sakura-zensen

春をかくす

02話

(滝川視点)

その子供の最初の印象は『随分長い髪の毛だな』だった。
床に腰を下ろしていると、その髪は絨毯のように広がって板の間を隠した。箒のように周辺の土埃を巻きこんでしまいそうだ、と思ってたら同じことを考えたらしい麻衣が、その長い髪の毛を編んでやっていた。
「麻衣おねえちゃん、ありがとう」
「せっかく綺麗な髪の毛だもん、大事にしないとね」
無邪気に微笑む少女サクラに対して、お姉さん風を吹かせる麻衣。この和やかな景色とはうらはらに、俺たちは今問題を抱えている。

今回は突然舞い込んだ調査だった。
廃校になった校舎で、霊が出るっていうありきたりな噂の真偽を確かめにきた。そして途中で出会ったサクラをはじめとする子供たちに学校を案内してもらっていたら閉じ込められた、っていうのが今だ。
天井裏には悍ましい光景が広がっていたし、そこから落ちてきた死体からして俺たちの行く末も危ぶまれる。
最初、ナルは結界をしくことを考えた。だが例え安全が保たれても脱出できなきゃいずれ死ぬ。次に考えたのは火で木造の校舎を少し炙って、脆くすること。そこから何とか抜け出せやしないかと考えたが教室内いっぱいに火が広がった後、一切の焦げ跡もなく鎮火した現象を見て、俺たちは考えを見直すことになった。
最終手段は、霊を追い詰めて一か所にまとめて、いっきに除霊すること。
危ないから子供たちを残して麻衣とナルと三人で、二階の端からことに及んだあと───麻衣が言う。

「どうして車が二台あるの、あたしとナルは運転できないのに!」

頭で理解するでもなく、ただ身体が危険を察知して動いていた。
残してきた子供たちが少し離れたところに見える。無邪気な顔で俺たちを待っている姿が、とてつもなく恐ろしい光景に思えた。
五人の子供たちがまばらに、小さな光を背にしてこちらに向かってくる。
一番前にいて伸びあがるように俺の身体に絡みついたのは、サクラだ。俺が藻掻くと、結われていた三つ編みがほどけた。長い髪の毛が散らばって、余計に俺にまとわりつく。
「ナル!」
俺は咄嗟に独鈷杵を投げ渡した。俺の勘が正しければ、これで多少なりともわかることがあるはずだと信じて。

「ふふ、うふふ」

怖ろしいまでに邪気のない笑い声が、俺の耳をくすぐった。
「くそ、……っ」
ぺたぺたと短い腕が俺に回ったのを、どうしてだかほどけない。
軽いはずの子供の身体を持ち上げることもできない。
だがしばらくすると、俺の手足にまとわりついて来た、冷気のようなものたちが煙のように立ち消える。はっと息を吐くと、サクラ以外の子供たちはいなくなっていた。
「……───、おまえ……」
「他の子たちは、"次"にいったみたい」
俺の腹の上に座るサクラはどこか遠くの闇を見やった後、俺を見下ろした。その拍子にいちいち、長い髪が子供の細い脚や俺の腹の上を蠢くのが妙に落ち着かない。いや、そもそもこの子供の存在が異質なのだから、油断してていい状況ではなかった。
今度こそ、子供の身体をぽいっと投げた。案外簡単に、ころんっと転がった。

「に"ゃーっ」

サクラは珍妙な声を出したので些か間抜けに見えるが、気を引き締めて祈祷を始めた。
「え、わっ……やめてぇ……」
床に這いつくばったサクラは、俺の真言に対して身構える。
耳を塞いで丸まった姿は憐れだが、そうでもしないと自分の命が危うい。だが俺が気を振り絞った渾身の祈祷を唱え終えても、サクラの姿はそこにあった。
「ひ、ひどいよう……」
まるで俺にいじめられたかのように、泣き言を吐く。いや、事実ではあるのだが。
こちらの罪悪感を煽って、油断させようという魂胆なんだろう。
「マジか、ちっとも効かないとかあるかよ。おまえさん、ナニモンだい」
俺達は会話をする余裕などなかった。だが、つい問いかけてしまう。
祈祷の最中はサクラの動きを阻み、押さえつけられていたようだが、それが一切致命傷になってない。となると、相手は攻撃をされたと思っているし、俺はもう一度やる気力があまりない。が、やらなきゃ死ぬなら、腹を括ってやるしかないのか───。

「効くわけないだろ、滝川さんのばかーっっっ」
「へ?」

状況は酷く悪化しているだろう、と思っていた俺に対してサクラがわっと喚いた。
なんか、……思ってたより、怒ってないな?
いや怒ってはいるけど、激怒って感じじゃない。文句はあるが、こっちをとり殺してやろうっていう、あの恨めしい感じがないんだ。
「俺っ、玉霰だよ」
「なんだって?」
「たまちゃん!」
あ、聞き返したから言い直してくれた。
もちろん誰だか理解できなかったとかじゃなくて、この状況について疑問を呈したのだ。
とはいえ、この愛嬌のある人ならざる者に対して、俺はいの一番にすることがある。謝罪だ。
「す、すまん」
玉霰はくすん、と鼻をすすった後に許してくれた。
それで俺はようやく、安堵の息を吐くことが出来た。


