sakura-zensen

春を追う

08話

萩原は俺の入院中、ほぼ毎日のように顔を出した。
来るのは決まって18時頃。仕事が終わった風に言うのである日俺は「暇なの?」と聞いてみた。するとどうやら本当に暇らしい答えが返ってきた。
刑事をやっているからそう思うのかもしれないが、現代日本の犯罪発生率はかなり高い。いや本当に高い……。だから、
「刑事の仕事が毎晩18時前に終わるはずがない」と、すかさずツッコミを入れる。
「あ~俺、花森さんが復帰するまで現場には出ないのよ」
萩原は笑いながらそう言った。
「えっ、おかしくない? いくら俺が教育係だからって、いない間は別の誰かにつくはずなのに……」
「いや俺もちょ~っとばかし本調子でないもんで。休養とる程でもないけど、そんなら花森さんが戻ってくるまで事務仕事を優先的に回してくれるっつう班長の気遣いスね」
「ふう~~~ん?」
班長がそう決めて、萩原に不満がないならいいけど。でも暇って言って俺のところに来るってことは、退屈なのでは。
悪ガキみたいに椅子に反対向きに座って、背もたれに肘をつく萩原をじいと見る。
そしたら萩原も俺のことをじいと見てきた。
「───腕、本当に大丈夫なんスか」
「へ?」
先に声を出したのは萩原で、言われた言葉に一瞬呆ける。
「観覧車にぶら下がって振り回されてるとき、花森さんの腕には俺の体重までかかっちまったし」
「あ~。でも途中でお前も縄掴んでくれてたから、いくらかマシよ」
腕といえば、肩を脱臼して手首の骨は折れていた。肩はハメ直して数日安静にしてればいいし、骨は複雑な折れ方ではなかったので、そのうちくっつくだろう。さほど痛くもない。
そういうわけで、元気な証拠に手を閉じたり開いたりして見せてやった。
「……そういやなんであんなもん持ってたんスか。グラップリングフックなんて」
「鉤縄のこと? あれは刑事の七つ道具の一つだよ。みんな持ってる。知らないの?」
「いやいや、うそうそ」
正しくは忍者の七つ道具である。
「俺は元爆処の誰かさんとは違うからさ、爆弾を見つけたら解体じゃなくて避難なの。高所、密室、地下、水中……はさすがに爆弾おかない? って考えながら色々と準備をしていたわけ」
「あ、はは……。だ、だからハーネスも俺の分まであったんだ~」
萩原はこの事件のほんの数週間前にあった、ビル内の爆弾について俺がちくちく刺してると理解して、さらっと話を逸らした。
「そうだよ、おまえのことを爆弾と一緒に置き去りにするのは、絶対に駄目だってわかったから」
話をそらしても無駄である。俺はビシッと萩原に釘をさすように言った。
萩原は一瞬呆けた後、呻くような返事をした。とはいえ、萩原の命知らずの行動を責めたいわけでもない。
被害を出さないためにその身を張ってきた男のこれまでを思うと、俺はなんというか、ただ心配になる。
日々危険と隣り合わせで感覚が麻痺して、人の為に命を張れてしまう勇敢さ。
もしかしたら自分でもそう言う性質だってわかってて、心のどこかで恐れているんじゃないかな、破滅ってやつを。
───それは、立派な防衛本能であって、爆処から異動したことも臆病風に吹かれたというわけではない。
なにより萩原はその人当たりの良さや、洞察力、閃き、それからドライブテクニックがある。それらは全て、刑事をやるうえでとても有用なスキルだ。
萩原が感じた無意識の恐れと選択は、間違ってなかった。そして巡り巡って俺の相棒になったのも───。
「ふ、」
思わず笑いが零れてしまって、萩原にはその理由を尋ねられる。
だけど、なんとも面映ゆい気持ちになって説明はしなかった。

桐島さんが考えてたことが少しわかった。
自分の指示で後輩が危険な目に遭うことの恐ろしさもだけど、何より自分が上の立場になった時の責任感とでもいうのかな。
守ってやらなきゃなんて、甘いことはいわない。
だが死線をくぐりぬける相棒にはそれ相応の情っていうのが沸くものだ。

