I am.


Stay. 02


食後は眠たくなるまで、ひたすらリンさんを抱っこしたまま時間を潰した。
スマホでポメガの特性を調べてみると、ポメガのされて喜ぶ事はほぼ普通の犬と同様みたい。つっても犬が人に構われて嬉しいのはそもそも人に懐いてるからであって、元人間であるポメガが人に構われて嬉しいとも限らないのでは。と思ったが今の犬の姿を見るとそうも言えない。
お腹の上にいる犬の耳をモニモニした。

「小さいころ犬飼いたかったんだよね」

俺はおもむろに話し出した。
リンさんはさすがにいちいちキャンと返事をしなくなったが、聞いている気配はある。多分、言われてる事を理解してるんだろう。こういうところには、人の気配も感じる。
「父親が生きてたころに、隣の家に子犬が生まれて里親募集してたことがあってさ」
十匹くらいの子犬が、まだ目も明いてないくせに元気に動き回ってる姿が、すごい可愛かったと話して聞かせる。
今俺の腹に乗ってるポメラニアンはそれよりは全然デカイが、犬が欲しかった時の記憶が蘇ってきた。
「結局、飼うことはできなかったんだけど、何でだったかな。世話が大変だとか、金銭的……あー父親がその時にはもう病気だったのかも」
ぶつぶつ呟いてる俺の上半身を犬がよじ登って来た。
首元に鼻息がふすふすと当たって、くすぐったい。
なんとなく犬の背を撫でながら、どさくさにまぎれて頭に頬擦りをする。ふと、小さな尻尾がプリプリ振れてるのが見えた。
鼻から出る甘ったるい鳴き声とか、頭をぐいぐい押し付けてくるところは、
「かぁわい……」
思わず笑いながら呟いてた。
頬擦りついでに、鼻先と口を犬の耳の下にもぐりこませる。あ……これはダメだ。

「───っと、そろそろ寝よっか」

ひょい、と犬の身体を離しながら立ち上がり、抱き直す。
うっかり、ちゅーしてしまった……。
俺はあくまで、リンさんの犬としての本能を満たすためにここにいるのに、俺が犬に満たされてどうする。しかも中身はリンさんなんだぞ。

寝室のドアを開けて電気をつけながら、まっすぐにベッドに向かう。犬化はたいてい、眠ってリラックスしている間に戻るとか。その時のために掛け布団を剥ぎ、その中にリンさんを下ろした。
ちなみにポメガの生態について調べた時、変化前に着ていた服はそのままだと知った。たしか資料室にリンさんの服は落ちていなかったっけ。
眠ってる間に人に戻るのに、全裸だったらと思うと気が気ではないので本当によかった。

リンさんはベッドの上で、なわばりを確認するかのように周辺を検め始める。
「寝れそう?」と声をかけてみたら、返事の代わりに枕元付近に身体を伏せたので、ここに収まる気はあるらしい。
頭だけ見えるように掛け布団をかけてあげて、その上から丸く膨らんだ身体をひと撫で。
そしてオヤスミと言いかけたところ、リンさんがこれまでの比じゃないくらいキュンキュン言い出した。

ポメガは人間の時に感じた疲労やストレスといった負荷感情を、全て犬的欲望の「可愛がって!!!」に全振りするらしい。そうやって単純化して、動物的本能に変換することで心と身体を守っているとかなんとか。
つまり、リンさんはまだ疲れてる、ということだ。
「そ、添い寝必要?」
「きゅーん、きゅーん」
「あーっ、わかったわかった、鳴かないで」
リンさんが甘えた犬の本能に負けてるところ見るのは、俺としてもメンタルが削られる。添い寝するか、リンさんに犬の欲望を全開で出させるかを天秤にかけたら、添い寝の方が数倍マシという結論に至った。
俺は手早く、掛け布団を持ち上げて自分の身体を横たえた。
するとリンさんは、俺の肩から首にかけてのところにぺそっと乗っかって、むふーっと満足げな息を吐いた。


