sakura-zensen
春をかくす
03話
桐島先生の手先として渋谷サイキックリサーチのみんなを徐々に切り離していくと、最後の最後に渋谷さんと谷山さん、それから滝川さんが別れる場面になった。
ブラウンさんでも良かったのだが、ちょうど滝川さんに飛びつくところだったのでどさくさに紛れたと言っても良い。
子供たちの多くは高揚していて、滝川さんを捕らえた後はすぐに渋谷さんと谷山さんを探しに行く。渋谷さんたちも、とうとう子供たちの異質さに気が付いたところだったので、あとは力づくでことに及ぶのだろう。
ともすれば、俺がここで別行動をとっても、さほど目立ちはしないだろう。
そうしてしがみついてた滝川さんを見下ろす。
「……───、おまえ……」
「他の子たちは、"次"にいったみたい」
俺に驚く滝川さんに笑いかけた。
だが彼は、俺をぽいっと投げた。珍妙な悲鳴を上げて転がった俺に対して、警戒している様子だ。……あれ、これ、攻撃されるパターン?
たりっと、嫌な汗が滲む。
霊相手ならぶちのめすが、人相手ではそうもいかない。祈祷程度じゃ消滅したりはしないが、相手が手練れであればあるほど、その場を支配する圧力というものは存在する。
例え俺が悪霊などではなかったとしても、渾身の気合を注入されるのは痛手でもあった。
滝川さんの祈祷は円照寺の和尚よりも強かった。
身体は床に這いつくばったまま動けなかったし、手足はびりびり痺れた。
最後の最後にはお腹がせり上げられるような圧迫感があって、もし俺が弱い妖魔だったらその存在を散らしてしまうところだった。
「ひ、ひどいよう……」
オエ、となるのを抑えながら滝川さんに訴える。
一方滝川さんは俺の憐れな姿にぐっと息を詰めたが、かといって油断はしていないようで、もう一度攻撃をするか決めかねてるような態度だった。
おそらく、サクラと名乗って子供たちと同様に行動してたから、彼は俺を敵だと認定しているままなのだ。
「俺っ、玉霰だよ」
俺は身もふたもなく自分の正体を明かした。
「なんだって?」
「たまちゃん!」
玉霰という名にピンときてなかったようで、呼ばれ慣れた愛称まで暴露する羽目になった。傍から見て、とても情けない光景である。
だがその捨て身の自己紹介が効いたみたいで、滝川さんは俺の事を思い出して戸惑いながら謝ってくれた。……許す。
滝川さんには開さんと来た事、遺品整理の仕事のことを説明した。
脱出のためには除霊をするもよし、俺が手を貸すもよし、───と思っていたところでもう一人の渋谷さんの気配がした。
不思議なことに、彼と谷山さんの声が聞こえてくるのだ。もう一人の渋谷さんとは何度か面識はあっても縁が結ばれる程ではなかったはずだが、もしかしたら一時的にこの場所に霊が集まって活性化したことによって、感度が高まっているのかもしれない。
ともあれ、話しぶりによって谷山さんが霊の説得を試みることが分かったので、俺は滝川さんにそのことを伝えた。
滝川さんはすんなりと俺の言葉を信じて、待つことになった。
程なくしてどこかで窓ガラスが開き、「おーいっ」と無邪気な声が外から聞こえる。
校庭では谷山さんが兎のようにぴょこぴょこと跳ねまわっていた。それを見た滝川さんは建付けの悪い窓を開けようとしたが、最終的にガシャンと壊した。
外で手を振っている谷山さんを見て、安堵と呆れが綯交ぜになった様子で応じた後、窓枠に足を駆けて飛び降りる。あら、やんちゃ~。
「いやあ、まだまだお若いですね」
俺が感心していると、違う窓から安原さんが顔を出した。
「よう。ほんとうに若いモンの腕前を見せてもらおうか」
「受けて止めてくれます?」
「おことわりだ」
「なあに恥ずかしいことやってんの」
二人の戯れに、次は綾子先輩が混じる。どうやら順に皆、事態が収束したことに気づいて校舎から出てくるようだ。
なお、当然ながら俺の姿には気づいていない様子。唯一、頭の隅にまだ俺のことがあったのは滝川さんのみだ。俺が窓枠にぴょんっと乗って外に飛び出そうとすると、一瞬で顔が焦りに変わる。
「え、あ、おいっ」
安原さんの受け止めは拒否したが、幼気な俺は見捨てられないのか、滝川さんが慌てて両手を広げた。俺は自然と、その両腕の中にふわんと納まった。
「別に受け止めてくれなくてもよかったよ?」
「……俺もそう思う」
