I am.


DADDY - Red Eyes 27

兄は帰る前に、改めて一族の長として俺の名を紡ぎ直した。
これは生まれた不死鳥への寿ぎとして一生に一度行われる儀式だ。
本来俺はお母様に育てられてた頃に受けているけれど、改めてされたのは俺が""だったことが明確になったからだろう。元々兄は確信してたこととはいえ、俺の名前にの存在を刻むことはなかった。でも改めて今の俺にはの名が組み込まれ、魂とのつながりが強く結ばれた。
───その時、俺は生前の記憶が蘇って来たのだが、これはさすがに兄には絶対に言えないな……と思った。

かつての俺は今より三百年くらい前の時代を生きた、日本人の男だった。兄と出会ったのは小さい子供の頃。孤児だった俺を兄は気まぐれに育ててくれた。……なんだ、人間育てられんじゃん。
意外なほど子育ては順調で、俺は幼児から少年、そして青年にまで差し掛かった。その頃俺は病にかかった。兄はそれを健気に看病したし、今の兄とはかけ離れた献身だった。
だけれどあの時代は人が良く死ぬ。出来うる限りの力で兄は俺を生き永らえさせようとして、とうとう魔力すら与えた。その魔力が元となって、人間の俺は死んだ。

「俺が不死鳥になったのは、兄への戒めなのかもなって」

ソファに二人並んで座っているが、俺はなんとなく膝を抱えた。
ナルの方ではなくて、ぼんやりと遠くを見る。ナルは未だに俺の説明に納得がいっていないらしい。上手く説明できないが、いつかわかるときはくるだろう。……いや、わからないかもしれないが、それでもいい。
ただ俺に言えるのは「この命ある限り、兄とだけは番になることはない」ということ。
「───それで、いずれあぶれることになる俺の番候補として誕生したのがナルとジーンなんじゃないかなって」
「僕たちが?」
「二人になったのは予想外だけど」
ナルは今度はわかりやすく首を傾げた。
多分この話をしたら怒るだろうけれど、隠してても仕方のないことなので言おう。

「兄はあくまで娘の番候補としてお前たちの母親に魔力を与えた。彼女は人にしては珍しく魔力に耐性があったみたいで、俺の時みたいにすぐ死ぬなんてこともなかった。……兄も手加減を覚えたらしいし……」
ポリ、と頬を掻いてよそ見をしたのはちょっとした後ろめたさから。
兄が俺の番になる宣言の時、何の気なしに言ってたのは、コレだろう。
「だけどお前たちの母親は受けきれなかった魔力を逃がすために、新しい身体を作り出した。これはとても予想外のことだっただろうな」
「……ああ」
ナルはツンとしたものが鼻を突き抜けたみたいに眉をひそめた。わかるよ、その気持ち。理解できないけど、そうとしか思えない不可思議な現象に遭遇した、ってやつ。

以前仮説として立てた、母親の中にあった卵子が受精卵になる過程で兄の手が入っている、というものが案外的を射ていることが分かった。
魂まで宿ったのはそれこそ奇跡だが、成るべくして成ったと俺は思う。但しナルにとってはそうでもないようで。

「つまり僕たちは、奴が""の番になる企みの副産物なんだな」

あ~もう"奴"とかいってら。
俺はナルの静かな怒りを感じて、そっと微笑んだ。ま、そう怒るでない。兄の望みが叶うのであれば、お前たちの母親は死んでないのだ。
むしろ天からは、絶対俺と兄を番にさせない意志をひしひしと感じるもん。
ナルは、自分の生まれた経緯に泥をかけられたような気分だろうけれど。
「……叔父さんは、何も思わないのか」
少しして、怒りをおさめたナルは深い息とともに俺の意見を求める。
何もってこたないが……。
「まあ、あれは自然災害のようなものだから」
「だけど……」
「殺された、って? どうせ早いうちに死んでたことには変わりない」
俺が元々死にかけだったのはあの時代に生きる人としての真っ当な寿命だった。
死因だけが魔力の過剰摂取によるショック死だとして、享年に差はないだろう。いやでも、不死鳥として生まれ変わった俺には永遠の眠りという死がなくなったわけだから、かなり"人生"をめちゃくちゃにはされているか。
フム、と一度考えてから再び口を開く。

「俺は今の自分に満足してるよ。育ててくれたお母様と、育てた子たちへの愛も嘘じゃない。これからも不死鳥として生きて、死んで、───また生まれるのが楽しみなんだ」

ナルを見つめて笑った。楽しみ、という言葉をナルが聞き返すので念押しのように頷いた。
「ねえナル、もしも俺が生まれ変わったら、お前は俺を育ててくれる?」
順当に行けば娘が、もしかしたらジーンが俺を育てる可能性が高いけれど、俺はナルに聞いてみた。たまには俺も甘えたくなったのだ。
「その時に僕が生きていたなら」
返って来たのは不確定な言葉だった。ナル自身も自分に順番が回って来るとは思っていない口ぶりだ。
でも、無理だとか嫌だと言わない分、その本心は見える。
愛してる、と言われたのと同じだ。
「ジーンはこうなったけど、僕は人として死ぬ可能性もあるんじゃないのか」
続けてナルは言う。
「うん。───もし、ナルが人並みに生きていくのなら、それはそれで楽しみなんだよね」
「楽しみ? 何が?」
今度こそ楽しみの意味が理解できなかったようで、ナルは首を傾げた。
自分の人生で他人が何を見出すかを、まだ想像できないようだ。
「不死鳥の輪に入るのではなく、人間という魂の通過点になること。妻を持ち、子を成し、たった一生を終えること」
俺はナルの隣に身を寄せ、新雪のようにまっさらな頬を眺めた。まだ無垢で、瑞々しく内包する光を携えている。
そんな麗しい少年の眉は、険しく顰められて目つきはあまり穏やかではない。
「……その期待には沿えないと思う」
この答えから読み取れるのは、おそらくナルはこれまで誰のことも好きになったことがない、ということだ。ただし、俺に対する刷り込みと本能による愛は除く。

