sakura-zensen

春をかくす

01話

古い木造建築の校舎の教室で、俺は若い男の教師から肩に手をおかれて黒板の前に立っている。
「みんな、新しいお友達を紹介するよ」
「春野サクラでぇす」
俺を見つめる黒々とした目の少年少女たちに向かって、すこしでも気に入られるよう、猫なで声を絞り出した。言葉になったのは形ばかりの自己紹介だが。
クラスは七歳から十二歳という小学生に該当する年齢がいっしょくたに混ぜられており、田舎の過疎化した地域の学級というのが一目でわかった。

サクラちゃん、サクラちゃん、と転入生の俺を囲って無邪気に笑う子供たちだが、ただの子供たちではない。なにせ全員───担当教師含め、すでに死んだ者たちである。



遡ること一日前、俺は青嵐に拉致された石川から帰るその足で、本来の主人たる開さんの元に戻った。「あ、おかえり」というあっけからんとした挨拶は、俺への無関心というよりは青嵐への諦めが多く含まれているだろう。
それはさておき、開さんは戻って早々だが翌日から早速仕事に行かなければならないと外出の準備をしていた。俺は勿論本来の役目である開さんの護法神として同行した。
そうしてやってきたのがこの小学校というわけである。

開さんの現在の仕事は、以前勤めていた三つ葉ハウジングと提携している物件クリーニング業者。いわゆる遺品整理というのもやっており、基本的な現場は『自宅』であることが多いため小学校に来たのは初めてのことだという。
この小学校は五年ほど前、全校生徒が死亡した為に廃校となった。
以来、最低限の片づけをされて放置されていた学校を、どうにかしたいと立ち上がった人がいた。それが当時校長先生をしていた老人で、廃校を機に早期定年退職を願い出て、近くに移り住み余生を過ごしているのだとか。
老人はこの学校には悲しい思い出が詰まっていて、立ち入ることができないと言いながら開さんに遺品の回収を依頼した。
当時使っていた職員室の自身の机にある、いくつかの私物。それは子供たちが生きていたころにもらったプレゼントなどの思い出の品だった。
退職して学校が廃校になるときはどうしても持っていけなかった品々だが、五年が経った今頃になって気に病み始めたという。
それと同時に子供たちの遺品などがあれば回収を、と言って白羽の矢が立ったのが開さんの勤める和田クリーニングサービスだった。
「遺品って普通、遺族が回収してるんじゃないの?」
「その残りがあればって話だろう」
俺と開さんは誰もいないのをいいことに、古びた校舎の中、廊下を堂々喋りながら歩いた。
在校生が十人程度だったこともあり、ほとんどの教室は前から使われていなかった。その為見る教室は限られており、俺たちは目当ての教室───二部屋の壁を抜いて設けられたらしい職員室へと辿り着く。
「元校長も、今さらって感じだし」
「歳をとると、後悔を自分の心の内だけにおさえられないこともあるんじゃないか」
ほとんど人ごとのように言ってのける開さん。
彼は校長先生の机を見つけると、手あたり次第に引き出しを開け始めた。
その時廊下の方で、パタパタと足音がして俺達の動きは止まる。目と目を合わせたが互いに声を出さないまま、音を探るように視線をさまよわせた。
もう一度、廊下を駆け抜けていくような足音がする。軽やかで、複数で、それから笑い声なんかも聞こえた。
「子供みたいだ」
「近所の子が入り込んだのかな」
「この地域に子供はほとんどいないんじゃなかったっけ」
「だから観光客」
「一番近くのキャンプ場でも、距離あるよ」
「「……」」
俺達は再び沈黙した。
元々校舎の中には死者の思念があったのは事実だ。だが正体不明の希薄な思念ばかりで、こういう古い建物の持つ力に吸い寄せられたのではないかと思っていた。その程度の弱い者たちであれば、俺や他の護法神をつれた開さんのことは自然と忌避するため恐れてはいなかったが。
なんだか、今廊下を走っている子供たちはどこか違う気がする。
「もしかしてここ、イワク有り?」
「かもしれないな……」
俺と開さんは揃ってため息を吐いた。


開さんには俺が気を引いている間に学校を出てもらい、元校長に話を聞きに行ってもらうことにした。丁度遺品もいくつか回収したので、話のタネにはもってこいだろう。
その結果が、転入生春野サクラの爆誕にあたる。

俺が開さんと別れた後にまずしたのは、人の子供のふりをすることだ。
案の定廊下を無防備に歩いていた俺に、向こうから接触してきた。そしてあれよあれよという間に仲間たちの前に引っ立たされた。
あたかも在校生のように並ぶ彼らのことは一目で、五年前に死亡した子供と教師だと分かった。
たしか、遠足に出たバスが土砂崩れに遭って全員死んでしまったはず。本人たちはそれを忘れてしまったのか、受け入れられないのか、学校に戻ってきていつも通り過ごすことに妄執しているように思えた。

