I am.


DADDY - Red Eyes 26

魔力切れを起こして以降、俺はジーンをナルに預けることが増えた。これはあくまできっかけなだけで、魔力を与えるのは相変わらず俺が主体となってしている。
ナルに預けるのは、いってみれば、双子が一緒にいることでどちらかに変化が起きるのか、経過観察をしてみたい為だった。
今のところ二人には特にこれと言った変化はない。しいていうなら、ジーンはナルと一緒にいるのが心なし嬉しそうだ。

この日も、ナルにジーンを預けているので一人の家でまったりと寛いでいた。そこに前触れなく客が訪ねてきたのは午後も過ぎたあたりのことだった。
例にもれず兄と、意外なことに娘である。兄はともかく、娘までくるとなると驚きよりももっと、何かあったのか、と心配になってくる。だって彼女は、本来滅多なことで人の世に干渉しないタイプだったはず。
とりあえず家の中に招き入れることにして、俺がリビングへ案内するため背を向けると、娘は不意打ちのように言った。

「お兄様から聞いたの、パパがお兄様の子を育てているって」

思わず足を止めて振り返ると、兄が娘の言葉を引きついだ。
「それで、お前に会いに行くと言って聞かなくて」
まるで娘が我儘を言ったかのような態度の兄だが、一族で一番我儘なお前が言うな、と思った。
娘も俺と同様のことを思ったようで、つんと唇を尖らせた。

リビングのソファには、兄と娘が隣り合って座っていた。俺はその向かい側に座り、二人の内どちらかが口を開くのを、心なし断罪を受けるような気持ちで待った。

そういえば、こうして並んでいる姿をみると、兄と娘はよく似ているのが分かる。
特に顕著なのは、輝かしい白金色の髪の毛だろう。
不死鳥は魔力の循環を番同士で繰り返していくと、より魔力が強くなり、性質が似てくるというから───俺が生まれるまで二人が番同士だったことがよくわかる。

「今日来たのは別に、パパを責めに来たわけではないの。というか、お兄様に話すことを、パパにも聞いてもらおうと思ったの」

おもむろに話し出した娘の言葉に、俺は内心で安堵した。
兄はとぼけた態度で「そうなのか? なに?」とか言ってる。本来の地位で言えば兄は一族の長なので、そこからくる余裕とも思えた。でも単に"考えなし"のような気もして俺は辟易する。
そんな兄の態度に娘は、胡乱な顔をした。
俺は昔から兄の強力で得体の知れない雰囲気が苦手だったので、波風立てずに受け流すようにしていたが、それをものともしなかったのがかつてのお母様である。
そりゃ長年番だったなら遠慮もしないわな。そして生まれ変わっても彼女の気質は変わっておらず、兄の耳をつまんで捻じり上げた。

「アナタが同胞を増やしたのは二度目よ、前のあたしとの約束を破ったわね」
「いたたたたっ」

俺は試合開始のゴングを聞いた気がした。幻聴かな。
ぎりぎりと耳を引っ張り続ける娘はその耳の中に直接吹き込む勢いで言葉を続ける。
「お兄様は青き血(ブルー・ブラッド)の自覚がないの? あなたほどの者が魔力を人に与えたら、どうなるかは"わかっていた"はず。それなのにどうして同じことを繰り返したのかしら」
彼女の言う青き血(ブルー・ブラッド)というのは、不死鳥に限らず全ての魔族の中でも一握りの者に与えられる称号だ。その名の通り青い血が流れていて、魔力は強大で濃厚、生命力が強い。───だから俺は潜在的に兄を恐れていたのだが、それはさておき。
兄が"やらかした"のが二度目で、それをお母様はとっくに知っていたというのは初耳だ。
「いや、だから今回は番のバランスを正そう思って……」
兄は珍しくたじろぐ。
「そんな風に正当化しようったって、そうはいかないんですからね。あなたは結局""を取り戻したいだけ」
「うぅっ」
いけ娘、兄の耳を千切ってまえ……と静観していたが、俺は聞こえてきた名前に反射的に声を上げる。「え、俺?」と。
しかし俺がと名乗っているのは人の世の日本に住み着き始めてからで、ここ数年の出来事だ。不死鳥として、魔族としての名は他にある。それは俺が雛だった時に兄に与えられるもので、二人は勿論知っているだろう。
だから単なる偶然に過ぎないと訂正しようと思ったところで、兄と娘が目を真ん丸に見開いて俺を見つめた。

「おまえは""なのか……?」

いつも鷹揚な兄だったが、この時はいつも以上に相好を崩していた。
唇が柔らかく俺の名を……いや、きっと違う誰かに呼び掛ける。だけど甘く煮たような緋色の眼は、真っ直ぐ俺に向いていた。
咄嗟に誤解だと、自分が日本で名乗っている仮の名前であることを説明するが、兄はゆっくりと首を振る。
「いいや、仮の名ではない」
「この様子だと、記憶があるわけではないのね」
娘が兄と俺の様子を見てから、何とも言えない顔つきで息を吐いた。
俺は恐る恐る、どういう意味なのかを問いかける。娘の唇が一瞬口ごもってから、意を決して開かれるまで、目を離すことはできなかった。

