sakura-zensen
春を追う
02話
「何っ? 三年前の事件に共犯者がいる?」
折を見て、デスクにいた門馬班長の元に俺と桐島さんは向かった。
一瞬俺たちがまた管轄外の事件に首をつっこみ、なおかつ過ちを繰り返そうとしていることを咎められそうになったが、そうなる前に辻褄が合う部分を班長に伝える。
毎年被疑者の命日に来るカウントダウン、共犯者がいた可能性、それからその共犯者が被疑者の自首や自殺に対して警察、ひいては俺のことを恨んでいるかもしれないことなど。
班長は話を聞きながら、太い指先で眉間の皺を揉んだ。まだ俺たちを叱ろうとした顔のままである。
「───これは現状ただの憶測でしかありません」
「おい」
俺が舵を切った話の方向に、隣で一緒に訴えていた桐島さんが驚きの声をあげる。
だって、班長の表情からして『事件性のある証拠がない』と指摘されることは明らかだった。
「カウントダウンのFAXは悪戯ではないといいきれない。あの事件に共犯者がいた証拠もなければ、関連性も立証できません。単に、被疑者の命日が同じというだけです。でも裏を返せば、このFAXを調べることは"管轄外"ではない」
「何が言いたい?」
「ゼロの年に対応できる準備をさせてください。普段の職務をおろそかにははしません」
門馬班長は深いため息を吐いた。その後、口が上手くなりやがってと呟きシッシと俺たちを追い払う。
刑事が過去の事件を洗い直す、または参考に資料を閲覧することはおかしなことではない。でも俺と桐島さんは三年前の事件にはもう首を突っ込むなと言われているので、内緒で調べ続けたり、いざという時にあの事件を持ち出したりするのでは、初動が遅れる。班長には把握しておいてほしい、というのが本音だった。
つまるところ俺は、班長に捜査する許可を求めたのではなく、あくまで報告という形で筋を通したのである。
「花森さん、お疲れ様です」
ある日の夜、警視庁での事務処理を終えた後、資料室で当時の資料を眺めているところに声がかかった。
資料室に別の人間がいるのは珍しいことではないので気にしていなかったが、声をかけてきたのは顔見知りの刑事、伊達だった。
俺の二年後輩の捜査一課強行犯係の刑事であり、配属当初はうちの班で小松原さんが教育係を担った。今では他の班で立派な刑事をやっていて、顔を合わせることはあっても、一緒に行動することはあまりない。
だから「久しぶり」と返した。
「その図面……爆発物ですか?」
伊達はすっと目を細めて俺の手元を見下ろす。
そこにあるのは、三年前の事件の爆発物の図面だ。爆発物処理班が回収した爆発物について報告してきた資料を机に広げていた。
伊達は口の堅い男だし、元は同じ班員だったよしみで過去の事件で気になることがあると理由を話した。
すると伊達は一瞬視線をさまよわせる。何かを考えるような仕草だ。
「───……。小松原さんにさっきそこであって」
「?」
「資料室に居る花森さんにって、伝言を頼まれました」
「俺に? 何か用だったのかな」
そこに居はしないとしても、何気なくドアの方を見る。
「根を詰めるな、頼れることは頼れって言うように───もしかして、俺に何かをさせたかったのかも」
俺は視線を伊達の方に戻す。
小松原さんや班員たちは、俺と桐島さんが影で何を調べているかは知っていた。だから伊達をここに寄越したということは、この事件に有用だと言いたいのかもしれない。一縷の希望を抱いて、三年前の爆弾事件を覚えているかと問いかける。
「覚えてますよ」
言いながら伊達は、俺の隣のパイプ椅子を引いて横に座った。
それから爆弾の図面を睨むように見つめる。
「第一現場の爆発物はたいしたことないものだった。でも第二現場のやつはトラップまみれで、こっちが本命だったんだろうって」
思ってた以上にこの事件について詳しい、というのが俺の素直な感想だ。伊達は当時刑事になりたてだし、この事件は管轄外だ。どっちの爆弾がどうかっていうのは、俺みたいに首を突っ込んでないと気にもしないことだろうに。
伊達も俺が感心していることに気づいたのか、補足するように理由を話した。
「俺の警察学校の同期───松田と萩原ってのがいるんですが、そいつら機動隊の爆発物処理班に配属されたんスよ。当時、この爆弾の処理にあったのもそいつらで、後から話を聞きました」
なるほど、小松原さんが伊達をそれとなく寄越したのは、この話を聞かせる為だったのか……。
「しかし、何でその事件について調べ直しているわけですか? 花森さんと桐島さんは当時大目玉をくらったんじゃ」
「あ~……」
俺は伊達の問いかけに、視線をさまよわせて笑った。
当時入院中だった俺は班長にだけだが、桐島さんは現場に同行していた先輩としてかなり叱られたというのは聞いている。そうでなくとも、俺たちは過去にも他の班の事件にも首を突っ込んだことがあるので、生意気な若造として名を馳せていた。
そういうことだから刑事課では桐島さんへの風当たりは一時期酷かった、とかなんとか。
「あ、でも! 俺はあの事件、被疑者の逃走を警戒してフォローの為に張ってた桐島さんの判断も、車に撥ねられそうになった被疑者を守った花森さんも、間違ってないと思います」
ダンッ、とテーブルに力強くたたきつけられた伊達の拳に、俺は軽く身体を揺らした。ど、どうしたんだ、伊達。
「捜査上管轄があることは理解してますよ。でもいざという時は、警察官として一丸になって協力するべきだろ!? 花森さんが怪我をしたのも、そのどさくさで被疑者逃がしたのも、花森さんのせいにしやがって」
アチィな、伊達……!
