sakura-zensen

春を追う

05話

深いため息と一緒に、力が抜けそうになってよろめく。
萩原はそんな俺に、やっぱり怪我をしてるのかと両腕をがっしり掴んで引き上げた。
いや、手榴弾投げつけられたのは事実だけど、咄嗟に投げ返してやったので、爆風によるかすり傷程度しかない。そう説明しながら、萩原の身体をずりずり這い上がる。
肩に掴まって立ち直しつつ、爆弾を一瞥した。蛍光色のピンクとブルーの液体が暗い部屋でとても禍々しく光っていた。
「それで、アレはもう爆発する心配はないんだっけ?」
「モチロン。でもさっき遠隔で起爆装置が動き始めたから、その時はヒヤヒヤしちゃったスね、さすがの俺も」
「!?」
萩原の答えに身体がこわばる。それがダイレクトに伝わったみたいで、萩原は明るく笑い飛ばした。
「噛んでたガムで塞いでおいたからもう大丈夫ですって」
「ガム……?」
「ほら、俺ら、昼飯ン時レジでもらったガム噛んでたじゃないスか」
そういえば、昼飯に焼肉定食くったから、車に戻ってすぐにもらったガムを二人して噛み始めたんだ。俺は戦闘と追跡の邪魔になるから、とっくに飲み込んでしまったけれど、萩原は噛み続けていたという。
そして爆弾の起爆スイッチが入った時、二つの液体が混じる出合の部分に噛んで柔らかくなってたガムをねじ込んで爆発を防いだということらしい。

「はあ、それはたいした度胸だ……怒る気失せた」
「やったー」
「だから、はんちょーにおこられて」
「え!?」

よろよろとビルを出ながら、俺は萩原の背中を労わるつもりで叩いて、今度こそ自分の足で立って歩いた。
萩原は俺の予告通り、班長に怒られた。




翌日、爆発物や不審人物、それから救助を求めず消えた外国人のことはよくわからないまま警視庁にいた俺は、廊下で珍妙な声をあげる。
「ハゥ!」
横にいた萩原が俺の反応に首を傾げ、顔を覗き込んできた。
「なんかあったん、」
「桐島さんの匂いがする! 近くにいる! ───いた!!!」
ぴくーん! と背筋が伸びた後、俺は嗅ぎつけた桐島さんの匂いを辿って角を曲がる。
廊下の開けたスペースのベンチに座っていた桐島さんは、俺がその存在に気づいて走ってきたことには驚かず、なんならうっすら笑っている。
「おー、花森に萩原。久々だな、うまくやれてるか」
「はい、たぶん!」
俺の元気な返事に萩原が「え、たぶん?」と聞き返してきたけど無視だ。
うまくやれてないとは思わないが、昨日の一件で一抹の不安を覚えたので。
「お前ら昨日爆弾事件に巻き込まれたらしいな」
「そうなんですう、聞いてください、コイツ爆弾を前に止めようとしたんですよ!」
「落ち着け。その話は聞いてるって。つーかお前も拳銃持ってる相手の懐に突っ込んでいった経験あんだろが」
ずいっと近づいて萩原の暴挙を言いつけてたら、桐島さんに顔を押し返された。
「えーっ、花森さんやるぅ~」
「弾丸は避けられるけど、爆弾は違うと思いまーす」
「無謀さは大して変わんねえな」
どうやら過去の俺の行いのせいで、桐島さんにとっちゃ俺も萩原も大差ないみたいだ。解せない。
「あっ、そういや爆弾だから、昨日の事件は特殊犯係の担当になったんスか?」
「おう。俺の班じゃねーけどな」
萩原が話を変えるように桐島さんに尋ねたのは、昨日の爆発物の扱いについてだ。
桐島さん曰く、研究機関に送って調査するらしい。そしておそらくそれ以上、情報がこっちに来ることはなさそうだ。
発見者であり対応した人間てことで萩原と俺にはそれぞれ協力の要請がありそうなもんだけど、それも希望薄だな。
「あれは俺の目から見ても、四年前の奴とは無関係だと思うけど、どうだ」
「爆弾の質は違いますね」
「あの人物も、共犯者とは思えません」
「だな。それが聞けてよかった。じゃーな、おまえら"うまく"やれよ。花森も、後輩ができたんだからその辺考えて動け」
桐島さんはそう言い残して、去っていく。俺と萩原はその背中を暫く眺めた後、顔を見合わせた。
昨日の爆弾事件について、11月21日のことを気にしていたから俺たちが通りかかるのをここで待っていたんだ。