萩原は自分を俺のブレーキだなんて例えたけど全然違う。
もっと根本から俺を変えてしまう、エンジンになるだろう。





入院して一週間にして、手首の骨がほぼくっついたことで医者から白目をむかれ、退院日が決まった。その日たまたま顔を出してた班長は「はっ、ウソ!?」と恐れおののいた。
そして俺は退院する日を迎え、来週から職務に復帰する予定である。
現場に出るのは診断書を提出して課長の判断に委ねるって言われたが、マア許可は出るだろう。
日々犯罪が起こる街、東京───。あちこちで爆発が起き、強盗、車の暴走、誘拐、脅迫、付きまとい、殺人、なんでもござれだ。
来週と言わず、明日から復帰でもいいんだけど、しばらく家を留守にしてたから掃除くらいはしないとな、っと。
「あ、花森さーんっ」
「げぇ、萩原」
退院手続きを終えた俺を呼び止める声に振り返ると、連日見た顔がそこに居る。
班長が一人暮らしの俺を気遣って萩原を迎えに使っても良いと言ってたのを、ちゃんと断ったにも関わらず、なぜここに。
「そんなイヤがられると、俺傷ついちゃうな~」
「いやあ、なんかもう、親の顔より見てるな~って……」
萩原は長い足で数歩、俺の傍に近づいてくるとさっさと俺の荷物を奪い取って肩にかけた。
気の利くやつである。……だからこれ以上世話をかけたくなかったんだけどな。
「そういや家族、来てた形跡ねえスけど……もしかして知らせてない、ってヤツ?」
「うん、知らせてない」
もう来ちまったモンは仕方ないので、萩原に甘えるべく病院の駐車場に向かいながら話をする。
家族に入院を知らせていないことで萩原はえっと声をあげたが、そんなに驚くことかね。
「この程度でわざわざ親呼んだりしないって。離れたところに住んでるし」
「警察官だっていう弟くんは?」
「ああなんか、アイツ警察辞めたらしくて」
「え、は、マジ?」
「医学の道に進むって言ったきり、音信不通になった。連絡しても返事寄越さないので、入院したって報告することもないでしょ」
「へえ~医学ねえ~……頭良いとか言ってたっけ」
萩原が驚きつつも納得したのは、俺がかつて弟馬鹿を発揮して賢いと話したからだった。ちょっぴしハズイ。
「まあ、そのうち結果出して俺に連絡入れて来ると思うよ」



萩原が歩くのにつられるがまま進み、辿り着いた場所にあった車は、普段使っている捜査車両ではなかった。
自分の車できたのかと尋ねれば、今日は休みを取ったという。
「わざわざ? 班長が迎えに使って良いって言ってたから、てっきり仕事の合間にきたのかと」
初めてみた、と純粋な興味からまじまじと車を見つめていると、萩原は後部座席に俺の荷物を入れながら返事をした。
「そりゃ~だって、花森さんち行ってダラダラするなら休みの方がいいっしょ?」
「俺んち初めてだよね???」
図々しいなコイツ、と思ったけど入院中は毎日のように見舞いに来て、甲斐甲斐しく迎えにまで来た相手。家についたらさっさと帰れとは言えない。
とはいえ、そういうのは俺が誘ったら甘えるものでは。
会話をスッ飛ばしてグイグイ自分から可愛がられに来る───こんな後輩は初めてだった。

「お? お、おお~……」

早速車に乗り込んでみると、萩原の車は捜査車両とは比べ物にならない乗り心地で、シートに身体がふかっと沈む気さえした。
何気なく車の中を見回したのは、女の影あるいは陣平ちゃんの影がないものか、と悪戯心だったのだが“見つける”までもなく、俺はすぐに“嗅ぎ取って”しまった。
それも込みでの歓声に、萩原は首を傾げている。
「その妙な、お、は何なのかな~……?」
「いや、なんか……」
普段、捜査外では匂いについてよほどのことがない限りは話題には出さないようにしている。
特に人にまつわることは気を付けていて、本人には言わないようにしていた。
でも、この場合は本人ではないし、あきらかに『煙草』の匂いもある分、ヘラヘラ笑って指摘できることだった。

「松田の匂いがするなぁ、て」
「!? お、俺は!? 俺の匂いは!?」

ぎょっとした萩原だが、すぐに自分を指さして主張する。

「萩原の匂いは当たり前にする」
「あ、よかった……」
「よかったの?」
俺は不思議に思って萩原に尋ねる。
「や、花森さんて桐島さん以外の匂いも覚えてんだーって思って。桐島さんはともかく、松田のことがすぐにわかるんなら新しい相棒の俺としてはちとジェラっちまうというか……ね?」
萩原はいつもの笑顔っていうより、珍しく照れ臭そうな顔をした。
「本人に匂いのことは指摘しないよ、だって一度言われたらずっと気にしちゃわない?」
「あ、ナルホドね……」
捜査中に俺が"嗅ぎ分け"てるところを見てはいるはずだが、普段から嗅ぎつけるのはまた別物っていう認識だったようだ。
萩原の匂いについては言うか迷ったが、少し考えてから俺はあることを教えるために口を開いた。
「もうこの際だから言うけど、萩原には松田の、松田には萩原の匂いが高確率でついてる」
「げぇ! ふ、普段からそう思って接してたってこと!?」
「ウン」
「………………き、聞かなきゃよかった」
「ちなみに消臭剤は無駄だ。シャワーを浴びて着替えるくらいしないと」
「やめてやめて聞きたくないってえ!」
「萩原が俺の嗅覚に対し不安を覚えてるから……」
「いや揶揄ってるっしょ!? もー……」
萩原は疲れた様子で項垂れた。
おおかた、女の匂いなら箔が付くが、ヤローの匂いつけて歩いてたなんて、とでも思ってるんだろう。
もっと喜べない話になると、松田と萩原が会うたびに匂いをくっつけているってことは、仕事で毎日顔をあわせ、こうして同じ車に乗っていることの多い俺達は当然のことながら、匂いがほぼ毎日くっついているわけで。

勿論そのことに気づけるのは犬か、うちの弟と父親くらいである。
バレないように祈りながら、俺は助手席のシートベルトを回した。




裏設定(?)ですが主人公の両親の移住先は群馬で、ポンコツ親父とヘッポコ刑事が度々タッグを組んで捜査を混沌に陥れている。
ヤマさんとハナさんと呼び合ってる。収拾つかなそう。
May. 2026