「サクラ、新しいクラスメイトとは仲良くやれそうか? 困ったことがあったら何でも先生に言ってくれ。……みんな、とても嬉しそうだろう? サクラが仲良くなってくれそうで僕も嬉しいよ」

開さんはいつ頃戻ってこられるかしら。夜になって物憂げに外を見ていたせいか、担任の桐島先生が声をかけてきた。
子供たちにとって俺は一種の希望に似た変化だ。先生はおそらく死んだ生徒たちを悲しませまいとこんなことをしているようだが、酷い悪循環となっている。そのことに気づかないのか、気づいていても目をそらしているのか。
「他にも新しい子はいたの?」
「うん? ああ、いたよ。でもあまり馴染めなくてな」
夜になると霊たちは活性化するもので、昼間には気づかなかった他のことが分かるようになる。つまり、ここで感じた多くの死者の思念は今の俺のように子供たちの新しい仲間として連れてこられた人間のものだった。
だけどその人間たちは訳も分からないまま命を落として、子供や教師たちと上手く波長が合わなかったのだろう。桐島先生の言葉尻からだいたいの実情が窺えた。



朝になっても、開さんは俺を迎えにこなかった。元校長先生が逃げてしまったのか、それとも会社の事情で立て込んでるのかは定かではない。
その気になればここにいる霊を振り払うくらい造作もないが、戻ってきて除霊をするなら準備や根回しが必要だし、俺が刺激するのは得策ではない。そんなわけで大人しく転入生二日目をやっていると校庭からゴロゴロと音がし始めた。
土や砂利などをタイヤが踏みしめる特有のそれだ。はっとして窓から外を見ると、見覚えのない車が二台、校庭に乗り入れるのが見える。
下りてきたのは開さんでもなければ、クリーニングサービスの人でもない、渋谷サイキックリサーチの面々だ。

なんでここに、彼らが?

「───新しい、仲間が出来るな───……」
驚いている俺を他所に、桐島先生が不穏な呟きを零す。
そりゃ、これまでも同じことを繰り返してきた連中だ。なおかつ俺という新しい仲間が加わったこことで、味をしめたのかもしれない。

みんな、ごめーん!
俺は心の中で謝りながら、渋谷サイキックリサーチのことを影ながら見守ることに決めた。




渋谷サイキックリサーチのみんなは、どうやらここに調査に来たらしい。
外から室内に向かってマイクを置いたり、玄関にカメラを置いたりと忙しなく動いていた。ところが、ふいに雨が降り出したことによって、一部の面々が昇降口の中へと入ってきてしまう。
嫌な予感、と思っていると案の定彼らは校舎内に閉じ込められた。幸いなことにメンバー全員ではないようで、綾子先輩と谷山さん、ブラウンさんと渋谷さんとリンさんのみである。他の人たちは車が一台ないのを見るに、買い出しにでも行ったのだろう。全員、閉じ込められないといいけれど、……という俺の心配をよそに、結局は全員が閉じ込められた。その上、一人ずつ仲間内から分断されて孤立していく。
最初はリンさん、その後には綾子先輩だった。さすがに異界に閉じ込めるというほどではなく、ただ認識をずらしてしまう程度のものだが普通の人には十分、感覚を支配してしまえる。

俺と開さんの時にはやられなかった手口だが、そもそも八人もの人間をここに引き込もうという試みが初めてなのだろう。
桐島先生は子供たちや俺に、新しく『先生』になってくれるかもしれない大人だと言い聞かせながら、彼らの気を引いてくるように指示を出した。
「はい、じゃあ俺がやる!」
そこで意気揚々と手を上げたのは俺である。
「おっ、サクラは積極的だなあ」
「うん、あたらしい人のお世話したい」
「そうだな。サクラも入ってきたばかりだし、きっとすぐに仲良くなれるだろう。じゃああと一人、サクラと一緒に行ってくれるやつはいるか?」
そんなこんなで、俺ともう一人のタカトくんは、先行投入という形で渋谷サイキックリサーチのお迎えに上がった。

暗くなった夜の教室で、皆が口々に話をしているところにふんわりと入り込むという算段だ。狙うは、彼らの空白。持ち主のない、ウサギがプリントされたコップにそっと手を伸ばす。

───これは、誰のだっけ。

さっきまではそう話題にして、綾子先輩のものだと話していた彼らの、拭えない喪失を埋めるように俺は言い切った。

「これ、サクラのだよ。ウシさんのは、タカトくんの」



前回の青嵐と吉見家から二年以上経ってた……だと?
満を持して開さんが再登場です。

Feb. 2026