空き教室に落ち着いてから、俺は改めて玉霰の姿を見る。
一度目は人間に化けていた中学生くらいの少年の姿、二度目は髪の長い少女の姿で対面している。サクラという名の女児はその時見た少女と同じ顔立ちで、しいて言うなら和服か洋服かの違いしかないというのに、何故今まで気づかなかったのか。
「こうして見てると、たまちゃんだってわかんのになあ」
「それは俺が人間じゃないから」
俺がぼやくように言うと、玉霰はおっとりと笑った。
存在感が希薄というか、人の認識がぶれる───そんな現象が『人ではない者』と『人』との間にしばしば起こるのは、長年こういった世界に身を置いていれば納得もいく。
だが調査のたびに毎回、こうも曖昧な存在がぬるりと出てくるのは心臓に悪い。どうにかならんものか、と思うが相手に期待するだけ無駄だろう。いつも姿を現して名乗れと頼める相手ではない。
というか、それもこれも、主人の存在が毎回違うから───って、あれ。
「……今日は、どの"飯嶋"がいるんだ?」
「あは、開さんと一緒にきたよ」
「おお、そうか。つっても、姿がないようだが」
これまで幾度となく甥姪たちと同行していた玉霰だが、今回は正規の主人と一緒らしい。とはいえ、俺たちはその主人の姿を一度も見ていない。もしかしたら、すでに校舎内に閉じ込められているのかも。だとしたら玉霰はこんなところで油を売ってる場合ではないだろうに……。
「───開さんは一度外に逃がしたの。除霊するかしないかはわからないけど、俺のことを迎えにくるまでここの霊たちを見張っていたんだ。でも、みんながきたから驚いちゃった」
ウフ、と笑った玉霰に俺は若干たじろいだ。
主人に命じられてここにいたことは理解した。
それで、多分俺たちのことも見守っていたつもりなんだろう。

玉霰がこれまで幾度となく影ながら手助けしてくれたことは知っている。だが今現在の状況を省みてみると、とてもそうとは思えない。なぜなら喜々として俺たちを分断していたからだ。
聞けば生徒のふりをして霊たちに紛れ込んでいる為、表立って味方をすることができなかったらしい。
相手を刺激すれば面倒なことになるので、誰かと接触するタイミングをうかがっていた、と。そしてそれが今なんだという。
「リンさんや綾子先輩も考えたけど、まだ早すぎる。だからブラウンさんか滝川さんが最後の一人になるのを期待して待っていたんだ。二人のうちどちらかなら除霊が出来る確率は高いし」
「よくお分かりで……。にしても。いいのかい、主人の仕事を奪っちまって」
「だって開さんを待ってたらみんなが死ぬかもしれないし……開さんの本来の依頼は除霊ではなくて遺品回収だから」
「遺品回収?」
俺は思わず首を傾げた。
玉霰曰く、飯嶋さんは以前勤めていた三つ葉ハウジングから、和田クリーニングサービスという清掃業者に転職していたらしい。
その業務の中に遺品整理というものがあり、霊感のある彼にはうってつけの仕事なんだとか。いや、うってつけかどうかはわからんが。
ともあれ依頼人である元校長から頼まれていたのは、子供たちからもらった私物を学校から回収してほしい、というようなことで、正式に霊能者として仕事をしているわけではないことは分かった。───それに、玉霰の言う通り今現在閉じ込められてる俺たちがいつ帰って来るともしれぬ奴を待つ義理はない。

「んじゃあ、祈祷でもしたいところだが───たまちゃんはどうするんだ? 効かなくても、微妙に動けなかったりしたんだろ?」
「その時は離れているから───って、あれ?」

小さなあどけない唇から、何かに気づいた声がもれる。それから、一人でくすくすと笑う。
その姿は、可憐な少女が悪戯を企てるような無邪気さを装う。

「谷山さんと渋谷さんが、説得に踏み出したみたい。滝川さんの仕事はないかもね」
「!」

いったいどう知覚しているのかは定かではないが、玉霰の言葉を俺はすんなりと信じた。いくらなんでも、ここで嘘を言って俺をぬか喜びさせるタイプではなかろう。
玉霰はそのまま、窓際におかれた机に乗って、足をぷらぷらさせながら耳を澄ませるように首を傾げた。
閉じられた瞳と、無垢な横顔は窓の向こうの月明りによって縁取られ、この世とは切り離された存在であることを俺に見せつける。

程なくして、これまで聞こえなかった夏の虫の音が、俺の耳に届いた。
校庭に麻衣が飛び出していくのが見えるまでは、あと数秒。



テーマは「どの飯嶋……?」です。笑

Feb. 2026