sakura-zensen
春を追う
07話
警察病院の待合室にあるテレビを眺めていた。
左上に表示された時刻は、14:05。本来なら二つ目の爆弾が爆発しているころだけど、それについては俺と萩原が読み上げた場所を聞き取った松田が速攻駆けつけて処理してくれたらしい。
今はニュースで、正午にあった大観覧車の爆発についてが触れられている。警察官二名が当時ゴンドラに乗っていたこと、観覧車から人間が飛び降りるのを見たという人がいたこと、その後安否は不明であるとアナウンサーが話した。
『───容疑者は現在も見つかっていないとのことで、警察による捜索が行われています』
ニュースはそう締めくくられると、次の話題に移り変わった。
門馬班長によると、遊園地にも病院周辺にも怪しい人物は見当たらず、おそらくすぐに現場を離れたとのこと。
俺と萩原が観覧車に乗りこんだのを見て二回目の爆発を起こしたんだから、あの時は絶対近くにはいたはずなのに。
その悔しさを噛みしめながら、ゆっくりと背もたれに身体を預ける。今俺に出来ることは、休息しかないと分かってた。
───「花森さん」
視界を閉ざしていたところに、声をかけられて目を開ける。
「あ、萩原。身体大丈夫だった?」
別室で処置を受けていた萩原が俺を見つけて近づいてきて、隣に座りながら笑う。
「軽い擦り傷と火傷スね。花森さんは?」
萩原は爆風をあびたけど、落下のスピードと俺の観覧車垂直疾走のおかげで重度には至らずに済んだらしい。俺は安堵して頷く。
「俺の方は見た感じ大怪我はしてないんだけど、観覧車の鉄骨を走って着地したって言ったら、検査入院って」
「ハハハ、そりゃ医者もさあどうぞって帰すわけにはいかねーわ。じゃあ俺も今日は病院に付き添っちゃお」
「いや、家に帰ってゆっくり寝なよ」
「まあまあ、そんなこといわないで。今腕上がんないみたいだし、着替えるのとか大変でしょ? ナースに世話されんのと俺に世話されんなら断然」
「ナース一択やろがい」
いつも通り、いやいつも以上に調子良く距離感の近い萩原を引き剥がす。
しかし今日は諦める気配がなく、本当に俺の入院する病室までついてくる始末だ。
ダメ元で班長に萩原を回収してくれるように頼んでみたけど、無理って言われた。萩原も負傷者だから、仕事として呼び出したり命令したりができないらしい。いや、自宅待機を命じてくれたらいいのだけど……そう言い募ったけど、忙しいって電話を切られた。
かくなるうえは松田、または松田に頼んで萩原の家族に連絡してもらってもいいか、と考える。
しかし俺は重大な事実に気づいた。松田の連絡先を知らないのだ。
これまで何度か飯に行ってるけど、必ずどちらかが萩原と一緒にいる時に合流するので、俺と松田が連絡を取り合う必要がなかったのである。
電話ができるスペースから病室に戻ってきた俺は、大人しく待ってた萩原に松田の連絡先を教えてと言ってみた。
「えっ、なんで?」
萩原は驚いて目を丸める。
理由を聞かれるほど、おかしな話でもないだろうに。タイミングがタイミングだから、疑ってやがんのか。
「今日の爆弾のことで聞きたいことがあるから」
本当は萩原の回収が目的だったが、それを言ったら教えてくれなさそうだったので、もっともらしいことを言う。聞きたいことがあるのも嘘ではない。
断りづらくするために、俺は更に続けた。
「そんな心配しなくても、お前の大好きな陣平ちゃんはとらないって」
「───おい」
茶化して笑った俺の肩に、ぽんっと手を置かれる。背後の廊下から歩いてきた人物が、どうやら俺の病室に来た見舞客だったらしい。
ふっと追い越していくのは、覚えのある煙草の香り。
「誰が誰の何だってェ?」
肩に手を置いたついでに、がしっと掴まれて顔を覗き込まれる。
癖毛にワイルドな男前フェイスの陣平ちゃん本人がそこにいた。