「考えて動け、ねえ。……なぁーんか俺、わかったちゃったかも」

ふいに、萩原は自分の後頭部に腕を回して仰け反った。
桐島さんが思ってた以上に爆弾を気にしてること、についてではなさそうだ。
「俺、内示が出る前にもあの人と一度話してんスけど」
「初耳……」
「ウン、花森さんいない時。6班がみっちり取調室で待ち構えててねェ」
遠い目をした萩原は、その時の光景を思い浮かべているだろう。同じく俺も思い浮かべた。……コワいな。
聞けば全員で待ち構えてたくせに、班長と桐島さんだけが残って部屋を出て行ったのだそう。意味わかんないな。
「───俺は元々、"怖がり"で」
「……うん?」
一瞬話が逸れたように思ったがよくよく聞いてみることにした。それは萩原の過去の話だった。

実家の自動車修理工場が順風満帆だった時に、景気が悪くなって業績が悪化して会社は倒産。
そのことで苦労した経験から、物事がうまくいき始めると何か悪いことがあるんじゃないかと思うようになったという。
一度はその恐怖心てやつを振り切ったけど、過去の爆弾事件が終わっていなかったと知った時、不思議とぶり返すようになった。
「そんな状態で爆弾と向き合ってんのは自分にとっても仲間にも悪いんで、離れようと思ったんスよ。いったん、ブレーキかけなきゃなって」
爆発物処理班ていうのは、ものすごい精神力が必要になる部署だ。萩原の判断は正しいと思いながら頷いた。
「班長達にもその話をして、内示が出た。んで、俺に花森さんを頼むって言うからには」
「言うからには?」
「走り出しちゃう花森さんを捕まえておく手綱……つまりブレーキ役に抜擢されたんじゃねえかなって」
「え~! 絶対違うと思う!」
俺は思わず否定の声をあげた。
だって、ブレーキかけてる奴は生身で爆弾と向き合わないし。

桐島さんの真意は本人に聞いてみないと分からないが、少なくとも俺の方が桐島さんとの付き合いは長いので、萩原をブレーキにしたわけではないというのは確かだ。ちゃんと萩原の何かを見込んはず。
そして安直だけど思いつくのはやっぱり、爆発物への知識と対応力だと思う。
───俺が11月21日に走り出した時、相棒として萩原がいるなら多少なりとも対処が出来る。桐島さんは、これを期待したんじゃないだろうか。


そしてその日はやってきた。
窓の外には晴れ渡る秋空が広がっていて、俺は昨年と同じようにOA機器の前でFAXを待ち構えていた。隣には、萩原も突っ立っている。
0という数字で終わるのか、どこかで狼煙があがるのか、朝から落ち着かない一日だったが午前11時を過ぎたあたりにそれは送られてきた。

" 我は円卓の騎士なり
愚かで狡猾な警官諸君に告ぐ。
本日正午と14時に我が戦友の首を弔う面白い花火を打ち上げる
止めたくば我が元へ来い
72番目の席を開けて待っている ”

突然の長文だったが、俺はすぐに同一犯のものだと確信した。
やっぱりこれは、四年前の爆弾事件の続きだ。『愚かで狡猾な警官』や『戦友の首を弔う』という文言から共犯者の警察への恨みというのがうかがい知れる。

