sakura-zensen

春を追う

03話

(萩原視点)


───「まっすぐだなあ、と思います」

頭の中で声が反響した。
は、として目を覚ますと身体中が気怠く、重たい。
床で寝ていた所為もあるだろうし、昨日の酒が残っていた所為もあるだろう。
周囲を見回せば、松田が俺と同じように床に転がされていて、微妙に眉をしかめてる。それもそのはず、俺たちは昨夜それぞれ自分の家に帰ったのではなくて、伊達の一人暮らしの部屋になだれ込んだ。
ちなみに今その伊達の姿はない。今日も仕事があると言っていたから、非番の俺たちを起こさずに家を出たらしいことがわかる。鍵とかはいつものように、ってことだろう。
松田を起こすか迷った後、結局俺は一人ベランダに出て煙草を取り出す。
炎と煙から、昨晩のゆらゆらした感覚を思い起こした。

酩酊して、誰かに身体を支えられていた俺はおぼつかない足取りで店を出たんだった。
俺と松田は伊達の紹介で顔合わせをした刑事二人と飲んでいて、彼らは俺達爆発物処理班の隊員に来年起こるかもしれない事件への注意喚起という名の根回しをしたかったらしい。
「ったく、人の奢りでしこたま飲みやがって。初対面の先輩の前で、自力で帰れない程飲むかフツー」
「貸しを作らせてくれたんでしょー」
呆れたような低い声は桐島さん、笑みを含んだ伸びやかな声は花森さんのものだ。
桐島さんの言う通り、俺らは先輩の奢りってことで集められたし、翌日が非番だったこともあって遠慮なく酒を飲んだ。ぶっちゃけ、花森さんの言う、貸しを作らせようとしたわけじゃない。
二人が心配する来年起こるかもしれない事件については、俺達だって無関係とは言い難い。取り越し苦労ならそれで構わないし、むしろその話を教えてくれたことには感謝しても良いくらいだった。
「なあ、満足してるか?」
「不満はありませんよ」
俺はまだ誰かの歩調が作り出す揺り籠に乗ったまま、二人の会話を聞いていた。
言葉が少ないやり取りだけど、頭で整理してみると分かる。桐島さんは俺たちに全く期待してねえな、ってのが。
まあ、俺と松田の態度は上からもよく『調子がいい』とか『軽薄』だとか言われることが多かったので仕方がない。これでもエース扱いなんだけどねぇ。

でも、と不意に花森さんが一度言葉を切った。
「まっすぐだなあ、と思います」
丁度揺れが収まったのは、立ち止まったからだろう。
自分がこの時どこでどんな体勢だったのかはわからないが、車に乗せられたことは分かった。伊達と松田が先に乗ってて、その後に俺は押し込まれる。
暫くして車は走り出し、俺はその時ぼんやりと顔をあげた。夜道を照らすライトと、運転席と助手席の影。
当然そこに居るのは先輩二人だろう。彼らは車で来てると言って酒を飲んでいなかった。
「まっすぐっつーか、あれはハイになってんだろ」
「それは否定しませんけど。自然なことじゃないですか。爆弾が爆発すれば一瞬にして死ぬ……良くて大怪我でしょ? あのくらい度胸がないと、爆発物の前になんていられないですよ」
「フン」
まっすぐだとか、ハイだとか、あんまり褒められてる気はしねえなあ。
とはいえ、アクセルしかない男・陣平ちゃんと一緒にここまで走ってきた身としちゃ、その表現をぴったりだと思う俺がいる。

「彼らは俺たちの代わりに爆弾と向き合ってる。なら俺たちは、彼らの為に人の悪意と向き合いましょう」

花森さんがそう言った以降、記憶はあいまいだ。
伊達の住所を知っているらしい彼らはおそらく、三人をこの部屋にぶちこんで帰っていったんだと思う。
伊達は途中で目を覚ましたかもしれないが───、うん、あれ?
俺は煙草を持つ手に妙な震えが沸き起こる。本当に記憶が曖昧だけど、俺達って多分。

