sakura-zensen
春を追う
04話
まだ夏の暑さが残る9月1日、捜査一課に新たに配属された萩原研二は俺の前に立っていた。伊達に紹介してもらって以来で、会うのは二度目だ。
あの時はカジュアルな私服って感じだったけど、今日はスーツを着ている。
「あー、彼は萩原研二巡査部長。キリが特殊犯に異動した穴埋めで、今日付で警備部から引き抜いて来た。刑事としちゃ新米だから、今度はお前が教育係になる番だ花森」
門馬班長に紹介された俺は、やや間抜け面を晒した。
だってそもそも、俺は今回の人事異動について事前に何も聞かされていなくてですね。昨日まで、普通に桐島さんと仕事をしていたんだぞ。またあしたーって別れの挨拶して、オウって返されたのに。
「き、きりしまさんがいなぃ……」
「あ、駄目だコイツ。飼い主の突然の不在にショックうけてる」
桐島さんがいないのは目で見て、耳で聞いて分かったが、確かめるかのように匂いを探した。残り香があるのが逆にツラい。
自然と鼻と喉がくぅと鳴き、助けを求めるかのように柳さんを見た。俺のことを犬丸出しだと言ってる小松原さんのことは知らん。
「何もキリと二度と会えないワケじゃないだろ、お前も後輩を育成する立場になったってことだ」
やれやれと肩を竦めた柳さんに言われて、改めて萩原を見た。
放置されてた萩原は、やっと目が合ったとばかりにニッコリ笑う。
「桐島さんから花森さんのこと頼むって言われてるんで、よろしくお願いしま~す」
「え、どういう意味!?」
刑事として班ではずっと一番下だった俺にとって、後輩が出来るというのは嬉しい変化だ。教育を任されるというのも、上からの信頼があるとも言えよう。
だのに、桐島さんが俺のことを、よりによって新しい後輩に"頼む"とはなにごとか。
俺はそんなに頼りないのか、そして後輩にナメられているのか……。
哀愁漂う俺をよそに、班員たちは慣れた様子で頑張れよーと突き放してそれぞれ捜査へと向かった。
残された新相棒も中々神経が太いようで「じゃ、俺たちも行きますか」とウインクをかましてきたのだった。
萩原は俺達班員にも市民にも、持ち前の人当たりの良さで要領よく対応してきたと思う。
ちょっと生意気だけど嫌な奴じゃない、適度に雑に扱ってもへこたれない強かさが見えるのが特に俺たちの班では功を奏した。市民には顔の良さとか口のうまさが武器になってる。
伊達からは警察学校時代にヤンチャしたこと、更に佐藤からはそのせいで次の年の規律がカナリ厳しくなったことまで聞いていたので、実際の萩原を見てもさもありなんって感じ……。
「そういえば、松田は元気にしてんの」
配属から早くも二週間が経ち、後輩よろしく運転を買って出てくれる萩原に助手席から問いかけた。
「陣平ちゃん? げんきげんき~。今日飯いこうって話してて……そうだ! 花森さんも一緒にどうっスか」
「えぇ? そういうのって先輩のことをぐだぐだ言うとこでしょ?」
萩原は俺の揶揄いにアハっと笑った。
まあでもコイツ、言いたいことは別に我慢しなさそうだから、わざわざ飲み屋で同期にくだを巻くこともないんだろうか。
「むしろ松田のヤツ、花森さんの話聞きたがってたんで来てくださいよ」
「松田が俺の話を? なんで」
「まず何でそんな格好してんのかでしょ、俺たちをどうやって抱えたかでしょ、あと警視総監賞とった時のことでしょー?」
ハンドルを握りながらも、指先を動かしながらいくつかの気になる点を挙げてく萩原に、俺はドアに肘をついた状態のままぽかんとしてしまう。
聞いてるうちに俺は笑いがこみ上げてきた。それ気になってるのは松田だけじゃなくて萩原もだろう。
ひとしきり笑い終えた後、俺は萩原たちの飯に同行することを了承した。俺も、萩原に聞きたいことがあったことだし。