「犯行予告が来ました。門馬班長、行かせてください」

門馬班長だけではなく、他の班員も周囲にいたがもう隠す必要はないだろうとハッキリ告げる。
「花森くん、これが何のことだかわかるのかね」
「犯行予告というのは、どうして」
傍に居た目暮警部や白鳥が驚きの声をあげるが、班長は俺に「準備は出来てるんだな?」と確認する。無謀に突っ込んだら許さねえぞっていう意味だ。
「一年間ありましたから」
「わかった。ただし、一人でいくな。萩原も一緒だ。逐一報告しろ」
「「はい」」
俺と萩原は声を揃えて返事をした後、廊下に飛び出す。背後ではいったいどういうことなんだ、と困惑されてたけど、こういう時の為に俺は班長達に情報を共有しておいたのだ。
車に乗り込んだ俺達は同時に「杯戸ショッピングモールの大観覧車」と声を揃えて行き先を確認した。萩原は持ち前のドライブテクニックで道路を爆走し、目的地には11時32分に到着。既に現場では爆発が起きており客や職員たちは騒然としていた。
どうやら制御室が爆発されて、観覧車の制御が不能になったらしい。
観覧車に乗っていた客たちは誘導して全員を下ろしたが、この後止めることができないのだという。
俺と萩原は顔を見合わせて、とにかく12時の爆発にそなえて72番目のボックスに乗り込む。

「ドア閉めないんスか?」
「ああ、密室になるのは避けた方が良いかと思って」

乗り込んだ後、ドアを開けたままにしている俺を一瞬振り返った萩原だけど、特に異論はないようで周辺を探る。俺はそのまま支給されてる電話で班長に連絡を取った。
数回のコール音の後すぐに班長は応答し、現在こちらに向かっている最中だという。対して俺は、萩原が座席の下に爆発物を見つけ、処理の道具も持ってるから爆弾を開けてみると伝えた。
本当なら触るなと言いたいところだけれど、今は地上からどんどん離れていく所なので仕方がない。
中を見てどういう代物なのかを伝えるのも重要な仕事だ。
「ふーん、四年前のあのマンションにあったやつよりは、簡単だな」
「簡単ねえ……」
萩原の言う簡単はあくまで機能についてだろう。
俺は萩原が配属されてから、以前仕掛けられてた爆弾についてを詳しく教えてもらった。
トラップまみれだったらしいアレに比べたら、今のは萩原の言う通り予告の12時になるより前に処理できてしまうものだった。
でも、当時の事件の目的は『10億円』だ。解体させないためにトラップと制限時間がかけられた。なら目的の違う今回、簡単な作りに対して余裕な制限時間ならば、何が来るか。───そう考えていた時、下では二度目の爆発が起き、観覧車が大きく揺れ動いて止まった。
「おっと、」
「なっ、これは……、」
ドアが開いたまま外に背を向けていた俺は、出入り口の縁に掴まりながらバランスをとる。萩原は焦った声をあげた後、奇妙な沈黙に陥った。
一方で俺の手に持っていた携帯からは、下に到着したらしい門馬班長の声が聞こえる。
『制御盤がもう一度爆破されて、観覧車が停まった。今消火しているが、時間内に直してこちらに下ろせるかはわからん』
「そうですか、まあ……」
「───駄目だ! 観覧車を動かすな!!」
残り5分を切ったところだったので、そもそも望み薄だと思っていた俺は班長に動揺もなく応じる。そこに焦った声をあげたのは萩原で、しかも観覧車を動かすなという。
どういうことかと聞けば、水銀レバーのしくみが搭載されていたらしく、今の急停止の振動で起動されたそうだ。
ガラスの容器に水銀と端子がむき出しに入れられてる設計で、今は傾きによってその二つは接合していないが、もし観覧車が再び動き出して傾きが変わり、水銀と端子が触れたらその瞬間に爆発するという。
「これを仕掛けた奴は付近で俺たちを見ていて、ここに閉じ込めたんだな。確実に俺たちを殺すつもりなわけだ」
「いやでも、この程度の爆弾ならあと2分もありゃ……、おっと?」
班長にも状況がわかるように話を聞かせていたが、眺めていた爆弾のタイマーの上にある掲示板部分に目を奪われる。

無機質な電光掲示板が、無慈悲なメッセージを流していった。
俺はそれに暫く見入りながらも、平淡な声で班長にも伝える。

「勇敢なる警察官よ 君の勇気を称えて褒美を与えよう もう一つのもっと大きな花火の在処のヒントを表示するのは爆発3秒前 検討を祈る───だそうです」




コナンの警察官たちって、年齢とか階級はある程度考慮して敬語はつかうけど、部署の先輩とか明らかな上司じゃなければわりとタメ口もきいてる印象。
ハギは刑事になったので部署のセンパイたちには(とってつけたような)敬語です。
次回、クライマックス! コナンのメインテーマ流しといてください。笑
May. 2026