I am.


DADDY - Red Eyes 28

季節は夏。ニュースではどこが最高気温を記録したとか、熱中症の注意が毎日呼びかけられるようになっていた。
そんな折、仕事で暫く家を留守にすることになったのと、ナルが依頼を受けて石川に行くことになったのは同時だった。
出発の前日までナルはうちに泊まっていたが、翌朝早朝に家から見送った。
俺も何日か帰ってこられないので簡単に部屋を片付けていると、ナルが使っていた寝室でふと緋色の雫が目についた。

「───ペンダント……おいて行ったのか?」

俺があげた、俺の魔力が封じ込められた緋いの石が、白いシーツにぽつりと残されていた。
ナルがずっと肌身離さず持っていたことは知っていた。忘れていくなんて珍しいが、意図してやったのなら頷ける。いや、ナルにだってもの忘れはある……かなあ?
まあでも、最近のナルはどこかよそよそしいから、自立への一歩かしら。
なんて肩に乗ってるジーンに目をやった。無垢な瞳がきゅるりとこちらを見ていて、答えは返さない。
指先でつまんだ魔力を自分の体内に溶かしてしまうか迷いながら、やっぱりポケットに入れておくことにして俺も家を出ていくことにした。

リンから、ナルが倒れたと連絡があったのは初日の晩だった。
霊に憑依されて、松崎さんのことを襲ったらしい。すぐに意識を失わせて金縛りをかけているというが、ナルから憑依霊を剥がすのは非常に気を使うことだろう。
というか、ふつう魔族の身体に霊は入れない。
完全な魔族の身体であれば、そこらの霊には髪の毛一本たりとも適応させない魔力に溢れているからだ。ジーンが霊媒と言われていたのは、魔力が弱い身体だったから。同じくナルも人間だったから、霊に身体を乗っ取られたのではないか、と考えられる。魔力はあるが、身体に入った異物に対抗できるほどではなかったという訳だ。
挙句の果てには本人の気質も重なって、むしろ霊はナルの中に"閉じ込められている"に近い状態だろう。
これまでならそういう霊の侵入も、俺のペンダントが弾いていたのだが、今回に限ってペンダントをつけていかないとは。意図していなくとも、ジーンと同じ道を辿りかねないなと考える。
「今後、どういう方針でいく?」
俺は滞在しているホテルの部屋でリンに問いかけながら、ナルがおいて行ったペンダントを握って目を瞑った。
ナルが長い事持ってたから、ペンダントを通して今のナルが何をしているか探ることくらいは出来た。といっても、リンの言う通り金縛りをかけられて眠っていることしかわからない。
『調査を続けます。霊の正体がわかれば、何か手立てが見つかるかもしれません』
リンのアプローチのかけかたは正解だろう。
下手にナルを刺激して中の霊を起こせば、ナルの力を使って攻撃を始めるはずだ。
ナルの身体は低級霊にとっては都合が良い。魔族とは違って操りやすく、人よりも力を持っているからだ。
「ナルを封じておけなくなったら、連絡を」
『わかりました』
リンは俺に縋ることなく、電話を切った。
今回のことでナルが命を落とすなら、それはナルの寿命であったと思うほかないけれど、ナルの持つ力を霊が使うのは、種族への冒涜だと言っても良い。
ましてや、人を殺められでもしたら、一族の恥でもある。
本来ならすぐにナルを回収ないし、霊をその身体から追い出すのだけど、リンが現状霊ごとナルを封じめているなら急ぐことはないかと踏みとどまった。



リンに現場を任せた手前、俺とジーンは意識のみでナルの様子を見に行った。
憑依している霊はいまいち存在感や意志が薄くてわかりにくいが、ナルが今いる土地は霊の集まる場所になっていて非常に興味深かった。
洞窟にある祠には神化した流木が濃い霊力を放って土地を支配していて、俺の存在を押し出そうとしているのもわかる。とはいえ、押し出されてやらないが。
ぱんっと風が弾けるような衝撃が起こってよろめいたが、尻餅をつくような恥は晒さずに済んだ。どうやら流木は一時的に隠れたらしい。

「───さん!」

流木と力の押し合いが終わった途端、背後から呼びかけられた。
いつの間にいたのか、麻衣が駆け寄ってくるところだ。
「麻衣?」
「きてくれたんですね!」
安堵したような顔の麻衣の頭には雛が乗っている。どうやら、いつの間にかジーンが彼女を連れ回していたようだ。いくらなんでも、ジーンだってもう調査に加担しちゃだめだろう。
「ナル、大丈夫かな」
俺は目の前に来た麻衣の頭から、雛鳥を掬いとる。あ、とその光景を目で追う麻衣に、ナルのことは大丈夫と言っておいた。
それに対して、麻衣はぼんやりした笑みを浮かべた。信じきれてはいないが、束の間の安心を与えられたような顔。
「最近……さんしか見なくなっちゃった」
「ん?」
「夢で、いつもナルがあたしに色んなことを教えてくれてたから」
「……がっかり?」
「!! いや、そんなっ……」
麻衣は俺の言葉にぎょっとして目を見開く。
それから顔を赤く染めて、慌てて否定した。
ナルのことか、夢で逢うならジーンの方か、どちらかのことを彼女は好いているらしい。
そこに俺が途中から出てきて、今度はナルの顔をしたジーンが不在になり、俺だけが残った。あとは雛もいるのだが、麻衣にとってそれは人数としては換算していないのだろう。
未だにごにょごにょ「あたしはけっしてガッカリなんて、でもどうして……」と言い淀んでいる麻衣の背中をポンっと叩く。
「それより麻衣、ここは霊場だからあまり近づかない方が良い。特に身体を出ている時は」
「───え?」
俺は麻衣に、目を覚ますように促した。すると麻衣はふっとその場から姿を消す。
きっと部屋で目を覚ましたか、もしくは、意識を身体の中に戻して正常な眠りについた。
俺はジーンに「あまり勝手に会いに行くんじゃない」と注意をしてから、洞窟を出た。
人の恋愛感情については、俺が手出しも口出しもするもんじゃない。たとえその相手がナルやジーンであっても、当事者同士にしか解決できないだろうから。