「なあハギ……俺ら昨日花森って刑事にいっぺんに抱えられてなかったか?」

寝起きの松田がバルコニーに出てきて、若干顔色を悪くさせながら聞いて来た。
俺も今、それを思い出したとこ。





あれから、先輩二人どころか伊達ともあまり会う暇がない日々だった。
伊達にはメールを入れておいたけど、先輩たちへの礼と詫びとかが主な内容だ。
松田と俺は花森さんの女装の理由だとか、あの晩話していたことだとか、それなりにタッパも体重もある男二人を一人で抱えた技とかも気になったけど、さすがにメールで聞く気になれず、春・四月を迎えた。四月といえば人事異動の季節でもある。

「おい、ハギ! 萩原!」
「どうしたんだよ松田、そんな慌てた声だして」
「お前、異動願出したって話、本当かよ」

ロッカーを前に着替える寸前だった俺は、詰め寄ってきた松田に肩を竦める。
人事異動ってのはそれぞれの上長が承認さえすれば日付に構わず発令出来るが、あらかじめ希望を出してそれが叶うとすれば四月が多いって話だ。
そして俺は松田の言う通り希望を出した───が、叶わなかった。
「しかも刑事部だと?」
「なんで松田が知ってんのかねえ」
「るせ、そんなことは今どうでもいいだろうが!」
いや、どうでもよくはねえだろ……。
とは思いつつ、松田の昂りは収まりそうにない。
「ちょっと思うところがあったんだよ。んで、異動願を出したが説得されて、見送られた」
「思うところ? 刑事になりたい理由でもあんのか?」
「刑事になりたいっていうよりかは……ブレーキが、また俺の頭ン中にかかっちまってんだよ」
松田は、俺の答えに一瞬目を見開いた。

以前もそうだった。何の不満もなく順調な日々でも、妙な不安に駆られてブレーキをかける癖があった。
それをやめて走り出してみようと思ったのは、今目の前にいる男の生き様と、ある事故に対応した時の高揚から視界が開けたおかげだ。
もし目の前に破滅が待ち受けてたとしたら、いっそアクセルを踏んで飛び越えることを選ぼう。そう思って、当時尻込みした機動隊からのスカウトを受けた。
そうして松田と共に駆け抜けたこの三年間は、満足のいくものだ。大きな怪我もなくやってきた。
急に爆弾が怖くなったって話でもないはずだ。

───まっすぐだなあ

また、花森さんの声が頭をよぎる。
けして悪いことを言われてるわけではないはずだ。まあ、良いことでもないかもしれないが。
「俺は何か見落として、走ってきちまった気がする」
「───……」
松田はそれ以降、俺に異動に関する話をすることはなくなった。
あれだけ反対してそうな雰囲気だったのは、俺が爆処を離れる事じゃなくて、そのことを一切相談しなかったことが気に入らねえんだ。
この仕事は危険で、過酷で、精神的にもキツい。少しでも不調を感じてるならむしろ現場を離れた方が良いと松田も思ってるはず。

警視庁の刑事部から呼び出しがあったのは、それから数カ月後のことだ。
何の冗談なのか、取調室に向かうように言われてドアを開けると、そこには六人の男たちが犇いていた。
「ひえ」と思わず声が出たのはあまりの迫力のせい。
身長で言えば多分俺よりデカイ奴はいないが、体格がいいオッサンとか妙に迫力のあるオッサンとかが揃って俺を見てる。
「来たな、萩原」
「あ、……桐島さん!?」
今にも供述を搾り取ろうとしているようなド迫力の刑事たちの間から、ふいに出てきた顔は一見すればチンピラ風の男だけど、顔見知りの存在は俺に安心感を与えた。
「桐島さんがいるってことは……」
「ここにいるのは強行犯係6班の刑事だ。俺は班長の門馬、階級は警部だ」
周囲の顔をもう一度見回すと、取調用の机の前でどっしり座っていた男、門馬警部が口を開く。それから順に、おそらく年長者から名乗られた。
スキンヘッドのオッサンが重村さん、体格のいいオッサンが和田さん、眼鏡のインテリ系の美男子が柳さん。それから雰囲気作りなのか書記机に座っていた、こん中じゃ一番若い男が小松原さん。───この男が、伊達の教育係の先輩だろう。名前を聞いたことがある。
「って、あれ? 花森さんは?」
「あいつは今日、休暇を取ってる」
ここまで6班が揃ってるのに、桐島さんの相棒の姿がないのは変だと思ったらすぐに答えが返ってきた。ふうん、と頷いていると門馬警部が身じろぎをする。
座っていたパイプ椅子が悲鳴を上げた。
「突然呼び出して悪かったな。まあ座ってくれや」
促されたのは取調を受ける側の椅子。え、俺今から取調受けんの……。
拒否したい気持ちはあったが座るしかない雰囲気だし、桐島さん以外の班員たちは俺をじいと見ながらも黙って取調室を出ていったので、仕方なく言われた通りに椅子に座った。