滝川さんの激しい鼓動が身体に伝わってきて、ちょっと笑ってしまった。
その善意はとても良い事だと思うけれど。
「まあ丁度いいか。さあゆけ、たきがわ号」
「あいあいさー」
順次ちゃんとドアから出てくる面々に合流するべく、俺は滝川さんの腕の中におさまったまま人の集団を指さした。
その際洋服だとサクラだと思われて、誰かさんみたいに脅かしてしまうかもしれないので、いつもの着物姿になっておく。
「あ、校舎の傍で何やってるのかと───え?」
滝川さんが地面を踏みしめる音に気づいたのか、綾子先輩が振り返る。
そして抱っこの俺に気づいて目を瞠った。
サクラと口ごもる人もいれば、玉霰と気づく人もいて、徐々に皆が俺という存在を理解していくのが顔を見てわかった。
「まさか司が来てるの?」
「え、律さんじゃないの?」
「せやったら孝弘さんかも」
「じゃあ僕は広瀬さんに賭けましょう」
どの飯嶋が来ているのかとザワついてるのを見て、俺は笑いをかみ殺すためにぷるぷる震えた。滝川さんは隠しきれてなくて、顔を背けて笑っている。
後たぶん安原さんは面白がってるだろう。
「今日は飯嶋のダンナと一緒らしいぞ」
「……飯嶋さんがここに?」
やっと笑いをおさめた滝川さんが言うと、渋谷さんが首を傾げた。
リンさんも一緒になって周囲を見回し、開さんがこの場にはいないことを確かめる。
「開さんは一度依頼を確認するために帰った。俺は見張りに残ってたんだ」
「除霊の依頼じゃなくて、遺品整理だってよ。元校長センセからだそうだ」
渋谷さんには滝川さんにも伝えた説明をしたが、途中滝川さんが俺の言葉を引き継いだ。
遺品整理という言葉にわずかな納得の色が皆の顔に見られる。
学校内には生徒の私物はさほどなかったが、この学校そのものが悲劇の象徴で、残されたもの全てに物悲しさが宿っていたからだろう。
「あれ、───渋谷サイキックリサーチさん?」
ふいに、俺たちの輪の中に声が投じられる。いつの間にか開さんが戻って来ていたらしい。
俺は開さんの方に両手を出し、滝川さんは俺を受け渡す。開さんも自然と俺を抱っこした。
「どうしてここに?」
「村長から依頼を受けたらしいよ、除霊のね」
開さんは俺と渋谷さん両方に対して聞いているようだったので、俺がかいつまんで説明をしておく。なるほど、と納得したようだった。
「飯嶋さんは元校長先生から、遺品整理の依頼を受けたとか」
対する渋谷さんは、俺と開さんをじっと見つめながら問いかけた。
彼は俺の存在が物珍しいようで、会うたび見つめられている気がするが、咎めるほどでもないので放っておいてる。
「ああ、その件ですが、依頼は取りやめになりましてね。玉霰を迎えに来たついでに、霊たちだけでも片づけて帰ろうと思ったのですが、その必要はなさそうだ」
谷山さんが子供たちと桐島先生を説得した余波で、ここに溜まっていた他の霊たちも浄化されたというのは、開さんにしてみたらほとんど一目でわかることのようだった。今が夜だから余計に。
「依頼、取りやめになってしまったんですか?」
「ええ、依頼人が亡くなったので」
ふいに尋ねてきたのは安原さんだが、開さんは特に隠す様子もなく理由を答えた。
だが死んだという答えには皆えっと声を上げて驚く。
無言のまま目を見開く人もいた。
「元校長先生、死んだの?」
俺も驚いたうちの一人で、開さんに尋ねる。だってつい昨日、顔を合わせたというのに。
「うん。───そもそも、ひと月前から昨日までは意識不明の昏睡状態だったんだ。受注の際に対応した事務員も電話で話したと言ってるんだが……依頼人の娘さんに確認したところ、そう言われてね。亡くなったのは今朝。だから色々と遅くなった」
「じゃああれ、生霊だったのか」
「そうみたいだ。いやあ、騙された」
元校長先生と一瞬あった時、生命力が薄いと感じたのは寿命が幾ばくも無いからだと思っていたが、そうきたか。死霊ならともかく、生霊だと分からなかったりするもんだなあ。わはは。
二人で暢気に笑っていると、話を聞いていた渋谷サイキックリサーチの人たちは、何とも言えない顔で沈黙していた。
たまちゃんは法力で滅されることはないけど、単純に人の攻撃的な気をぶち当てられると、に"ゅうってなる。
百鬼夜行×GHもここまでくると感慨深いですね。悪夢の棲む家もちゃんとかくぞっ! やりたいことはあるねん。
Feb. 2026