sakura-zensen
春を追う
06話
(萩原視点)
人の悪意と向き合うのは刑事の仕事。
そう花森さんが零していたことを思い出したのは、奇しくも爆弾に表示されたセンスのねえメッセージを見た時だった。
爆弾だって人の悪意の塊じゃんよ、と当時の俺はよくわかっていなかったが花森さんが言いたいのはこういうことなのかもしれない。
爆処で爆弾を前にしていた時は真っ直ぐにその威力と向き合っていたが、ここにはそれだけじゃない、煮詰められた"理不尽"がある。
俺たちを殺そうとしてるのは爆弾じゃなくて、紛れもない、人の悪意だ。
「爆発物の無効化は不可能と判断。これより花森萩原両名は、3秒前に表示されるメッセージの読み上げに備えます。班長はもう一つの現場の爆弾を止める為、関係各所に応援要請を」
花森さんはさっきから通話中だった門馬班長に、淡々とこれからのことを伝える。
俺もそれしかないな、と思っていたのでゴンドラを揺らさないように、身じろぎして花森さんを見上げた。
開けたままのドアから吹き込む風が、後ろで一本に結んでる彼の髪をたなびかせた。それが、場違いなほど清々しかった。
俺はもう何もすることがなくなって、お手上げ状態。それを読んだかのように、自分の携帯電話が鳴った。
着信は、松田だ。四年前も爆発物を横にしてた時、早く解体しちまえーなんて、電話をかけてきたっけ。
その時のことを思い出しながら、俺は煙草を手にした。
ゴンドラ内には禁煙の表記があったが、今この瞬間くらいは許してくれんだろう。
「よう、なんだよ松田」
ゆっくり煙草を吸ってから電話に出ると、けたたましい怒鳴り声が響く。
『萩原! テメー観覧車に爆弾と閉じ込められてるって話聞いたぞ!』
「おお、話がはやいこって。花森さんも一緒だよ」
「なに、松田? 仕事中の個人的な通話はお控えくださーい」
「ハハ」
『バカヤロー共が!!!』
『おい花森、萩原! このバカ!!!!』
「ウワッ桐島さんの声がする。幻聴?」
松田の怒鳴り声に、桐島さんの声が割り込んできて花森さんが驚く。
どうやら門馬班長と繋いでいた方の携帯がその声の発生元らしく、俺たちは携帯電話を座席に並べて四人で会話をする羽目になった。
「あらま……桐島さん、下にいるんですか? 次の爆弾探してますか?」
『……円卓の騎士は中世ヨーロッパの伝説の騎士だろ。その時代の騎士の仮面には十字が描かれてることから、もう一つの爆弾のありかは病院だってことはわかってんだ。だから今ここから近い病院を探し回ってる最中だよ』
『俺達爆処もいつでも出動できるように待機してる、だからそんな爆弾、さっさと処理しちまえよ!』
「───なら丁度いい、特殊犯と爆処に直で情報を流せるなら迅速に対応できますね。このまま通話を続けましょう」
花森さんは場違いなほど落ち着いている。少し前はあんなに爆発物にビビってたのにな、とその表情を観察する。
そうしていると目が合って、俺の口元から煙草を引き抜かれた。
花森さんはふっと笑って、俺の煙草をおもむろに口に含んだ。ゆっくりと吸い込む時に一瞬表情が歪んだが、肺に煙を循環させた不快感だろう。慣れてないと、噎せそうになるんだ。
ややあって唇から吐き出された白い煙は、無防備な形で周囲を漂った。
『もう一つの爆弾の在処を見るために、命かけるつもりか?』
松田の声が再び聞こえてきた。
どうやら、俺たちのやることに反対らしい。
陣平ちゃんらしいっちゃらしいが、自分がもしこの場所にいたら、同じことをするクセによ。
「なぁに。あとは松田が、仇をとってくれんだろ?」
『! っなに、』
「───俺はまだ、諦めてないけど?」
松田のキレる寸前の声は、隣にいた花森さんによって遮られた。
俺の煙草をひとしきり吸い尽くしたみたいで、短くなったそれを握りつぶして火を消しながら、きょとんと首を傾げる。
「じゃあ、爆弾は止めるって!? ンなことしたら、二つ目の爆弾の在処が」
「爆弾は止めない。メッセージ見て電話で伝えながら、ここから脱出する」
「ぃ、いくら何でもそりゃ無謀ってやつだぜ」
俺は花森さんの言ってることがわかんなくなってきた。無理、だよな、できるっけ?