門馬警部が俺を呼び出したのは、俺の異動願に関することだったらしい。
警備部が俺に保留を促したので、てっきり刑事部には話が行ってないものだと思っていたけど、届そのものがなかったことにはなってないようだ。
「うちの桐島と花森から爆弾事件の話はされてるんだろう。どうして異動願をだしたのか聞いてもいいか」
門馬警部は隣の桐島さんを一瞥してから、俺を見た。
その時はっとしたのは、俺が二人の要請を蹴る意図になってしまったかという焦りを抱いたからだ。爆処にいないんじゃ、いざってときに力になれない。
「───別にビビったとか裏切ったなんて思ってねぇよ」
「、」
「むしろその逆で、火が点いちまったのかと思った」
なんと答えようか迷っていた俺に桐島さんは言う。
俺が爆弾から逃げたんじゃなく、共犯者を追うために走り出したように見えたと。
「───……もし俺がそんな熱い奴なら、特殊犯係に希望出してますよ」
「どうだかな。あの話を聞いたお前ならわかるはずだ。もし今年の11月21日に何かが起きた時、一番早く飛び出すのは花森だ」
「……確かに」
そこまで考えてはいなかったっていうのが素直な理由だ。
桐島さんと門馬警部は顔を見合わせる。どうやら俺が自分でも曖昧なまま異動願を出したことに気づいたらしい。
「桐島さんは思ってないって言ってくれたけど、俺はあの爆弾にもう一度会うのが怖いんじゃねーかって否定できません。だから余計にジタバタしてんのかもしれない」
言いながら声が徐々に弱弱しくなってきた。
花森さんと同じように刑事として事件を捜査して、被疑者を先に捕まえちまえばいいっていう気持ちがあるのは確かだ。爆弾は、松田や仲間たちに十分任せられる。
でもこれって、俺は今、アクセルを踏んでるのか、ブレーキを踏んでるのか……どっちなんだ。

結局、上手く答えられなかった俺に、門馬警部と桐島さんはわかったと頷いた。心象はよくはねえだろうなあ、と思ったけど、驚くことに異動の辞令がおりた。
顔合わせかからまた数カ月して───九月のことだった。
警視庁刑事部、捜査一課強行犯係への配属。出迎えてくれたのは6班の班長門馬警部をはじめとするかつて見た面々である。
ただし、花森さんの隣に桐島さんの姿はなかった。



原作では防護服を着てない事実がなかったので(でもアニメではがっつりあったね…)どう扱うか迷ってのですが、今回はそこに重点を置かないことにしました。
でもどこか命知らずっていうか、危うさみたいなのは持ってる感じにしました。
ちなみに私、今まで萩原研二の死を思い出して切なくなるから過去編とか読めなかったのですが、生きてる話を書きたいと思ったので読みました。解像度が……上がる……。でも迷走しがち。
萩原研二は態度がやぁらかいし、調子が軽いので口調も角がないと思いがちだけど言葉の端々が男っぽくてメロ。特に男同士で喋ってると余計にそうなのかなって。
Apr. 2026