sakura-zensen
春を追う
01話
11月21日の正午間近、俺は警視庁のOA機器の前に陣取っていた。
赤いランプが点灯して、FAXの受信を知らせる。数秒待っていると、コピー用紙が吐き出された。そっと手に取ると、紙はほんのりとあたたかい。
裏面が上にきていたので、ひっくり返して内容を確認する。───そこには大きく「1」と書かれていた。
警視庁には二年前から決まってこの日に謎のFAXが届く。
去年は「2」一昨年は「3」とだけ書かれていた。こうも続けばさほど心が動かなくなってくるが、かといって完全に無視もできない。何かが起こる、カウントダウンみたいで。
「毎年毎年、なんなんでしょうね」
小松原さんがデスクに肘をついてぼやいてるのを横で聞く。
「来年になればわかるさ」
柳さんはどこか悠長な様子で返した。
ここには毎日多くの問題が持ち込まれ、立場上「事件が起こっている」状態でないと動けないことが多い。これがもう少し脅迫めいた内容だったり、犯罪を示唆するものであれば本腰入れて捜査に乗り出すのだが、一年に一度数字が送られてくるだけでは事件性がないと判断するしかない。
それでも形式的な捜査は行われ、送り元を探ったり、過去の11月21日に何かが起きたか、などを確認したらしいが結局関連する情報はないこと、その後何も起きないことで悪戯だと処理された。
「来年送られてくるのはゼロ、じゃないですか」
「満を持して犯行予告かもしれないぞ。それこそFAXはなく、なにかをやらかすとかな」
「しかしなぜ21日なんだか」
桐島さん、和田さん、そして重村さんが続いて話題に乗ったので、俺も自然と日付に思いを馳せた。
しかし一度は調べて何もなかったことだから、何か新たな発見があるわけもなく、俺は話題のネタを探すような気持ちでスマホに触った。
昨今のインターネットはバラエティ豊かで、日付にすら事典が存在する。フリー利用のため眉唾ものの情報もあるけれど、人の思考を知るにはこれも参考になったりならなかったりだ。
11月21日の事典には、歴史的な記録から誕生日と忌日の人物、世界的なものから日本のみで制定される様々な記念日などが一覧になっている。
戦時中の出来事はさすがに飛ばして、政治的な出来事やらゲームの発売日という情報を頭になんとなく留めておく。
続く誕生日一覧はおそらく関係ナイだろう。忌日も、だいたいが著名人のものになるのでスルーしてよさそう。───誰かの死亡日、すなわち関連する"事件"があったのなら、とっくに俺達警察が糸口を見つけてるわけでして。
「11月21日はインターネットの日、世界テレビデー、カキフライの日、街コンの日だそうです」
結局何も成果が得られなかったので、目についた記念日を知らせる。
班員たちは白けた顔をしてそれぞれ仕事に向かった。
残ったのは俺の相棒であり先輩の桐島さんだけど、この場合俺も一緒に出るから動かなかっただけである。
「最後の二つは何なんだよ……」
「フライが語呂合わせで21なんだって。あと11月はカキがうまいらしいです」
「へー、カキの旬って11月なのか」
俺たちはそのまま、ダラダラと会話を続けながら廊下に出た。
ちなみに街コンの日はある地域で一回目の街コンが開かれた日で、次の日が良い夫婦の日であることにもちなんでいるとかなんとか……。そんなうんちくを垂れ流してると、桐島さんの姿が徐々に遠ざかっていく。
なぜなら俺が、歩くのをやめたから。
「花森?」
何かが引っかかっていた。
俺がついて来ていないことに気づいた桐島さんが振り返って、戻って来る。「なにぼけっとしてんだ」と、顔を覗き込む桐島さんをぼんやりと見返した。
「11月22日は……良い夫婦の日……」
「あ?」
うわごとのように呟く俺に対して、桐島さんは怪訝そうにする。
「ちょうど俺が目を覚ましたのがこの日で。何気なく観てた病室のテレビでそんなことを言ってたのを思い出しました」
「……あれから、もう三年か?」
俺が口にしたのは、桐島さんの言う通り、三年前の出来事だ。FAXが送られ始める、一年前。
ある事件に関わった際に事故に遭って、俺はしばらく意識不明の重体という大怪我を負った。そして目覚めたのが22日だった。
「一年前ってのはいいけどよ、日付に関連性ねーだろ」
「───被疑者です。被疑者は俺が目を覚ます前日に、自殺、したんじゃありませんでしたか」
「っ!」
これだけじゃ確信できないが、このことが分かった以上、俺と桐島さんは居てもたってもいられず踵を返した。
目指すのは資料室。三年前に俺が事故に遭うきっかけとなった、爆弾事件にまつわる調書を閲覧しに行くためだ。
事の発端は、三年前の11月7日。警視庁に、ある連絡が入ったことから始まる。
都内にある二か所のマンションに、それぞれ爆弾を仕掛けたこと。10億円を用意しなければ、爆弾はセットした時間に爆発するという脅迫だ。なお、マンションの住人を一人でも避難させたら即爆破、という条件も付けられた。
すぐさま現場には機動隊の爆発物処理班が出動。第一現場の爆発物は隊員が無事時間内に無効化することができたものの、第二現場の爆発物はトラップが多かった為、時間内に処理することは不可能だと判断された。
こうなると要求は飲まざるを得ず、脅迫相手に10億円が支払われた。程なくして、爆弾のタイマーは遠隔操作で止められた。
その後住人は解放され無事避難。安全が確認できてから爆発物の解体が行われ、処理班は制限時間なく落ち着いて処理した───というのが事件の様相である。