「よう、ハギのいとしの陣平ちゃん。お見舞いに来てくれたの」
「気色悪ぃこというなよ、花森さん! にしても、生きてて何よりだなァ!!」
松田は俺が入院になったことや、萩原と揃ってここに運ばれたことを聞いて早速顔を見に来たらしい。
言い方や凄んでくる顔は乱暴だけど、言ってることもやってることも優しかった。
「萩原がさー陣平ちゃんの連絡先を頑なに教えてくれなくて」
「は? 何でだよ。つーか教えてなかったか? あと陣平ちゃんって言うのヤメロ」
「知った気でいたー」
素早く携帯を出した松田は話しながら、俺と連絡先の交換を行う。
これがツンデレというやつか。
「ンで、俺に何か用かよ」
「うん、病院に仕掛けられてた方の爆弾について気になることがあってさ」
松田は小さく首をかしげた。
萩原も一緒になって不思議そうにしてるので、まあとりあえず座れと病室内の椅子にかけさせる。
ただし椅子は一つしかないんで、萩原はベッドの端に座った。
こうして一度落ち着いてから、俺は改めて、松田に爆弾には遠隔操作のスイッチが搭載されていたかを尋ねる。
しかし、松田はすぐにハッキリと「なかったぜ」と答えた。
「───萩原と花森さんが観覧車から生き延びたことがわかったら、病院の方を爆発させてもおかしくなかった、ってことだな?」
「制御盤は遠隔操作で起爆したもんなあ。俺たちが観覧車に乗り込むところを見ていたわけだし」
俺の問いの意図は、二人にはすぐ理解された。
なおかつ俺が観覧車から脱出した時、そう考えていたのならもう一つの爆弾が爆発するかしないかは、賭けだったのかと問われる。
「時間通りにしか爆発しない、っていう自信は一応あった。三年前からご丁寧にカウントダウンして、予告までした奴だ。警察官の命か威信を奪ってやるという強い意志、恨みがあることから、俺達警察に対して悪意をぶつけて来てる。だから予告にはわかりづらく、隠すような表現はあっても、嘘は入れないだろうと思った。観覧車に閉じ込めさえすれば、奴はもう勝てると確信していて、仮に観覧車の爆弾を解除したとしても、14時までに二つ目の爆弾を探すことは不可能だ。───だから自然とどちらかの"犠牲"は払われると考えていた」
「そうだなあ、あちらさんもまさか地上120メートルの大観覧車から飛び降りるたぁ思わねえだろうよ」
「まさに自殺行為、だなっ」
松田と萩原はニヒヒと顔を見合わせ笑う。
あのね、笑い合ってるとこ悪いけどね……。
「おかげで次に仕掛けてくる爆弾は遠隔操作で起爆できるようになるし、下手したら音声拾ってこちらの状況を確認されるようになるんだけどな」
ピタ、と二人は笑うのをやめて俺を見た。
「被疑者、確保できてないだろ? これは刑事として悔しいかぎりだけど。俺の次の目標は爆弾を確認し次第即離れて被疑者の追跡にあたる。……で、松田は来年からはこの日は待機してるよーに♡」
「おっ、頼むな、陣平ちゃん♡」
俺のお願いと、それに倣った萩原のお願いに松田は一瞬うげっと嫌そうな顔をした。
「───俺も捜一に異動願だすかァ」
「ハハ、面白ぇじゃん。そしたら桐島さんの相棒になったりしてな」
「いや松田は爆処にいろって言ってんの」
そうしてしばらく談笑した後、心なし疲れた顔をした松田はそろそろ帰って休むと席を立つ。
今日はゆっくり休めよ、お前もな、とやりとりしてる二人があまりに自然で、松田だけを見送ろうとした俺ははっと思い出す。
松田に連絡をしようとした一番の理由だ。
「あ、ちょっと待って松田。───萩原のこと連れて帰ってくれ」
「は」
「帰れって言っても帰らないんだわ、この子」
「え」
松田はまさか萩原が勝手に俺の病室に居座る気満々だったとは思わなかったらしく、俺の願い通り萩原をひっとらえて回収してくれた。