何だか今日はすごい一日だった。
リンさんが犬になったことも、その犬をひたすら可愛がってたことも、リンさんの部屋、そしてベッドに入って一緒に眠るなんてことも。ものすごい、リンさん尽くしではないか。
思いがけずリンさんとの距離が近づいてしまった気がしたが、まあ、人間のリンさんの顔は今日ほとんど見ていないんだよな……。
首元にいる犬はいつの間にかぷぅぷぅと穏やかな息を立てていて、深く眠っているらしい。
起こさないように寝返りを打つと、顔にちょこんと濡れた鼻が触れる。その反射か、犬の舌がぺろんっと出て来て自分の鼻を舐める。ついでに俺の顔も舐められたが、これは事故である。
俺は再び犬に背を向けるように寝返りを打った。



これまでの犬の愛着行動は、ポメガの特性によるものだ。
ナルも言ってた通り本能が強くなり、人間としての理性が弱まっているんだろう。だからリンさんの本意ではないと割り切ることはできる。
でも───正直、俺は眠れないでいる。
多分犬がどうとかじゃなくて、リンさんのベッドでリンさんと寝ているというのがいたたまれないんだ。

俺はリンさんに、秘めた思いを抱いていた。ほんの一年くらい前に気づいた。
同性で、いずれ違う国で生きることになる相手だ。それに性格も、趣味も違う。いや、趣味知らないけど。
とにかく、一緒にいて楽しいとか落ち着くとかを感じるほど交流もしてないだろう。
ただ指先が触れた時に、どうしようもなくときめいたり、俺のしょうもない話を聞きながら時々笑ってくれると有頂天になるだけの、淡い憂いだ。
それを本当は恋って呼ぶのだろうけど、俺はその名前の感情を殺すことにした。
最近少しずつその憂いに慣れてきたと言うのに、本人が犬化しているとはいえ同じベッドに入るなんて、思い切り憂鬱だった。

どのくらいベッドで息を潜めていただろう。外で、新聞配達と思しきバイクの音が聞こえた。まだ部屋は暗いが、今が夜よりも朝に近い時間だと漠然と考える。
その時ふと、背後で布団が持ち上がった。ずるりと何かが這うような、膨らむような気配。
───人に、戻ったのかもしれない。
俺は身じろぐふりをして、身体を小さくするように背を丸める。
「───……、」
背後では、微かなため息がした。それからベッドが沈む。
寝返りをうっているのか、ベッドを抜け出そうとしているのか。とにかく俺の後ろにはリンさんがいることが明らかだった。犬であるときと比べたら、明らかに身体に触れるものの大きさが違う。
暫く全神経を背後にやっていると、俺の首筋に何かがぶつかった。
近くで呼吸の音がするから、頭だろう。つまり犬だったときと同じく、俺にひっついて眠ることにしたらしい。
……犬だったせいか、寝ぼけてるのか。

身体はとてつもなく眠いのに、頭が全然眠れないまま部屋が明るくなるのを待った。
何気なく目が覚めたふりして、ゆっくりとベッドを抜け出す。静かに寝室を出てリビングのソファに倒れ込んだ。ざらついたファブリックの質感が頬に触れる。
無人のリビングで夜を明かしたそれはひんやりと冷えていて、さっきまで俺の身体を纏っていた熱を吸収してくれた。
安堵と襲い来る眠気のとろみが、俺の思考を闇の中に引きずり込んでいく。
目蓋を透かした光も、肩や背中にまとわりつく冷気も、全てどうでも良いくらい眠かった。
そして気づいた時にはスマホのアラームがテーブルの上で鳴り響き、朝を告げていた。
はっとして起きると、俺はソファの上に横になったままだった。ただ、その上には布団がかけられている。
こんなことをしてくれるのはリンさんしかいなかろう。
慌てて身体を起こして周囲を見回すと、俺のアラーム音気づいたらしいリンさんがリビングに顔を出す。
シャワーを浴びたようで少し髪が濡れてて、シャツの襟はボタンが一つ開けられた状態だ。
「おはようございます」
「おはよお……」
リンさんと気まずい挨拶をしながら、頬がチリチリと痛む気がしてそこに触れると、指の腹で生地の模様を感じた。たぶん、痕がついてる。
「ソファで寝かせてしまって申し訳ありません」
「あ、イエ。布団ありがと」
「……あのまま寝るなんて、風邪をひいてしまいますよ」
もしかしたら俺と一緒に眠った記憶がないのでは。と一瞬期待したが、犬である間の記憶も残ってるという話だから、まず間違いなく覚えているだろう。