結果を見ると、警察は市民を人質にとられて屈した苦々しい事件だ。
勿論爆発物処理をしている裏では、警察は捜査を行っていた。
しかし、一方的な要求のみ連絡してきた被疑者を特定することはほぼ不可能に近かった。
だがある時、転機は訪れる。住人の避難が完了してこれから爆発物を解体するという頃になって、警察に被疑者らしき男から連絡があった。『爆弾が止まってないって、どういうことだ?』と。
後で聞いた話だが、車に乗っていた被疑者はラジオから流れて来る報道の情報を鵜呑みにしたらしい。当時情報は錯綜していたし、いつも最新の実況がされていたわけではなかった。
警察は被疑者の勘違いと罪悪感を利用して、通話を逆探知した。現場から3キロ程離れた場所の公衆電話をつきとめ、当時担当していた特殊犯係の捜査員を確保に向かわせた。
そこにたまたま居合わせたのが、強行犯係の俺と桐島さんだ。
俺達はあの日自分たちの担当する事件の捜査で外に出ていて、警察無線で事件を知った。通り道だったこともあり、現場付近に不審人物がいないか警戒をするようにという指示に、物見遊山のような感覚で対応していたのだ。
桐島さんは特殊犯の捜査員の中の一人に見覚えがあったらしく、公衆電話を利用している男を警戒する様子にピンと来たらしい。
相手が何者かは定かではないが、何らかの重要人物だと見当はつく。桐島さんが俺に「取り逃がしそうだったら走れ」と囁いた。
あーあ、管轄外の現場に顔を出すとあとで怒られるんだろナ。
過去のやらかしを思い返したが、被疑者を取り逃がすよりはマシかと、周囲に気づかれないように監視を続けた。
公衆電話で話をしていた被疑者は、駆けよって来る捜査員に気づいた。
コワモテのオッサンが鼻息荒く走ってくるのを見れば、被疑者じゃなくても逃げるって話だが、それはさておき。
被疑者は間一髪のところで刑事たちの手を逃れ、道路に飛び出していく。
その瞬間に俺も走り出していた。
「花森、ゴー!」
聞き慣れた桐島さんの指示より先に、俺の足は動いていた。何故なら道路には走行中の車がいた。
手前の車線は何とか駆け抜けた被疑者だったが、対向車線からくるトラックの前に、勢いあまって躍り出る。
それを俺は、被疑者を突き飛ばして反対の歩道に逃がす。───さすがにここで、刑事たちが追ってくるはずの手前の車線に戻すわけにはいかなかった。別の車に轢かれるからだ。
ここまで考えることはできたのだけど、被疑者を突き飛ばした反動で車道に残される自分のことは考えていなくて、俺が代わりにトラックにはねられた、というのが事故の経緯である。
幸か不幸か被疑者は傷を負わず、俺が歩道に逃がしたことで這う這うの体で逃げていった。けれど自分を庇って人が車に跳ね飛ばされた瞬間を目の当たりにした罪悪感から、一週間後に警察署に自首した。
数多の住人を爆弾で脅して人質にしておきながら、人の命まで奪うつもりじゃなかった、とかなんとか。
「───当時警察は、被疑者から供述を得るためにヤツの罪悪感を煽った。あたかもお前が死んだかのように振舞ったんだな」
「そうです。それで、俺が目覚める丁度一日前に留置場で監視の目を盗んで自殺した。目覚めた翌日俺に会いに来た門馬班長が教えてくれました」
一緒になって取調の資料を閲覧していた桐島さんは、いつもよりも少し低い声で話した。
「被疑者の関係者は洗ったんだよな」
「はい。家宅捜索は行われたみたいですが、自首する前にあらかた片づけていたようですね。ただ、同居人がいた痕跡はあったようです。近親者はいないみたいだから、友人か恋人……もしかしたら共犯者だった可能性は高いんじゃないかと」
「ああ。結局被疑者の周辺からは10億円は見つからなかったし、ゲロんなかったってことは共犯がいたんだろ。自殺の原因も、良心の呵責に耐えかねてとされているけど、間違っても相方のことを言わないためっていう理由もあるんじゃねえか?」
「ですかねぇ……」
「つーか、なんで捜査がここで打ち切られてんだクソ」
目覚めた当時、俺は門馬班長からこれ以上首を突っ込むな、と言われてその通りにしたから、ここまで詳細を知ろうとはしなかった。
被疑者の事故を防げたとはいえ、確保は失敗。怪我の功名で自首はしたが、結局自殺したのが俺の所為みたいになってるし。関わってもいいことはない、と自己完結して、凍らせていた心のかすかな傷が、じわりと疼きだしたのを感じた。
「被疑者の自首や自殺が警察の所為だと思った共犯者がいたなら、あの数字のカウントダウンは、爆弾───……」
ほとんど無意識に呟くと、隣の桐島さんは微かに息をのむ。
資料室の時計の秒針が、やけに大きな音を立てて動いた気がした。
主人公が間接的に爆発を防いだことで、運命の歯車が変わって行く話です。
ハロ嫁公開時から萩原研二に思いを募らせてたんだけど、堕天使の公開からぶり返しました。
ちなみに堕天使は2回観てきました。ネタバレはしないように気を付けるけど、うっすら知った顔が出ちゃうかも。
爆弾事件を書くにあたって調べてたんだけど、10億円を払ったのって誰がどういう方法なんでしょうね。
警察はそこにお金を出す立場ではないらしく、マンションとくれば個人んでもないから、おそらくマンションの管理会社が住人から徴収してる積立金みたいなのから支払ったのかな、あとは保険会社とか……。爆弾のタイマーを止めたということは振り込みかな……とうっすら認識しております。
Apr. 2026