sakura-zensen

春を追う

09話

(萩原視点)

“ ピ、ピ、ピ…… ”

電子音が一定の速度で刻まれていくのが脳裡に響いた。
それは自然とカウントダウンのように、俺の焦燥感を煽る。
思い出すのはあの日の記憶だ。
タイマーには『3』の数字。電光掲示板の『米花中央病院』、それからタイマーが『2』に変わりゆく様。
身体が後ろに倒れて行って───。

“ ピピピピピ─── ”

落下する感覚に身体がこわばった時、さっきより短く刻まれた電子音がけたたましく頭上で鳴り響く。

咄嗟に掴んだ音源、スマホをいじくって、アラームを停止した。
起こされる音ってのはたいてい、不快になったり気に入らなくなるモンだが、これはさすがに変えた方が良いんじゃねえかと思えてきた。
しばらくアラームの種類とにらめっこしたところで、いや、いいかとスマホを投げ出す。
そんなことより、今日は被疑者の引き渡しがあるから、早めに家をでねえとだ。



「寝不足か?」
車の中で、大あくびを隠さず零した俺に、助手席の先輩から指摘が入った。
「んぁー、そういうわけじゃないんスけど、寝起きが悪かったっつーか」
「へー」
「……小松原さんって俺に興味ないスよね」
ちらりと横を一瞥すると、俺の指摘に小松原さんが怪訝そうにした。
会話が一瞬で終了したのはそんなに大きな問題じゃないが、いつもと違う空気に調子が狂うというか、なんというか。
「お前に興味なんて、ある方が嫌だろ」
「そいつは確かに」
「……ワンコは基本人が好きだからなー」
俺の感じた物足りなさを、小松原さんは瞬時に理解したらしい。
興味がないと言っても、無関心な人ではないからだ。ていうかむしろ、口数自体は多い。
「そういやみんな、花森さんのことワンコって呼んでるけど、アレ誰が発端なんスか?」
「たしか、うちの班では柳さん」
当時を思い出すかのように、小松原さんは呟いた。
意外なような、そうでもねえような。
柳さんは今年の春、警部に昇進して別班を持つことになり6班を離れたけど、同じ強行犯係だから桐島さんよりは身近にいる。んで、花森さんのことをしょっちゅう構ってるのを見るし、花森さんも構われに行ってたっけな。
つまり仲は良いわけだ。しかしうちの班ではという言い方に引っかかりを覚える。
「───それじゃ、もっと前から?」
「ああ。前いた白金署でもそう呼ばれたみたいだし、そもそも名付けたのはオニコちゃんだったかな。交通課の」
そう言われて、花森さんとよく話している女のコを思い浮かべた。
警察学校では同期で、それ以前からの友達らしく、いつも親し気に話してた。
あの二人がどうやって仲良くなったのかは不明だけど、男女の仲って感じじゃないのは見ていてわかる。

「いやあ、お前の方が懐くのが早いとは思わなかったな」
「へ?」

小松原さんは、しみじみと言った。
思わず聞き返した俺に対して、「今日は花森が休みで残念だったな」と笑う。
「んな子供みてーな理由じゃ」
「ハハ」
「てか懐くって程でもねーし」
俺は否定しながら、目的地である警察署の入り口が見えてきたので周囲を確認してからウインカーを出す。そのまま右折の為にハンドルを切った。
その手つきがバタつくのを感じて居たたまれない。
「じゃ、ワンコの好きなタイプ知りたくない?」
「! それは……っっ知りたいにきまってんでしょ~」
小松原さんのこういう無遠慮で無神経なところは聞いてて面白い時もあるけど、いざ自分のことを言われると面白くはない。
でも花森さんの好みのタイプっていうのが全然想像できなくて、俺は屈した。小松原さんのオモチャにされるのを、甘んじて受け入れようじゃねーの。

「ワンコの好きなタイプ。それはスバリ『一緒に走ってくれる人』だ」
「~~~~犬かよ!」

思わず出た突っ込みに、小松原さんはまた笑った。
俺を揶揄って楽しんでんのはともかく、これって本当に好きなタイプなのか、疑わしく思えてきた。いや、案外的を射てそうだけどな……。