本来不死鳥は子への愛こそが至高で、それ以外の感情はほぼ興味や関心、好奇心って感じだけれどあくまでナルはほとんど人間で、不死鳥と同じ育ち方もしていない。
愛や性に関しては社会で体験していくろうと思っていたけれど……、この分だと他者への愛はもちろん、性的な欲求を感じたこともなさそうだ。
魔族ならいいけれど、人としてはかなり致命的である。子孫繁栄というのはとても原始的な、生物の本能だからだ。

「そういえばナルって、性欲はある?」
何気なく聞いた途端、ナルは顔から表情を消した。

人間の三大欲求である食欲、睡眠欲、性欲。そのうち前の二つを、ナルはほとんど感じないのは随分前から知っていた。
だけどそれらは生命の維持に大きくかかわる分、欲の有無に限らずナルには食事も睡眠もおろそかにしなかった。
でも性欲はなくても気づきにくいし、肉体に大きな影響は及ぼさない分、今まで気にかけたことがなかった。というか幼いころはまだそう言う欲がないだろう、と思っていたのだ。
だから性に関しては"知識"として基本を教えただけ。養子に出した後は養父母から、そして社会で生きる中で身につくと思っていたけれど、不死鳥という立場を加味して性について話を出来るのは俺だけだ。
身内にこんな話題を出されるの多感な年ごろの少年としては非常に嫌だろうが、耐えてもらわなければ。

「必要ないんだろう、不死鳥なら」

ナルは観念したように吐いたが、否定しながら明言を避けた。
今のお前は不死鳥ではないだろうに。
「……言っておくけど、不死鳥も性行為自体は出来るからな。魔族が人型をとる理由は、人と交わる為だし」
「は」
「主に悪魔の類がやることだけれど、肌を重ねることで、人の心を開かせるんだな」
「どうして不死鳥が、そんなことをする必要がある?」
必要、必要、とナルはさっきから言っているが、この世には必要がないものが多数あるのだ。そうでなければ世界は発展していなかった。
なお、不死鳥が人と性行為する必要はこれっぽっちもない。ただ、人と全く無関係な存在ではないというのは教えておかなければ。
「多くの命の中で、不死を願うのは人間くらいだ。つまり、不死鳥は人の欲を具現化した存在なんだ。人の身体と同じ機能を持つのは人を知る為とも言われている。───例えば、俺は眠ったり、食事をとったりするだろう? でも眠いとか食べたいという感情はないし、その行為は身体にとって何の効果もない。単純に体験ができる、といっただけ」
ナルは俺が寝たり食事をしたりしているところを見てるので、頷いた。
それに寝食をおろそかにしても健康に影響がない事を知って、いいな、とか言ってたくらいだ。それと性行為を同列にみれば、ナルも理解は早かった。
「話を戻すけれど、性欲があると感じるならば、それは生殖が可能である可能性は高いと思うんだ。ちゃんと調べるなら人間の医療機関で配偶子の有無を検査してもらう必要もあるけれど───」
「必要ない」
出た、必要ない。
まあ妻子を持つことは希望していないと言ったからには、わかっていた。
それにナルは人間としても肉体に難がある分、魔族的ではない理由で生殖機能はないかもしれない。
「じゃあもう、この話は終わりにしようか」
「……やけにあっさり引くんだな」
俺は興味津々だった態度を自覚して、ナルの指摘に肩を竦める。
本人も俺がある種実験対象の様な目を向けてきたことに気づいていただろう。ゴメンネ。

「興味はあるよ。人が織りなす永遠は俺達のものとは全く別次元で、美しい。───でも」

ナルの顔に手を伸ばして顎を撫でた。
形の良い輪郭と、幼さを残した顔を見て笑った。小さなころから成長を見続けたこの顔が、今は少しずつ成熟した大人になろうとしている。いずれは老いて、灰になって、永遠に見ることができなくなるのだと思ったら、一生しかないかもしれないナルの時間がものすごく貴重に思えた。
ナルの子はきっと可愛いだろう。でもナルではない。ましてや、俺が育てるわけでもない。
不死鳥としての最上級の愛はやっぱり子育てだから、ナルの子供の有無は結局どちらでも良いというわけだ。ナルが望まないのなら、なおのこと。

「きっと俺が愛するのは、俺のナルだけだろうから」



next.

ナルは身体はほぼ人間なので、本来なら欲求はある。ただ身体が弱い事と精神的な理由で薄れてしまっただけ。
心と身体が健全になって欲を感じる働きが回復すると、不死鳥的本能と人間的本能が相まって叔父さんにマジ恋する未来がある。かもしれへんなあ(関西弁)

Mar. 2026

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