笑えとか、目線を外せとか、風をもう少し起こしたいとか色々指示や試行錯誤があったけれど、撮影は順調に進んだだろう。
そうして出来上がったポスターは、出来る限り"引き"の構図で完成された。
俺の要望で、顔はかろうじて造詣が判断できる程度。
でもせっかくのメイクなので、色味は鮮やかに見えるように加工されている。
こうすれば逆にもとの顔はわかりにくいということでオッケーした。
お稲荷様の発表は、このポスターへの起用をもってとなるので、朝から張り出された文化祭ポスターには興味本位の人だかりができている。
そこから「この子誰や?」「しらん、二年にはおらへんな、一年とちゃうか?」「後で後輩に聞いてみよ」など会話が聞こえてくる。
俺が女装姿で名前を出すのを渋ったことと、実行委員たちがあまりにも別人だと太鼓判をおすので、お稲荷様の学年クラス名前は非公開となった。
知ってるのは実行委員、一部の教員、そして信介のみ。バレー部仲間にはそのうち言うか言わないか、決めかねている。
「今年のお稲荷様、発表したみたいやな」
朝練帰りにわいわい部員たちと歩いて、人だかりの背後を横切る。
大耳は少し背中をそらして、人の頭の間からポスターを見ているみたいだった。
アランと赤木は面白がって人混みに突っ込んでいき、眺めた後また俺たちのところへ戻って来て話し合う。
「一昨年とはまた違った感じでえらい綺麗やったわ」
「今年は大盛況間違いないな」
「そうか??」
俺はそんなことないだろうという態度で返すが、一昨年の人も今年のポスターもまともに見てないだろう、と言われてしまって口を噤む。
信介みたいにノーコメントを貫けばよかったのだろうか。いやでも、俺が黙ってたらそれはそれでおかしいか。
とにかくそれとなく話をそらしてその時はやりすごした。
結局、お稲荷様の正体は不明のまま文化祭当日を迎える。
誰だかわからないから余計に気になるんだろう、お稲荷様お披露目イベント、稲荷道中への集客率はとんでもないことになっているらしい。
さすがにまじまじ生で見られたらバレるんじゃないかと思ったが、移動中にすれ違った赤木は俺を全く知らん人のように、しげしげと眺めていた。
それならそれで、うっかり笑いかけないように気を付けて、別人で通そうと思った。
……のだけど、ドジをして扇子を落とした俺は、反射的にそれをレシーブして弾いた赤木にうっかりナイスレシーブと宣ってしまったのである。
「え、お、……っ」
名前を呼ばれるわけにはいかなくて、思わず赤木の開きかけた唇に手を触れて遮る。
呼ぶなよと圧をかけてから、内緒話のポーズをとる。一応周りに聞こえないようにしようと思って。
「おおきに」
自虐的に可愛く笑って、平気なふりをした。
本当は今すぐ言い訳をしたいんだけど、そんな暇がないのだ。
とにかく俺は稲荷道中に参加しなくてはいけなくて、御遣いキツネに扮した実行委員たちに伴われてその場を離れた。
「ええか、あんまふやけた顔するんやないで」
「ふやけた顔……」
「知り合いを見つけると尻尾ふってまうやん、お前」
「尻尾ふる……」
「凛々しくも美しくやで!」
「凛々しくも美しく……」
先生と先輩に口を酸っぱくして注意されて、屋台に乗って正座する。
聞き捨てならないワードがいくつかあったが、否定するのも抗議するのも叶わなかった。
とにかく周囲を見なければいいのだろうと、髪の毛を使って視界を狭めた。
それでもうっかり、知った顔を見つけてちょっぴり笑いかけてしまったけど。
女装チャンスは探すものじゃない、作るもの。座右の銘です。
普段普通にDKだし根が犬だけど、女装させると急に美少女という要素てんこ盛り。
Mar 2025
普段普通にDKだし根が犬だけど、女装させると急に美少女という要素てんこ盛り。
Mar 2025