残り3秒で爆弾を止めることはできないし、花森さんの言う脱出だって不可能。この開け放たれたドアから飛び降りたら、爆発では死ななくても、地面や鉄骨に叩きつけられて死ぬ。
『花森、走れんだな?』
今まで沈黙してた桐島さんが、戸惑う俺をよそに花森さんに問う。花森さんは少しも躊躇うことなく「走れます」と返した。
───おいおい、なんだこの人たち。
知らず知らずのうちに、喉がごくりと音を鳴らす。
俺は胸をせりあがってくる高揚に、何も言えなかった。
花森さんは目の前で、ゴンドラを揺らすことなく静かに身支度を始める。
飾りの多い派手な服を脱ぐと、下に着こんでいたらしい黒いタイトなボディースーツが現れる。それから持ち込んでた手荷物から腕や足にプロテクターを取り出して嵌め、手にはグローブ、胴体にハーネスを装着。
残り時間は刻一刻と迫っていて、俺は花森さんに指示されるがまま、彼の背中に負ぶられるようしがみついて、俺の分まで用意してたらしいハーネスと繋いだ。万が一にバラけて落下することがないように、というらしい。パラシュートでもついてるのかと思ったけど、そう言うのは背負わされてない。
「萩原、やっぱりお前は俺のブレーキじゃないみたい」
「え……?」
いったいこれから何が起きるのか、未だにわからないでいた俺に花森さんは余裕たっぷりにウインクする。
全然、生きる希望を失っていない人の態度だ。
もう今はこの人について行くしかねえ、ってことはわかる。
爆弾で死ぬよりはマシだろうと腹を括った。
「残り10秒。桐島さんと松田、聞こえるね!?」
『『おう!』』
俺たちは齧りつくように爆弾と向き合った。
「7、6、5、……」
とうとう、カウントは3に達する。瞬間、電光掲示板に文字が流れる。
俺たちは声を揃えて、通話中の携帯に届くように叫んだ。
「「米花中央病院!!」」
俺達が叫んでいる間に、数字は2を表示した。その時花森さんが仰け反るように俺を押した。身体はゴンドラの外に出ていき、それ以降数字は読み取れなくなる。
1と0までの間に随分時間があるように感じた。爆発は、まだ、しない。
身体が宙に浮いて、重力が俺達の身体を地面へ引き摺り下ろそうとする。花森さんや自分の足が空をバックにしてぶらりと投げ出されたのが見えて、
───ドカンッ
脳を揺らすほどの音を立てて、ゴンドラから煙と炎が飛び出すのが見えた。
破壊されたガラスや扉なんかが弾けて飛び散る。
熱風がやがて俺たちに追いつくだろうと思っていると、花森さんが身体を捻って背を向ける。
「悪いね、耐えろよ」
その言葉と同時に、風圧が俺達に押し寄せてきた。背中にはやはり熱を感じる。
だが俺たちはその熱から逃げるように落下───否、花森さんが鉄骨の上を器用に"走った"。
進行方向はおそらく、観覧車の端、中間の高さにあるゴンドラだ。
「うぉっ───ええぇ!?」
おかしなことに、俺たちは観覧車を横断している。この光景に、驚きを隠せないまま俺は花森さんにしがみついていた。
下手に俺の手足がどこかにぶつかっては、怪我をしかねない。それに、花森さんの障害になっちゃいけないと咄嗟に思った。
「───まずい、このままじゃ外にっ」
だがいくら花森さんがスピードに乗って観覧車の端までいけたとして、この勢いのままじゃせいぜい地上60メートルのところから飛び降りるだけ。
焦った俺だが花森さんは「俺に掴まってて!」といって、辿り着いたゴンドラを蹴った。
「っ、」
たなびく花森さんの長い髪、吸い込まれそうな蒼穹の空、下に広がるショッピングモールや街並み───車やバイクで走るのとは違う景色が広がっていた。
この時、今にも死ぬんじゃないかって恐怖はどこかへ行ってて、俺はただこの世界が、平凡で美しいと身に染みてた。
感動からか、無意識に花森さんの身体を掴む腕に力をこめる。
服を脱いだ時もわかってたけど、こうして抱きしめてみると花森さんの身体はちゃんと男だ。───俺より全然華奢で、小さいけど。でもやっぱ、ものすごく頼もしい。
当の花森さんは空中で身体を翻して、俺の脚に回していた腕を外して、何かを投げるように振った。
視界に銀色に光るフックと、そこから繋がっている紐が見える。
上手いことゴンドラ付近の軸にフックがひっかかると、観覧車から大きくはみ出していく俺たちの身体は繋がっていた紐によって引き戻された。
伸縮性があるとはいえ、勢いが勢いなので、身体に負荷はかかった。
旋回するように振られて、観覧車の裏面に添ってギリギリ当たらない所を滑るようにして落下していく。これが花森さんの片腕一本で支えられているのが信じられなくて、俺は思わず腕を伸ばして繋がる紐を一緒になって掴んだ。
「俺も、踏ん張りますよ……っ」
花森さんは一瞬驚いたみたいだけど「OK、合図したら手を放すよ」と俺に指示を出す。
「───せぇの!」
俺達の身体が観覧車の半分より先に振られる最高地点にくると、その合図は来た。
声に反応して手を放すと、花森さんと二人で一瞬、その場に制止するように取り残された。だけど再び俺たちの身体は落下していく。
「あと、っちょっとだ……!」
そういいながら、花森さんは観覧車の鉄骨をまた走った。
やがて俺たちは下の方にあるゴンドラを飛び越え、今度こそ地面に向かって滑り込む。
俺はこの時、花森さんの身体を抱え込んだ。着てた服が擦れて、肩や背中を打ち付ける。せめてこの時くらいは花森さんの盾にならねえと、って思ってた。
最終的には地面をごろごろと転がって勢いが止まり、目を開けると花森さんの後頭部がそこにある。
「ふいー……もう放しても、大丈夫ぅ……」
ぜいぜい、と息をしながらも、花森さんは声をあげる。
俺は身体が硬直するように花森さんを強く抱きしめていて、だけど今は言う通りにも動けなくて。恐る恐る息を吐きだしながら「むり」と伝える。
身体が痛いというよりは、今更だけど凄いことをしてきたと言う恐怖やら安堵やらで一杯だった。
この小せえ身体が生きて動いてることとか、二人の身体からする煙草の匂いが俺の心を少しずつ現実に引き戻してくれるから、あともう少しだけこのままで───。
「いや、ごめんけど、肩ハメさせて」
「え」
胸いっぱいになってるとこだったが、花森さんの発言に俺は一瞬で現実に引き戻された。
私の書き方が下手だったら申し訳ないんですが、観覧車の天辺からジグザグに下りてきたと思ってもろて。
この時桐島さんは下で見守りながら特殊犯係と連携取ってて、松田は「死ぬんじゃねえぞハギ」っていいながら出動していった。
May. 2026