───『一緒に走ってくれる人』
その日の俺は、ずっとその言葉を考え続けていた。どうしてこんなに気になっているのかって、自分でも呆れて来る。
爆処から捜査一課に来たのだって、俺は無意識にだけど花森さんを追いかけてきちまったようなモンだし。悔しいけど、小松原さんの懐いてるって言葉を否定しきれない。

そういや、俺の"方が"懐くのが早かった、ってことは花森さんが懐くのを想定してたってことだよなあ。
ま、花森さんて誰にでも懐いてるように見えるから、珍しいことでもないんだろうけど。
でも一番懐いたのは、なおかつ一緒に走ってくれる人ってのは、桐島さんのことなんじゃないかって気づいた時、何とも言えない靄つきが胸に広がった。
前の"飼い主"と比べて嫉妬なんて、ガキくせえにもほどがある……。

「つーか、あの元飼い主っ、一緒に走ってくれる人が好きってのを絶対知ってたくせさ、俺には危ない事させんなってブレーキ役を任したんだぜ!? 俺に懐かせねえ気じゃんよォ!?」

俺はその日の夜、居酒屋で叫びながらビールのジョッキをテーブルに叩きつけた。
向かいにいる松田は肘をついて、俺を呆れた顔で見下ろした。隣にいた伊達の方は、テーブルにかじりつくように丸めた俺の背を、軽くたたいて慰める。
花森さんは、桐島さんがそんなつもりで言ったんじゃないって言ってたけど、俺としてはまだ腑に落ちてない。じゃ、どういうつもりでって聞いたけど、花森さんは答えてくれなかった。
「萩原はなにクサってんだ? 保護犬でも引き取ったのか?」
「フッ……、あぁそうそう、ハギの奴"ハナちゃん"に懐いてもらえねえって拗ねてやがんだ」
「ハナちゃんか。何犬? 何歳くらいなんだ?」
伊達が松田の言葉をすっかり信じてっとこ悪いけど、ハナちゃんは人間で俺らの二個上だ。
オイ、松田「ン~、柴犬だな。もうオトナの歳」じゃねえっての。
「大人ってことは前の飼い主とも長いし、認識を変えるのは難しいだろうな」
誤解を解く前に、伊達の言葉に口を噤んだ。
「まあなんだ、これからはお前が世話するんだろ? なら時間をかけて信頼を築いていくしかねえよ」
「時間をかけて……ね」
俺は不思議と聞き入っていた。
松田は笑い死ぬとか言いながら席を立ち、テーブルを離れる。おおかたトイレかなんかだろう。
「焦ってたわ。サンキュ、伊達班長」
「おお」
伊達の言ってることは人でも犬でも同じことだったので、すんなり俺の中に浸透してきた。



俺は昔から人間関係に関して、そこまで思い悩んだことはなかった。
それなりに上手くやれるタイプだし、相手に良く思われりゃラッキーだが、かといって絶対に好かれたいとか、信頼されたいって思うこともない。
あくまで自然体のまま、ついてくるモンがありゃいい。それでうまくいかない相手とは、何をやっても駄目なんだって思う。
今は学生の延長でバカやってた頃とは違う年齢で、環境だって変わった。だから尚更周囲にいる人間に対して自分がやれることが、たかが知れてるってことは痛感しているはずだ。
ただ刑事にとって相棒ってのはちょっと、特別で特殊なのかもしれない───。
爆処にいたころも隊員たちは危険な現場を共にしてきた仲間として、連帯感や信頼なんかも感じていたけど、花森さんはそれよりももっと、互いの命が繋がっているような気がする。
って、そりゃあ大観覧車から繋がって落下したせいで思っちまうのか……。

「───おいハギ! お前のハナちゃんが他の男に尻尾振ってる!!!」

ふ、と自嘲気味に笑ってた俺に、松田が勢いよく戻ってきてこんなことを言う。
反射的に立ち上がって「なにィ!?」って言ったけど、よく考えたらおかしな話だ。多分俺は酒が入りすぎていたに違いない。
「は? ハナちゃんって、ここは居酒屋だぞ」
いまだに犬と勘違いしたままの班長を置き去りにして、俺は松田に指をさされるがまま席を遮る格子の隙間から覗き込むようにして、周囲を確認した。
どうやらトイレの方の壁際の席に花森さんがいたらしい。具体的に位置を言われて探せば、松田の言う通りの光景がそこにある。
花森さんは壁を背にこっちを向いていて、相手に笑顔を向けていた。相手はおそらく男だが、こっちに背を向けているので容姿はわからない。そうじゃなくても、格子が邪魔で背格好もここからじゃ見えないレベルだ。
「相手見てこられなかったのか?」
「ああ。でも桐島サンじゃねえのは確かだぜ」
「おいっ、まさかお前らがさっきから言ってたハナちゃんって、花森さんのことかよ!」
ようやく伊達も勘違いに気づいて、俺の背中をバシッと叩く。
うるせえ、今それどころじゃねーんだよ。

