sakura-zensen
春の蕾
後日談 07話
二〇二一年、夏。
信介は管理する田圃の通路の前に人影が佇んでいるのを見つけて、足早に近づく。
今日来るとは聞いていて、駅に着くころ連絡するように言ってあった。しかし予定より遅れそうだと言って、それ以降連絡がない相手だ。
「───?」
「おすー、今日もあちいね」
「なんで連絡くれんかったん」
「サプライズ的な」
軽いやりとりに、仕方がないなと信介は肩を竦める。
近頃の夏は猛暑、酷暑と言われるほどに危険で、駅から信介の家まで歩いて来たのなら大事だ。しかしその割には大汗をかいているわけではないので、タクシーできたのだろうか。
そんな信介の思考を読み取ったのか、は「パトカーで来た」と言ったので聞き返した。タクシーではなくて、パトカー?
聞けば駅で急病人が発生したのだが、それがどうやら人の故意によるものだったらしく警察沙汰にもなり、医者として人命救助に手を貸したは、その流れでここまで送られてきたらしい。ちなみに詳しい事情聴取は後日だそう。
「やー、しかし間に合わんかったな」
「試合は明日やろ?」
「まあ明日もみるけど」
「何の話しとる?」
の落胆に、信介は首を傾げた。
仲間が出るオリンピックの試合が、明日行われる。その中継をまたかつての仲間で観ようと約束していたのだが、とは何故だか話がかみ合わない。
「ごめんごめん、こっちの話」
言いながら手で示したのは、目の前に広がる稲に向けてだった。
「もしかして、開花がみたかったん?」
「そう」
「まあ、全部咲ききってないやろうから、明日も見れるやろな」
「やったー」
稲の開花は種を蒔いてから約百二十日後の夏頃、というのが通常だ。
しかしその花は朝に開いて、わずか二時間ほどで閉じてしまう。
は小学生の夏休み、米作りの話を信介から聞いて初めて、稲に花が咲くことを知った。そして信介は早朝、近くの田圃にを連れて行って見せたことがあった。
以来、兵庫で暮らしていた時は、度々開花の季節は見に来ていたらしい。信介はそれをこの日、初めて知った。
翌日、信介の部屋で隣り合って布団を敷いて眠っていたは信介が起きてもまだ眠っていた。医者になってからは勤務時間に変動があるようで、規則的に朝起きるという生活ではないらしい。
しかし、それはいいとして、問題なのはがかなり痩せたことだ。
高校時代も細い方だったが、それでもたくさん運動して食事をとっていたので健康的な体格だった。
だが今は、首筋や手足は細くて、抱きしめた時に感じた腹も胸も薄い。背中にも、骨が浮き出ているのが分かった。
───「ちゃんと飯くうてるか?」なんて、雰囲気にそぐわないことを聞いてしまったほどだ。
は目を逸らして「忙しくない時は」と言っていたがきっと激務の所為でサボっているのかもしれない。
これからは食べる、と根拠のない発言をしていたが、大丈夫だろうかと心配になる。
せめてここに居る間は、をゆっくり休ませ、いっぱい飯を食わせよう。
そう決めたはいいが、稲の開花時間は非常に短いので、信介は仕方なくの肩を揺さぶり声をかける。彼の寝起きは非常によかった。
子供のころからそうだったけど、今はきっと医療現場で培われた部分もあるのだろう。
少し歩いたところにある管理してる田圃につくと、遠くからでも開花は感じられた。
稲の花は本当に小さくて、注意して見なければわからないくらいだが、毎日見続けている信介にはその変化が分かる。小さな白い粒があると遠目から、稲が光って見えるのだ。
もちろん信介ほど見慣れていないは近づくまではわからなかったけれど、それでも花を見て信介を振り返るところは、ここまで育ててきた信介を誇らしい気持ちにさせてくれた。
二人は畦道に腰を下ろす。
祖母が朝食にするといいと持たせてくれた、お弁当と水筒が二人の間におかれていた。
昨日、の希望で稲の花を見に行くと話したら、用意してくれたものだ。その厚意を受けて、二人はここで稲の花を見ながらお弁当を食べることにする。