ナルが目覚めたのは麻衣と会ってから二日後だった。
上手い事やれたようだと思っていたら、リンから電話がかかって来て、ナルがひとりで力を使ったことにより倒れ、救急搬送されたと聞いた。
起きたと思ったらどうして、と思ってしまう事態だけれど、リン曰くかなり不機嫌だったところを麻衣に叱られて、更に感情がコントロールできなくなったのだとか。若いのう。
ペンダントを置いて行ったのも、やっぱりなんらかの意思表示だったりするのかしら。

俺はナルの精神状態が気になって、やっと仕事が終わったその足で一命をとりとめたナルに会いに行った。
病院着で不機嫌そうに横になっているナルは、魔力がかなり失われている上に、生命力そのものも薄れていた。人間の肉体がダメージを負っている証拠である。とはいえ、魂を損なってはいないので回復は出来るだろう。

「や、生きてたか」
「まあ、なんとか」

俺の登場に一瞥は寄越したナルだったが、なおも不機嫌は崩さない。
霊に憑依されたのも、一人で力を使ったのも不本意だったらしいことはリンから聞いている。ナルはこんな状況で自分の命を捨てようとするほど、短絡的ではない。かといって、怒りに身を任せて危険な行為を行ってしまう程度には未熟だった。
きっと、俺にそのことを見透かされているのも、今のナルには辛抱たまらんのだろろう。
「俺はてっきり、別れを告げられているのかと思ったよ」
「……僕だって忘れ物くらいする」
目の前にペンダントをぶら下げると、ナルはひったくるように俺の魔力を握り込んだ。そして再び首に紐をかけるあたり、忘れたというのは本当らしい。

病室には気の利いた椅子なんかがなかったので、俺はナルの脇に腰掛けた。
青白い顔色も、少し草臥れた肌も、痛々しく見える。
今回ショック症状を起こしたと聞いているが、幼いころに勝手に一人で力を使って以来のことだろう。あの時もこんな風に魔力を失い、反動で人間の身体が壊れかけた。
俺がいたので事なきをえたけれど。
「……、」
静かな俺を見返したナルは、はっとして表情を変えた。俺が目から涙をこぼしたからだ。
「お前に涙を流すのはこれで二度目だよ」
以前倒れた時はほとんど意識がない状態だったので、ほぼ無理やり涙を口に含ませたが、今日は顔を近づければナルは心得たように口を寄せた。そして、慎重に舌を伸ばして頬を舐めた。緊張しているのか、震えた手が俺の肘を掴む。

ナルは気づいていないだろうが、俺は開いているドアの方に気をやる。丁度、ぼーさんの気配が立ち去ったところだった。
話を聞かれていたことも、この様子を見られていたことも少し前から気づいていた。とはいえ別に困る事じゃないので放っておいた。それに多分、今は俺が涙を流したことであたりに魔力が充満していて、彼は酩酊状態に近いはずだ。距離があったとはいえ、多少の霊力がある程度では太刀打ちできない。だから後で誤魔化すのは容易い、と俺は判断した。

しばらく動かないでいると、ナルは無事に俺の涙を吸い取れたようだ。かすかにナルの口の中が動く音がしたので顔を離す。
嚥下する程の量はないが、無事舌に沁み込んだその「薬」はナルの肉体を癒すだろう。
ナルは熱に浮かされたように目を細め、そのまま気絶するように眠りについた。



夜になって目を覚ましたナルは、退院するの一点張りだった。
こういう時ばかりは自分がちょっと人間ではない部分を笠に着るのだから。肉体的な面で言えば普通の人よりよっぽど弱いのに。
「病院にいる意味はないだろう」
「……まあ、それは」
ナルの言っていることは正しい。俺はこれまでナルをあまり病院に連れて行かなかった。前述の通り人より弱いのに、人ではない部分があるからだ。
「叔父さんが申し出れば、医者は許可を出す」
「そうだな」
「療養すればいいなら、家で十分だ」
ナルとは家族として縁を切ったわけではないので、法律上俺は叔父である。その為養父母がイギリスにいる状態で、日本にいる血のつながった叔父が退院を願えば、病院はよほどのことがない限り拒否できないというわけだ。
今のところナルの身体は正常に機能しているし、意識もあれば意志も強いのできっと医者は頷くだろう。
俺はナルの意思に折れたような態度で「わかった」と頷いたけれど、本心では別にナルに入院していて欲しい気持ちはなかった。
前述の通りナルに治療は必要がないからだ。



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