松田は先に、二人にとっての『いつもの店』とやらで待っていて、俺たちがやってくるとぱっと明るい顔をした。
黙って一人で酒を飲んでる姿はクールな男って感じなんだが、知り合いが来た途端に喜びが前面に出るところに愛嬌がある。特に相手が萩原だからかもしれない。幼馴染って言っていたし。
「ようハギ、それに花森刑事サン」
「ふつーに呼んで、ふつーに」
仰々しい呼び方は彼なりのコミュニケーションなんだろうが、ここは警視庁内でもなければ俺の馴染みの店でもなく他の客もいたので訂正を入れた。
「まあ外で刑事なんて言いふらすもんじゃねえか」
「そうそう。警戒されちまうからな」
松田はすぐに納得して、萩原も同調して笑う。
それから二人はさっそく煙草に火をつけた。
以前のようなどこか思惑のある顔合わせとはちがって、今日の席は普通に酒と煙草と美味い物を嗜みながら、個人的な話から言える範囲での仕事の話をするなど、気楽な時間を過ごした。
萩原曰く『松田の聞きたいこと』にも答えたし、俺に弟がいて昨年警察学校を卒業した話やら、萩原にも警察官の姉がいることやら、警察学校時代の武勇伝を聞いたりもした。
その話がふと途切れたところで、俺はここに来て聞きたかったことを口にする。
「萩原、桐島さんに俺のこと頼まれたって言ってたけど、あれ、いつの話?」
え、と一瞬わからない顔をしたけれど、すぐに配属が決まった時だと答えが返ってきた。松田はよくわからないようで首を傾げている。
「なんで桐島さんが萩原に花森さんのこと頼むんだ? 普通逆じゃねえの」
「そう思うよね!?」
疑問符を浮かべる松田に俺は同意した。勢いあまったせいか、松田はたじろぐ。
「でも配属決まった時かあ……俺直前まで何も知らされてなかったんだよね」
「あ~、どうりで」
「あの班員たちそう言うとこあるからな。朝来たら桐島さんいないしっ、代わりに萩原いるしっ」
捨て犬のようだった俺を思い出したのか、萩原は軽く笑った。でも睨みつけるとそっとその表情を隠す。
「でも、俺も花森さんのこと頼まれたのは意外だったなあ。桐島さん、"俺ら"のこと全然頼りにしてねえ感じだったし」
「ああ、そういやそうだったな」
萩原も松田も首をひねる。俺もひねる。
俺もそうだが桐島さんは特に、爆処の二人に情報は共有したが、逐一相談するような関係を結ばなかったのは事実だ。
「桐島さんにどんな心境の変化があったんだろ。特殊犯に行くってのも、初耳だったし」
「特殊犯に行くってのはそりゃぁ、爆弾事件の捜査の為じゃねえの?」
「エ……まあ志願した、なら、そうか???」
松田の当たり前のような返答に俺は一瞬言葉に詰まる。桐島さんがそこまでするか、と思ったけど、自然な辞令ではないのは確かだ。だって特殊犯には俺と桐島さんはあまり良い顔をされてないわけで、この異動には誰かが強い意志を持ってたってことになる。なんでそんなに───。
わからないまま、夜は更けていった。
時が流れて、11月。例のFAXがいよいよ二週間後に差し迫ってきた。
俺と萩原はその日の朝から忙しく外で動き回っていて、強盗犯の確保、暴走バスの鎮静、自殺志願者の制止をして遅めの昼食をとった。
そして午後14時頃、警視庁に戻るために車に乗った。
ところが途中、渋谷を通りかかった際に廃ビルの前でパトカーが一台停まっているのを発見。付近には制服警官がおり、困っていそうな雰囲気に見えたので俺と萩原は応援が必要かと近づいて事情を聞いた。
なんでも、ビルの中で暴れている人がいるという通報が入ったらしく現場に来てみたらしい。
明らかに制服の警官が入るより、一般人のふりが出来る俺たちが入ってしまった方が相手も油断するかと思って、俺と萩原が先にビル内に立ち入った。念のため警察官には外で待機させ、出てきた人間がいれば事情聴取をするよう命じた。