「お米が生きる力を見てると、人の生きる力も思い出させてくれるな」
そうしみじみ言ったが眩しくて、信介は目を細めた。
既に強い夏の日差しの所為だけではなかった。
夏の朝に稲の花を見て飯を食う。隣にはがいて笑っている。幸せとはこういう瞬間の景色をいうのではないか。
午後の試合開始時間に間に合うように、信介は祖母とと一緒に治が経営している店───おにぎり宮へとやってきた。
祖母や信介はよく顔を出しているけれど、は開店祝いや数回程しか訪れたことがない。
店内に入ると、治がぱっと明るい顔になる。
「ちわすっ、いらっしゃいませ!」
未だにやや体育会系じみた挨拶が添えられているが、店員らしい歓迎の言葉が続く。
祖母と信介に続いて、も治やほかの店員に声を掛けながら、案内された席へと座った。どうやら、約束した他の仲間たちはまだ来ていないようだ。
「春野さんめっちゃ久々やないですか、もっと来てくださいよ!」
「すまんすまん、来月からはいっぱい来る」
「えっいや、ホンマ? あんま無理せんといてくださいね?」
「自分でもっと来いゆうたのにぃ?」
「~~~やって、春野さん忙しいの知っとりますし」
治との絡みを、信介は微笑ましく見守る。
その時、店に備え付けのテレビで、とうとうバレーの試合会場が映し出され始めた。
選手の体育館入りと共に紹介が行われ、見知った名前や顔が流れた。侑とアランは後輩と同級生だと、信介は自慢が捗り、治もニコニコと笑っている。
そこに店のドアが開き、赤木と銀島、大耳がやって来た。少し遅れてしまったので、治は口では少し責めるが、顔や声は嬉しそうだ。
「北さん、春野さん!ご無沙汰してます」
「おう元気そうやな」
「おお、北焼けとんなあ……───は白!……日ぃ当たっとるか?」
「そんな白い?」
「まあ白いな、あと窶れとる気ぃする」
「北さんと並ぶと余計そう見えますね!」
「ウゥッ! 久々に会ったのになんなんだお前ら!!!」
「みんな心配しとんねん」
言葉が飛び交う中で、やはりの線が細くなったことは、皆の話題に上がり始める。
は皆に悪口を言われたように傷ついて胸を押さえていたが、自分でも不摂生を繰り返したことは理解しているだろう。
この二年弱、は兵庫にも来られない程忙しかった。世間で起きた緊急事態による制限もあるが、それは特に医者という職業にも関係してくることだったからだ。
県外への移動は控え、人の多いところは行けなかった。それどころか病院からほとんど帰れなかったり、人一倍人との関りに気を配らなければならなかっただろう。その苦労は計り知れない。
「、ほんまにちゃんと、飯食わなあかんよ? 休みもとってな」
「わかってるよ~、信ちゃん」
医者に何を言っているのだろうとも思えるが、悲しいことに医者の不養生ということわざが存在するとおり、あり得ない事でもなかった。
は試合観戦の後半にかけて入り始めたアルコールによっていつも以上に陽気だ。
祖母は先に帰したので、今は信介と二人で歩いて家に帰っている所である。
「今日な、侑やアラン、治のこと褒められて俺、嬉しかったんやで」
「うんうん」
俺の仲間、すごいやろ。そう言えることの喜びを、に話す。
今名前を言った三人だけではなく、大耳も、銀島も、赤木だって信介にとっては自慢の仲間だ。もちろん、のことも。
「せやから、自慢のにもいつまでも元気でいてもらいたい」
「へえ、わかっとります」
「じいちゃんとも約束したし」
「えぇ、おじいちゃんと……?信介とおじいちゃんたまに内緒話するよな、しかも俺に関する」
の祖父であり信介の大叔父は、二年ほど前この世を去った。家族に見守られて、穏やかに。
彼は昔からが結婚するまで死ぬわけにはいかない、と息巻いていた。裏を返せばが一人にならないかを心配しているということだった。
だから信介は一度見舞に行った時に彼に言った。のことは、自分が一生一人にはしないからと。
それが何を意味するかを理解したかはわからないが、彼は顔をしわくちゃにして、「そおか」と笑ってくれた。細くてて頼りない手で、でも信じられないほど強く、信介の手を握った。