は、ある人間の名前。お兄様がかつて気に入って魔力を与えて、死んでしまった命。その骸の灰を始まりの火山に投じた後に、パパは誕生したの」

がつん、と頭が殴られたかのような衝撃を受けた。
───俺が元々人間であることは、知ってた。知っていたはずなのに、少しもおかしいと思わなかった。
なんだか物語の出来事のように荒唐無稽に感じて、自分が特殊であることを口にはしなかった。ナルやジーン、その母親の例を見ていながらも、やはり俺とは違うとも思っていた。それに、人間であった自覚はあっても人間だったころの記憶はほとんどないと言っても良い。
どんな時代に、どんな風に過ごしていて、どんな最期を遂げて今生きているのかも今まで全く考えたこともなかった。そういうものだ、と頭は思ってしまっていた。
「灰を混ぜたからって、……その後に生まれた俺がだとは限らないんじゃ」
人間であったころの記憶は無いが、紛れもなくそれは俺だろうなって確信めいたものがあった。でもどうにか否定したくて誤魔化したが、兄が間髪入れずに否定する。
「僕がおまえを間違えるものか」
この一言で二の句が継げなくなる。あと、みぞおちのあたりが、ひゅん、てした。
俺が昔から兄のことを恐れていたのは、魔力の強さだけじゃないんだろうな、とこの瞬間理解した。言ってしまえば俺は兄の魔力によって死んでいるのだ。無意識に恐れたり逆らえないという思いは感じていただろう。
人であったころのことを覚えていないので、兄とどういった関係なのか、過去の俺が兄をどう思ってたのかはわからないけれど。
ただ間違いなく今言えることは、さっき娘が言っていたように兄の番になるのだけは勘弁してほしいってこと。
「……ていうか、そんなに俺を育てたかったなら、どうしてお母様が俺を育てたの」
来世もせめて、お母様だった娘に育てられたいのが本音だが、ふとした疑問が零れる。
いくらお母様に押し負ける兄でも、魔力も地位も完全に彼の方が上だ。
そんな兄は珍しくたじろいで口を閉ざしたので、肩を竦めた娘が代わりに口を開いた。
「前のあたしが反対したのは勿論のこと、お兄様も怖かったのよね……自分の強大な魔力で"また"を死なせるのではないかしらって」
「……ああそうだ。でも僕の番の魔力で育ったお前なら、次こそは大丈夫なはずだ。僕もそれなりに力加減というものを覚えた」
「ねえあの、ほんとうにやめて」
俺はすぐにやる気を取り戻し、キラキラ顔で近づいてきた兄を押し返す。
次こそは大丈夫、ちょっとずつなら大丈夫、きっと格段に強い不死鳥に成れるから大丈夫、と怪しい投資話を持ち掛けてくるみたいな兄を、娘がまたしても制した。
「───言っておきますけれど! パパが次に生まれてきたときも、育てるのはこのあたしよ。今日はそれをはっきり宣言するためにきたの。パパの育てている仔にも言いたかったのだけれど、まあそれはいずれ会った時にでも」
やはり娘。持つべきものは娘である。お母様は偉大だし、娘は最高。

俺はうりゅり、と涙が出そうになっちゃうのを堪えた。
男の子だし不死鳥なので、簡単に泣いてはいけないのだ。





「誰か来ていたのか?」

その日の夜、ジーンを戻しにきたナルがリビングを何気なく見回した。
おや、と思ったのは客人の名残は少しも残っていないと思ったからだ。彼らは飲食をしないし、ソファに座ってテーブルに触れた程度。特に乱れたり、配置が変わったわけではない。もしかして俺の顔に疲労が出ていたとかか……。
「来たけど……どうしてそう思う?」
「いつもと匂いが違う、気がする」
ナルは言いながら、自信がなさげだ。違和感の正体を探るようなたどたどしさがその口調に現れていた。
「ああ、そういうことか。兄と娘が来てたんだ───近しい同族の魔力の匂いを感じ取ったのかもな」
「匂い……? 魔力に匂いがある?」
「ごくわずかにね。性質が近ければ近いほど、識別ができるってだけ」
「識別? なぜ」
微かに眉をひそめたのは、疑問を抱いたからか、それとも兄への苦手意識かはわからない。
とはいえ俺は今、ナルの言葉にしない思考よりは、言葉になった疑問に答えるべきだろう。
「他の生物と一緒だよ。最もあれは、近親交配を避ける為だと言われるけど、不死鳥にとって意図は逆かな」
ナルは続きを促すように小さく頷いた。
「不死鳥にとって交配とは生まれてきた雛に魔力を与えること。番同士が何代も繰り返し魔力を掛け合わせることによって、どんどん高い魔力を作り上げていく───だから、近い魔力を持つ者がわかるし、魔力が馴染みやすい」
今までも不死鳥の生態や番に関しては話題にしたが、ナルにとってはまだまだ未知の領域だろう。ナルは「番」という言葉を唇だけで撫ぜた。
「兄はもちろん、娘は俺の魔力を受けて育ったからナルにとって妹みたいなものだ。そもそもは俺を育てた母でもあり、俺が生まれる前は兄の番でもあった。俺がナルとジーンを育てることが出来たのもこの関係性が大いに関わってくるんじゃないかと思う───ああでも」
俺はナルが知識を咀嚼しているのを他所に、横で勝手に思考を噛み砕いていた。
俺自身も得たばかりの事実によって、ハマったピースが今の俺の高揚を作り上げていたのだと思う。無邪気に、そして臆面もなく口にしていた。

「俺もナルもジーンも、原点は兄の魔力か」

途中で俺の呟きを聞こうと顔をこちらに向けていたナルの、目が大きく見開かれた。
原点という言い方は、ものすごくナルの気を引いたらしい。俺も口が滑ったような形ではあったものの、ナルには共有するつもりでいた。
以前はあんなに禁忌だと恐れてきたものだけど、知ってしまえばそう悩むことはない。なにせ全部兄が悪いからだ。

俺はこの日、ナルに自分の生まれを打ち明けた。



next.

今作ではよくやる前世人間設定にはちゃんと理由があったっていう。 お兄様が実は主人公に重めの愛と執着を抱いてる。これは**ヘキ**です。
Mar. 2026

PAGE TOP