「谷山さん、昨日は」
「ま、───まった!」
俺は慌てて、リンさんの口を塞いだ。
勢いあまって本当に唇に触れてしまったので、すぐに手を離す。
「ごめん。昨日のことは忘れて、今まで通りにしよ?」
リンさんは一瞬目を見開いたが、怪訝そうに眉を顰める。
何かを言われる前に、矢継ぎ早に言葉を続けた。
「緊急だったから俺が対応したけど、今後のことはナルと相談して」
「ナルと相談? 何故です」
「仕事のこととか、薬のこととか? 雇い主なんだし、共有はしておいた方が良いと思うけど」
「……はい」
納得はしていなさそうだがぎこちなく頷いたリンさんに、俺は満足してヨシと頷く。
そして大学の講義があるからと言って、リンさんの部屋を後にするべく、持ち込んだすべての荷物を回収する。
昨日着てた服を再び着て、スウェットは鞄にぐちゃっと突っ込んだ。荷物はぱんぱんに膨らんでいるが仕方ない。
「リンさんは今日休めそう?」
「いえ、仕事します」
本当は駅まで送ると言ったリンさんだが、俺はそれを断って玄関に留めた。
そして別れ際に今日の予定を聞くと、どうやらオフィスに行くらしい。
犬化したのは疲労が理由だろうに……と思っているとその表情が出ていたのか、リンさんは続けて「仕事をしているほうが、気が紛れますから」という。
俺は口ではちゃんと休みな、と言いながらリンさんの行動を本気で制することなく、部屋を出た。
そのまま駅に行くのではなく、ナルの部屋に直行だ。
朝からなんだ、と睨まれた。


ナルは俺に一晩リンさんを押し付けたことについて、特に負い目は感じてないようだが、部屋の中にはいれてくれた。ぶっちゃけこのまま二度寝もさせて欲しいが、さすがにそこまでの贅沢は言わない。
「───眠っている間に治ったなら、聞いてた通りの症状だな」
リンさんが戻ったことを報告すると、ナルは頷く。
今度は俺に対して薬を飲んでいるのかと聞いてくるので、知らないと答えた。何も話さなかったのかと責められる。
「正直俺はこの件にはもう、極力関わりたくなくて」
「……」
ナルは目を見開いた。俺は言いながら、口が過ぎたかと後悔する。
本音だが、別にリンさんの犬化に対して迷惑だとか、いやだと思っているわけではない。でも、そんな風にとれる言い方をしてしまった。
「部下のことなんだから、ナルが主体的に把握しといたら? 犬化した時にどうしてほしいかとかも」
「? 持病があることと薬の服用以外に僕が知る必要があるとは思えない」
「でも昨日みたいなことがまた起こったら、また俺を呼ぶ気? 昨日は急な事だから俺が対応しただけだよね」
「一度犬化して戻ったということは、リフレッシュできたということだ。リンは二度も同じミスは起こさない」
「だといいけど」
ナルの言ってることには納得だった。
リンさんの上体把握については、結局俺もナルもさほどする必要ないのかなって。
こうやってナルと相談して対応した気になって、体よくリンさんと関わることから逃げた。

最後に、俺はナルに「着替え貸してくり」とシャツを強奪して大学へと向かった。



next.


以前、『好きな子の隣でしか眠れないBL』と『好きな子の隣では眠れないBL』どちらがいいかってアンケートをとったら、後者の方が多かったので今回はそちらにしました。
主人公はじわっとリンさんへの恋心を自覚していたので堪えている世界線です。
Jan. 2026

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