そしていざ入ってみると、おそらく外国人らしき男が一人拘束されていて、何かを俺達に必死で訴えかけてくる。
英語ではなさそうだたので意思の疎通はほとんどできず、俺と萩原は警察手帳を見せながら、その拘束を解いてとにかくビルから出るように促した。
外にいる警察官にも事情が伝わるように、萩原が名刺を取り出し裏面に『要救助・言語不明』と書いて渡しておいたのでどうにかなるだろう。
そうして残った俺と萩原は、さっきの一名の男を拘束した人物を探すべく、ビル内を再び巡回。そこで不審なマスクをつけた人物一名と、おそらく爆弾だと思われる物体を発見した。
不審人物は俺達に襲い掛かってきたが、逃亡目的のようだった。俺はそれに応戦と追跡をするべく、萩原にその場を任せた。
爆発物なら萩原がきちんと対応すると思ったからだ。
不審人物はかなり体術に優れているようで、ビルを駆けあがり、鉤縄の様なものを使って隣のビルへと飛び移った。その身軽さと用意周到さに舌を巻くが、元忍者で現役警察官の俺も常にこういうことも想定して身体を鍛えているわけで。
怒涛の追跡を行いかなりの時間を稼いで応援を待ったが、それでも結局は不審人物を取り逃がした。
まさか手榴弾を持ち出して来るとは思わなかったんだ……。
ボロボロの格好で再び先ほどのビルに戻ると、周辺は規制線が引かれているが萩原の姿がどこにも見当たらなかった。
警察官に外国人と萩原のことを尋ねたが、外国人は出てきた後どさくさに紛れて消えていて、萩原はまだビルから出てきていないらしい。
俺は慌ててビルの中に戻る。中に爆発物があるから褒められた行為じゃないとしても、萩原は俺の相棒なのだから損得勘定を捨てていた。
「萩原!!」
記憶の通り、そして俺の嗅覚が指し示すがまま先ほどの爆発物がある部屋に向かうと、ちょうど萩原がひょっこり顔を出した。
「あ、花森さん……ってなんでそんなボロボロ?」
「そんなことより、お前は何でまだここにいる!? 応援は呼んだみたいだけど、どうして避難してないんだ!」
軽く身体がぶつかったが、互いに身体を掴み合って場所を入れ替わりながら勢いを殺す。そのまま萩原は俺の服が爆風によってやや薄汚れていること、俺は萩原が暢気に建物内に待機していることを指摘し合った。
「あの爆弾、液体式爆弾てやつで、あの二色の液体が混ざると爆発する仕組みになってんスよ。んで、起爆しないように処理しといたんで」
「ばっっっ、……ばかーっ!!!!!」
ヘラヘラっていうか、もう得意げに笑ってる萩原に俺は絶叫していた。
え、と自分が何故怒鳴られてるかわからない萩原を、がくんがくんと揺らす。
「お前はもう爆処じゃないんだぞ!? 俺はたしかに爆弾を頼むって言ったけど、それは、確認と避難誘導の指示を周辺に出せって意味でっ、爆発物を処理しろって意味じゃない!!」
「え? あ、あ~……でも、できちゃったし、いーんじゃないスか?」
えへ、と笑ってる萩原に俺は力が抜けていく。
身体を駆け巡るのは、安堵、心配、憎たらしさ、それから遣る瀬無さとか、恐怖とかだった。
萩原の墓参りというイベがないと警察学校組が集結しないので、主人公と萩原でブラーミャに遭遇してみた。
主人公なら一人でブラーミャとかなり接戦繰り広げられるし、陣平ちゃんに必殺技()を伝授した萩原なら爆弾も止められるかなって。
ハロ嫁の構成はしっかりとは決めてないけど、エレニカ兄に渡された名刺は萩原のものになり、(在籍が長いので)いつ渡したものかわからなくなるけど、言葉が通じない為に裏面にメモを書いたのでなんとなく思い出すだろう、という伏線だけは張っておきます。
Apr. 2026