当時の刑事課の雰囲気を思い出したようで、震えている。配属されてすぐの、初めての班の先輩たちが悪く言われるのは辛かったんだな。伊達自身が俺達の行動を正しい事だったと思ってくれてたなら、尚更。
「どうどう」
「すんません、つい熱くなって」
ちょっと落ち着かせようと背を叩くと、伊達は大きな身体を縮めて詫びた。
「花森さん、もしあの事件に遺恨があるんなら、俺にも協力させてください」
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいよ。……班長にはそれとなく許可を取ってるし、班員たちは見守ってくれてる状態なんだ。まだ、他の班には内緒にできるか?」
「もちろん、誰にも言いません」
俺は伊達の人柄や、爆発物に詳しそうな二人の同期がいることを考慮して、引き込むのも手だと思った。
「早速松田と萩原のことも紹介しますか?」
「……うーん、いや、俺が知りたいのは爆発物そのものじゃないんだよね。話をどこまで広げて良いか迷ってるし」
俺は一昨年から始まったカウントダウンのFAXと、被疑者の死亡日について、それから共犯者のいる可能性や、そいつが警察に恨みを抱いて復讐を目論んでいる可能性、来年には爆弾が仕掛けられる可能性などを話した。
ここまで話したことでやっと、俺が過去の事件を調べていた理由に繋がる。伊達はそうか、と目を見開き、それから自然と口角が上がっていく。
伊達の中でも、俺と同じ問題点が繋がりを作って、大きな"形"が作られようとしているのだ。
「だけど、それなら尚更、萩原と松田にこの情報を共有しといたほうが良いじゃないスか?」
「え?」
「来年しかけられる爆弾を、対処すんのはコイツらなんで」
「……た、たしかに───!」
俺達はいくらでも警戒したり捜査・追跡したりできても、爆発物の解体については素人も同然だ。警察学校では基礎的な知識を学ぶが、本物の爆弾を目の前にして安全かつ迅速に対応できるのはやっぱり普段から爆発物の処理に特化している者たちだろう。要は適材適所である。
翌週、俺たちは仕事の後に時間を作り、小料理屋『兎』に集まった。
桐島さんには事前に説明して今回の顔合わせに巻き込んだが、そうした一番の理由は後輩三人の会計を持つのは財布に痛かったからでもある。
「んで、刑事さん三人で俺たちを取り囲んで、どんな悪だくみに巻きこもうって?」
暫く気持ちよく会話をしていると、松田がニヤと笑って核心を突く。
切り出すタイミングをうかがっていたが、最初から察していたなら話が早い。俺は桐島さんを見て、説明を委ねた。
「───この仮定から、共犯者はおそらく警察に恨みを抱いていて、一年に一度ご丁寧にFAXしてくるところから挑発的かつ用意周到、何らかの"主張"や”予告”であると俺たちは見ている」
「カウントダウン、ってのは穏やかじゃねぇな」
「ああ、まるで来年ドカンと一発来そうな雰囲気?」
桐島さんと俺の考えた推測を、二人は否定しない。それどころか、シニカルに笑って、こちらの言いたいことを当ててきた。
「具体的に、現状俺たちに出来ることは少ない。万が一俺たちの推測が当たって爆発物をしかけられたら、処理班に依頼することになると思う」
俺は今回の顔合わせの意図は、本当に単なる顔合わせでしかないことを仄めかす。
松田の言う悪だくみのように、何かを計画する段階ですらない。ただ、種を蒔いただけだ。それが芽吹くのは一年後。もしかしたら芽が出ない可能性だってある。
だからこそ、こういう席でいいのだ。
「そういうコトね。まあ任せてもらってかまわねーよ」
「おっ、強気だねぇ、陣平ちゃん」
「茶化すなよハギ。お前だってあのトラップまみれの爆弾、楽にバラしてただろ」
「まあお前らならヘマするとは思ってねえけどよ。……もしもの時は出動頼むからな」
後輩たちがエネルギッシュな輝きを持って笑った姿に、俺と桐島さんは若干気後れしつつも根回しはしておく。
その後三人は俺たちの支払いに乗じて酒をちゃんぽんし、カウンターに軒並み突っ伏した。
「図太いヤツらだな、こいつら。伊達まで潰れるとは」
「会うのは久々みたいだし、気分が盛り上がったんじゃないですか?」
「そんな楽しい話じゃねえだろ……」
桐島さんと俺は、女将さんから出されたほうじ茶をもらって手に取る。
ほうっと息を吐きかけると、蒸気が俺の唇を湿らせた。
伊達ニキは松田の翌月に捜査一課に配属だったはずなんですが、そこはしれっと改変させてください。
萩原と松田は制限時間さえなければあの程度の爆弾はちょれーよ、って思ったまま。
Apr. 2026