「「を頼む」ってな」
今度はその手で、信介がの手を握る。
は驚いたように、立ち止まった。
「任されとんねん、俺」
「……は~……俺ってそんな頼りない孫?」
「愛されとる。わかっとるやろ」
「ん」
はおそらく強がっておどけた。
時折そんな風に感情を飲み込んでしまうのはの悪い癖だと思うが、信介が紐解いていくと、本当の心を少しずつ見せてくれる。そもそも、隠したくて隠しているわけでもないからだ。
「にしても、なんか先を越された気分」
力が抜けたように息を吐き、手を握る力が緩む。
手が解かれることはなかったが、指先が絡んだままの状態で引き寄せられる。二人の手の隙間に、小さくて薄い、硬い何かが入れられて掌にぶつかった。
信介は反射的にその中の物もろとも、の手を握った後、反対の手の上に落として取り出した。
明かりの少ない畦道でも、月灯りによってそれが何なのかはわかった。
銀色に、光を反射して艶めくそれは、どこかの家の鍵みたいだ。
は現在京都の実家で暮らしているはずだったが、一人暮らしをするのかとすぐに思い至る。
どこでと問う間もなく、はすぐに信介の疑問に答えた。
「来月からこっち来るから、俺。───そこの家の鍵」
聞けばは京都の病院から兵庫の、尼崎市内にある病院に転職を決めたらしい。
治の店に来ると言う宣言が妙に現実的だった理由は、そこにあった。
部屋を決めるまで言わなかったのは、の得意な「サプライズ的な」目論見だろう。
「そういうわけで、俺のこと、頼んます」
先ほどの話になぞらえて、は肩を竦めるようにして、頭を下げた。
色々と言いたいことも、したいこともあるけれど、まずはにちゃんと飯をくわせなければ。───信介はその意気に燃えていた。
信介は管理する田圃の通路の前に人影が佇んでいるのを見つけて、足早に近づく。
今日来るとは聞いていて、駅に着くころ連絡するように言ってあった。しかし予定より遅れそうだと言って、それ以降連絡がない相手だ。
「───?」
「おすー、今日もあちいね」
「なんで連絡くれんかったん」
「サプライズ的な」
軽いやりとりに、仕方がないなと信介は肩を竦める。
近頃の夏は猛暑、酷暑と言われるほどに危険で、駅から信介の家まで歩いて来たのなら大事だ。しかしその割には大汗をかいているわけではないので、タクシーできたのだろうか。
そんな信介の思考を読み取ったのか、は「パトカーで来た」と言ったので聞き返した。タクシーではなくて、パトカー?
聞けば駅で急病人が発生したのだが、それがどうやら人の故意によるものだったらしく警察沙汰にもなり、医者として人命救助に手を貸したは、その流れでここまで送られてきたらしい。ちなみに詳しい事情聴取は後日だそう。
「やー、しかし間に合わんかったな」
「試合は明日やろ?」
「まあ明日もみるけど」
「何の話しとる?」
の落胆に、信介は首を傾げた。
仲間が出るオリンピックの試合が、明日行われる。その中継をまたかつての仲間で観ようと約束していたのだが、とは何故だか話がかみ合わない。
「ごめんごめん、こっちの話」
言いながら手で示したのは、目の前に広がる稲に向けてだった。
「もしかして、開花がみたかったん?」
「そう」
「まあ、全部咲ききってないやろうから、明日も見れるやろな」
「やったー」
稲の開花は種を蒔いてから約百二十日後の夏頃、というのが通常だ。
しかしその花は朝に開いて、わずか二時間ほどで閉じてしまう。
は小学生の夏休み、米作りの話を信介から聞いて初めて、稲に花が咲くことを知った。そして信介は早朝、近くの田圃にを連れて行って見せたことがあった。
以来、兵庫で暮らしていた時は、度々開花の季節は見に来ていたらしい。信介はそれをこの日、初めて知った。
翌日、信介の部屋で隣り合って布団を敷いて眠っていたは信介が起きてもまだ眠っていた。医者になってからは勤務時間に変動があるようで、規則的に朝起きるという生活ではないらしい。
