EndlessSeventeen


小さな王 02(主人公視点)



この世界にやって来てから毎日が任務だった。とはいっても、俺はを抱っこして運んでるくらいしか仕事をこなしてないんだけど。
毎日働き詰めでごめんねとには謝ったけれど、本人は疲れの無い顔でけろっとしていた。
それが逆に申し訳ないので存分に甘やかそうと思う。
週一日は休みがあったのでごろごろして、三週間程が経ったころ、俺は支部長に呼ばれた。
「こんにちは、はじめましてくん」
「はじめまして」
支部長が口を開く前に、ハッピーな格好をした男の人が日本語で喋りかけてきた。支部長と一緒にいるのだからそれなりの人なんだろうけど。
とりあえず頭を下げて挨拶をすると、彼は自己紹介をしてくれた。どうやら日本支部長で階級は名誉騎士、名前はメフィスト・フェレス卿、というらしい。部屋にあった本で読んだことあるけど、確か悪魔だったような。
ちなみに八候王の一人で、時の王サマエルとも言うんだった。
にやりとした笑顔で見つめられていたので、俺もじっと見返す。
「いやあ、物怖じしない方ですね」
今度は明るい声で言い出したけれど、物怖じもなにも、フェレス卿は殺気を出していたわけではない気がする。もしくは俺にはそういう勘がないので気づかなかっただけかもしれない。
「さすが、小さな王を傅かせるだけはあります」
「そんなことないです」
傍から見たら確かに主と使い魔という関係になっているようだけど、俺達は家族のようなものだ。
「いいえ、そんなことはあるのです。あれの瞳を直視して死を免れるのは私たちと―――それからあなたくらいなのですよ」
「そうですか。それで、今日はどんなご用ですか?」
が凄いっていうのはよくわかったので、こくんと頷いてから本題を促した。

部屋に戻った俺は、に引っ越すことを告げた。
『異動命令が出たの?』
『そう、日本支部なんだって』
『最初から日本に行けばよかったのにね』
と一緒にお茶を飲みながらぼんやり過ごす。
引っ越すと言っても日本には俺の実家があり、誰も住んではいないが家具はそろっていて掃除も済ませてあるため衣類といくつかの私物を準備するだけで大丈夫だ。今のこの部屋もそのままに管理しておいてくれるらしい。