「ニッコニコしてんじゃねえか、良いのかハギ」
「いやいや~陣平ちゃん、あの人は誰にでもニッコニコよぉ」
「それもそうか」
「……花森さんが誰と飲んでるのか知りてえなら、普通に挨拶行けばいいじゃねえか。下手な事口にしなきゃ、邪魔にはならんだろ」
様子を窺ってる俺たちをよそに、伊達は言いながら席を立った。
確かに、顔見知りに店で会ったら挨拶すんのは、ごく自然な振る舞いだろう。伊達は目当ての席まで、店員や客を避けてぐんぐん進んでいく。俺と松田も、その後を慌てて追いかけることになった。

「あれ! センパイ?」

伊達のちょっと軽快な、明るい声が放たれた。ガヤガヤした居酒屋じゃあ、そこまで目立つもんでもない。
席にいた花森さんが普通に「おー伊達!」と返事をしているのが聞こえる。その声色からして、話しかけても問題ないようだ。
少し離れた所にいた俺からじゃ、伊達の姿に遮られていて、花森さんと連れの姿までは見えないし、声を掛けられないんで急いで追いつく。
「奇遇っスね。俺ぁ今同期たちと飲みに来てて……ってお前!!」
言いながら伊達は連れの顔を一瞥しようとしたんだろう。だが途中、何かに気づいたかのような驚きの声をあげた。
俺と松田はその挨拶に便乗するよう、伊達の肩を掴んで身を乗り出した。
「俺達もいまー、す?」
「よぉセンパ、イ?」
そこで目にしたのは、花森さんの向かいの席に座ってぽかんとした顔で俺たちを見上げる同期の姿だ。
「は、班長……に、松田と萩原?」
松田がいたずらに顔写真に描いた時の様な顎髭を実現させた、───諸伏景光がいる。
こうして顔を合わせるのは、警察学校を卒業して以来のことだろう。最初のうちは連絡をとっていたんだが、徐々にそう言うのが減っていった。
俺が刑事課に異動になる頃に一度、久々に飲もうって連絡を入れたが、諸伏とあと一人、降谷は返事が来なかった。
どこに配属になったのかも聞いてないまま、風の噂で警察を辞めたと知ったので、"忙しく"してるんだろうと思っていたがまさかこんなところで再会するとは思わなかった。
「サクラさんはこいつらと知り合い……? 先輩ってことはもしかして」
「うん、警察官なの。そっちも伊達のことを班長って呼んだってことは、もしかして同期の?」
諸伏が花森さんのことを偽名らしきもので呼んでることや、互いに警察関係者だと知らないってことは、この会話からうかがえる。
俺達三人も予想外の出来事にちょっとばかり困惑だ。
とはいえ早々に警察官であることが分かったので、警戒は薄れただろう。
「互いによく知らなそうなのに、なんで二人で?」
伊達の問いかけに、諸伏が花森さんの様子を窺うように目を泳がせた。
何か言い辛いことがありそうに口ごもる。
「えっと、それは……」
「俺がナンパしたからだな」
「……確かに、ナンパされたと言えなくもないか……」
花森さんのきっぱりした物言いに、諸伏は遅れて同意した。
俺達三人、ナンパというワードに思わず揃って驚いて声をあげたのは仕方がないことだろう。


松田が『柴犬とドーベルマン足して2で割った感じ』と言われた所を観て、主人公が『柴犬』て言われる対比をかきたいなと思いました。
柴犬って庶民的でカァイイけど、その遺伝子が狼と近いってところがとても格好いいよね……。
余談ですがコナンくんが哀ちゃんを偽名で呼ぶとき「ハナちゃん」なのすごく好き。笑
May. 2026