しかし、それはいいとして、問題なのはがかなり痩せたことだ。
高校時代も細い方だったが、それでもたくさん運動して食事をとっていたので健康的な体格だった。
だが今は、首筋や手足は細くて、抱きしめた時に感じた腹も胸も薄い。背中にも、骨が浮き出ているのが分かった。
───「ちゃんと飯くうてるか?」なんて、雰囲気にそぐわないことを聞いてしまったほどだ。
は目を逸らして「忙しくない時は」と言っていたがきっと激務の所為でサボっているのかもしれない。
これからは食べる、と根拠のない発言をしていたが、大丈夫だろうかと心配になる。
せめてここに居る間は、をゆっくり休ませ、いっぱい飯を食わせよう。
そう決めたはいいが、稲の開花時間は非常に短いので、信介は仕方なくの肩を揺さぶり声をかける。彼の寝起きは非常によかった。
子供のころからそうだったけど、今はきっと医療現場で培われた部分もあるのだろう。
少し歩いたところにある管理してる田圃につくと、遠くからでも開花は感じられた。
稲の花は本当に小さくて、注意して見なければわからないくらいだが、毎日見続けている信介にはその変化が分かる。小さな白い粒があると遠目から、稲が光って見えるのだ。
もちろん信介ほど見慣れていないは近づくまではわからなかったけれど、それでも花を見て信介を振り返るところは、ここまで育ててきた信介を誇らしい気持ちにさせてくれた。
二人は畦道に腰を下ろす。
祖母が朝食にするといいと持たせてくれた、お弁当と水筒が二人の間におかれていた。
昨日、の希望で稲の花を見に行くと話したら、用意してくれたものだ。その厚意を受けて、二人はここで稲の花を見ながらお弁当を食べることにする。
「お米が生きる力を見てると、人の生きる力も思い出させてくれるな」
そうしみじみ言ったが眩しくて、信介は目を細めた。
既に強い夏の日差しの所為だけではなかった。
夏の朝に稲の花を見て飯を食う。隣にはがいて笑っている。幸せとはこういう瞬間の景色をいうのではないか。
午後の試合開始時間に間に合うように、信介は祖母とと一緒に治が経営している店───おにぎり宮へとやってきた。
祖母や信介はよく顔を出しているけれど、は開店祝いや数回程しか訪れたことがない。
店内に入ると、治がぱっと明るい顔になる。
「ちわすっ、いらっしゃいませ!」
未だにやや体育会系じみた挨拶が添えられているが、店員らしい歓迎の言葉が続く。
祖母と信介に続いて、も治やほかの店員に声を掛けながら、案内された席へと座った。どうやら、約束した他の仲間たちはまだ来ていないようだ。
「春野さんめっちゃ久々やないですか、もっと来てくださいよ!」
「すまんすまん、来月からはいっぱい来る」
「えっいや、ホンマ? あんま無理せんといてくださいね?」
「自分でもっと来いゆうたのにぃ?」
「~~~やって、春野さん忙しいの知っとりますし」
治との絡みを、信介は微笑ましく見守る。
その時、店に備え付けのテレビで、とうとうバレーの試合会場が映し出され始めた。
選手の体育館入りと共に紹介が行われ、見知った名前や顔が流れた。侑とアランは後輩と同級生だと、信介は自慢が捗り、治もニコニコと笑っている。
そこに店のドアが開き、赤木と銀島、大耳がやって来た。少し遅れてしまったので、治は口では少し責めるが、顔や声は嬉しそうだ。
「北さん、春野さん!ご無沙汰してます」
「おう元気そうやな」
「おお、北焼けとんなあ……───は白!……日ぃ当たっとるか?」
「そんな白い?」
「まあ白いな、あと窶れとる気ぃする」
「北さんと並ぶと余計そう見えますね!」
「ウゥッ! 久々に会ったのになんなんだお前ら!!!」
「みんな心配しとんねん」
言葉が飛び交う中で、やはりの線が細くなったことは、皆の話題に上がり始める。
は皆に悪口を言われたように傷ついて胸を押さえていたが、自分でも不摂生を繰り返したことは理解しているだろう。