は魔方陣ではなく俺のピンキーリングを媒介にしているので、日本支部で色々動き回るときは姿を隠してもらっている。姿を現して家に留守番しているよりはすぐに呼び出せるし、こちらの話も聞けるのでこの方法をとっている。
ちなみに話しかければ声を出して返事をすることも可能だ。
俺の異動命令は単なる異動ではなく、『サタンの落胤』の監視と護衛で、フェレス卿と懇意にしているイギリス支部長からの命令だった。ヴァチカン本部にはまだ話も通していないらしく、俺は知らない内にフェレス卿側に組み込まれてしまった。同意はしてないので、深い情報を得ることはないけど。
正十字学園の二年生に転校して、祓魔塾にも顔をだすことになった。
の名前はという使い魔のおかげでそこそこ売れてるようなので、俺は苗字を適当につけて佐藤という偽名を名乗る。
佐藤さんは全国で一番多い苗字だし、どんな名前にも合う気がする。
任務も受けることがあるようなので、そのときは俺の本名との姿を現しても良いということになったが当分は学校と塾に慣れる為に任務は免除となった。にお休みが出来て嬉しいけど、自身は指輪に籠っていなきゃならないので不機嫌だ。
「新しい塾生の佐藤さんです」
「学園では二年生に転校してきました。よろしく」
「はい、じゃあ席についてください」
「はーい」
俺を紹介してくれた奥村雪男くんは俺の観察対象の双子の弟さんらしい。似てない双子だなあと思いつつもどちらもそんなに見つめることはせずに、奥村先生の指示通り適当に開いてる席についた。
「夏休みまでそろそろ一ヶ月半きりましたが、夏休み前には今年度の候補生認定試験があります」
大人しく席に着いたら奥村先生が皆におしらせを始めた。俺今入ったばかりなんだけど、一ヶ月半しかないのか。大丈夫なのかな。いや、候補生じゃなくて祓魔師の資格持ってるけど。通常だったら落ちても仕方の無いことなので、のんびりやろうと思う。
とりあえずは初心者だけど折角だからっていう理由で合宿への参加はまるにして、取得希望の称号はどうしようかなあとシャープペンをくりくり回す。手騎士は持ってるからあえて違う称号にした方がいいのかな。
「称号って何だ?教えてくれ……オネガイシマス」
「はあ"!?」
燐くんが京都のお寺の子たちに聞きに行ったのを見たので、転校生らしく俺も少し遅れて席を立った。
「俺も聞いて良い?」
「おまえらそんなんも知らんで祓魔師になるいうてんのか!たいがいにしいや!!」
「ははは奥村くんてほんま何も知らんよなあ、佐藤さんもわからへんかったんやね」
「いや、さすがに称号はわかるけど、皆がどんなの希望してるのか気になってねえ」
ピンクの髪の志摩くんは良い感じに笑っているので波風立てない程度に予備知識があることはアピールしておく。
坊主頭の子猫丸くんが優しく教えてくれたので、俺と燐くんはふむふむ頷きながらさりげなく席に混じった。
「僕と志摩さんは詠唱騎士目指すんやよ。詠唱騎士いうのは聖書や教典やらを唱えて戦う称号」
「坊は詠唱騎士と竜騎士二つとも取るてまた気張ってはるけどなー」
「へーさすが坊!」
「勝呂や!なん気安く坊いうてん許さへんぞ!!」
さりげなく全員分の名前を知れたのでにこにこしながら会話を聞く。
元々塾生全員の名前は聞いていたけど。
「佐藤さんはなんにしますの?」
「んーと」
一応手騎士を持ってるのでそれ系の書物が多く、魔方陣とかについては勉強してあるけれど、授業で召還などはさせられないので手騎士を目指すなんてことは言えない気がする。
「まだよくわかんないや」
「今日入塾したばかりですもんね」
子猫丸くんが気遣うようにこっちを見た。
「そんなんであんた、候補生なれるんかいな」
「今回が駄目でも、次受ければ良いかなって。時期が悪いからって何もせずに次を待つよりはいいでしょ」
「……せやな」
勝呂くんはつっけんどんだけど、真面目な人だった。

数日後、魔法円・印章術の授業があって神木さんは白狐、杜山さんは緑男を出した。これはもともと素質がなければならないうえに稀少なので他の人達が出来ないのは当たり前のことだった。
ただ、俺はどうやって誤摩化そうか考えている。
「佐藤はやってみたのか?」
やったよと嘘をついてもよかったけど、先生にやってみろと言われてしまった。やってないことはバレてたらしい。
燐くんが何も言わなければスルーできたのかもしれない。
指に針を刺す前に、出て来ないようにと言う変わりにリングにキスをしてから魔方陣の小さな紙を見下ろす。
「ハローハロー」
それっぽい呼び方をすると否が応でも召還してしまうので、もしもしと問いかける程度に制御してみる。現れたのは案の定ヘビで、の眷属だろう。ナーガというヘビに憑依する悪魔もいるので見分けが難しいけど、”小さな王”の眷属である爬虫類達は総じて猛毒を持ち、強いものだったら目を合わせると身体が動かなくなったりする。
「蛇か、よくやった。蛇は地の王アマイモンの眷属だな……世界中に様々いるが日本では比較的人間に益をもたらす」
俺はしーと息を吐きながら腕に絡む蛇に我慢してもらえるように頼む。自分の王を間違われているのだから本当だったら怒って襲いかねない。けど俺の小指にいる王は歯牙にもかけていないし、基本的にの眷属達は俺に従順だ。
ネイガウス先生がなぜ地の王と断定したかというと、まずの眷属は数が少ないこと、それから王が俺の使い魔であることから眷属と言えど他人の召還に応えるものが居ないのが原因だ。
つまり、これが”小さな王”の眷属だと知られたら俺の身元がバレるので、すぐに帰ってもらった。
正直、何も出て来なくて良いよっていうつもりだったのになあ。


2015-12-11