自宅を知ってる幼馴染、頼もしい限りだ。
翌日、本来なら検査をした後は退院する予定だったのだが、複数の骨折が見つかった結果入院が伸びた。俺の着替えや身の回りの用品は、付き合いが長く家も知ってるオニコに頼んで準備をしてもらうことになった。───余談だが、俺の両親は息子二人が自立したので、早期リタイアして田舎に引っ越している。
「はい、これで当分は足りるわよね」
オニコは午前休をとって、俺の家から持ってきた荷物を手に病室へやってきた。だがその隣に、知らない人だが、どこか見覚えのある顔立ちの女性が一緒にいる。
通称交通乗車服という、白バイ隊員が着る明るい青色の制服を着ていることから、彼女がどんな立場なのかは一目でわかるけど、同じ交通部でも庶務課のオニコと一緒にいる理由は不明だ。
「ありがとうー……で、えーと?」
荷物を受け取りながら、オニコの隣の人物をチラチラみる。俺の戸惑いをよそに、女性は堂々とした振る舞いで笑った。
「突然訪ねて来てしまってすまない。どうしても花森に会ってみたいと思って、入院先を勝手に調べさせてもらった」
「それはどうも……でいいのかわからないけど、弟と一緒に来なかったってことは、もしかして内緒で来た?」
「! なんだ、もう私が誰なのかわかってしまったのか」
「そりゃー顔が似てるし、『姉貴が白バイ隊員』って聞いてるし。昨日あんなことがあったことだし?」
何より萩原の匂いがするし、というのは言わない。
キモいから。
女性は改めて、萩原千速と名乗った。
俺の考えていた通り、萩原の姉だ。神奈川県警で交通機動隊に所属していて、歳は俺とオニコと同い年。
萩原と区別をつけて『萩原ちゃん』と呼んだのがむず痒かったみたいで千速と呼ぶように言われた。
「実は以前から何度も会わせろって言っていたんだが、研二のヤツ、何かと理由をつけて会わせたがらなくてな。だから入院中の今がチャンスだと思ったんだ」
「萩原くん、美人なお姉さんのこと心配してるんじゃない? こいつ、こんなでも一応男だしさ」
「こんなでもゆうな。……俺の弟も、友達に兄を会わせるなんて恥ずかしいとか言ってたから、そういうことじゃない?」
「なんだ、も下に兄弟がいるのか」
「そう、四つ下にね」
俺達は弟を持つ者同士、妙に馬が合った。
オニコは職場に戻らなければいけないというので途中でいなくなったが、千速は大丈夫だといってその場に残った。
病室じゃ味気ないからとカフェテラスに移動しながらも、弟トークは弾む。
俺の弟と萩原弟はまったく別タイプのようだったけれど、それもまた面白かった。
「へえ、じゃあ四年前のあの事件の時から、研二とには縁があったってわけだな」
話題はいつしか移り変わり、俺は萩原との初対面についてを聞かれ、伊達からの紹介や発端となった事件のことを千速に話した。
「同じ警察官って時点で、珍しくもないから縁とよべるかどうか」
「だが今回の事件で、その縁は立証されたわけだろ? が研二と陣平に相談していなければ後手に回っていたし、研二が言っていたぞ───今生きてるのは間違いなくお前のおかげだ、ってな」
俺は千速の言葉に思わず苦笑いと、ため息が出る。
なんだか、俺が萩原の命の恩人と思われるのは、違う気がして。
「そもそも、あの場所に萩原を連れて行ったのは俺だから」
千速は少し驚いた顔をした。それからゆっくりと、表情を落ち着ける。
「だがあれは、刑事として間違った行動ではないはずだ」
「うん」
「ならいいじゃないか、胸を張れ!」
バシィと背中を叩かれると、自然と背筋が伸びた。
若干肩が痛いけど、それ以上にトゥンクと心臓が跳ねた。───そこに、駆けつけてくるうるさい足音がする。
誰のものだかはその人物を見るまでもなくわかった。
「なんで姉ちゃんが花森さんを会ってんの!!!」
May. 2026