この二年弱、は兵庫にも来られない程忙しかった。世間で起きた緊急事態による制限もあるが、それは特に医者という職業にも関係してくることだったからだ。
県外への移動は控え、人の多いところは行けなかった。それどころか病院からほとんど帰れなかったり、人一倍人との関りに気を配らなければならなかっただろう。その苦労は計り知れない。
「、ほんまにちゃんと、飯食わなあかんよ? 休みもとってな」
「わかってるよ~、信ちゃん」
医者に何を言っているのだろうとも思えるが、悲しいことに医者の不養生ということわざが存在するとおり、あり得ない事でもなかった。
は試合観戦の後半にかけて入り始めたアルコールによっていつも以上に陽気だ。
祖母は先に帰したので、今は信介と二人で歩いて家に帰っている所である。
「今日な、侑やアラン、治のこと褒められて俺、嬉しかったんやで」
「うんうん」
俺の仲間、すごいやろ。そう言えることの喜びを、に話す。
今名前を言った三人だけではなく、大耳も、銀島も、赤木だって信介にとっては自慢の仲間だ。もちろん、のことも。
「せやから、自慢のにもいつまでも元気でいてもらいたい」
「へえ、わかっとります」
「じいちゃんとも約束したし」
「えぇ、おじいちゃんと……?信介とおじいちゃんたまに内緒話するよな、しかも俺に関する」
の祖父であり信介の大叔父は、二年ほど前この世を去った。家族に見守られて、穏やかに。
彼は昔からが結婚するまで死ぬわけにはいかない、と息巻いていた。裏を返せばが一人にならないかを心配しているということだった。
だから信介は一度見舞に行った時に彼に言った。のことは、自分が一生一人にはしないからと。
それが何を意味するかを理解したかはわからないが、彼は顔をしわくちゃにして、「そおか」と笑ってくれた。細くてて頼りない手で、でも信じられないほど強く、信介の手を握った。
「「を頼む」ってな」
今度はその手で、信介がの手を握る。
は驚いたように、立ち止まった。
「任されとんねん、俺」
「……は~……俺ってそんな頼りない孫?」
「愛されとる。わかっとるやろ」
「ん」
はおそらく強がっておどけた。
時折そんな風に感情を飲み込んでしまうのはの悪い癖だと思うが、信介が紐解いていくと、本当の心を少しずつ見せてくれる。そもそも、隠したくて隠しているわけでもないからだ。
「にしても、なんか先を越された気分」
力が抜けたように息を吐き、手を握る力が緩む。
手が解かれることはなかったが、指先が絡んだままの状態で引き寄せられる。二人の手の隙間に、小さくて薄い、硬い何かが入れられて掌にぶつかった。
信介は反射的にその中の物もろとも、の手を握った後、反対の手の上に落として取り出した。
明かりの少ない畦道でも、月灯りによってそれが何なのかはわかった。
銀色に、光を反射して艶めくそれは、どこかの家の鍵みたいだ。
は現在京都の実家で暮らしているはずだったが、一人暮らしをするのかとすぐに思い至る。
どこでと問う間もなく、はすぐに信介の疑問に答えた。
「来月からこっち来るから、俺。───そこの家の鍵」
聞けばは京都の病院から兵庫の、尼崎市内にある病院に転職を決めたらしい。
治の店に来ると言う宣言が妙に現実的だった理由は、そこにあった。
部屋を決めるまで言わなかったのは、の得意な「サプライズ的な」目論見だろう。
「そういうわけで、俺のこと、頼んます」
先ほどの話になぞらえて、は肩を竦めるようにして、頭を下げた。
色々と言いたいことも、したいこともあるけれど、まずはにちゃんと飯をくわせなければ。───信介はその意気に燃えていた。
つい最近「生きるぼくら」という小説を読みました。原田マハさんの。
おばあちゃんと孫、米作り、おにぎり等のワードにアガる方はぜひ読んでみてください。
「つぼみちゃん」という女の子が出ます。偶然です。
Mar 2025
おばあちゃんと孫、米作り、おにぎり等のワードにアガる方はぜひ読んでみてください。
「つぼみちゃん」という女の子が出ます。偶然です。
Mar 2025