特に何もしてないのに候補生に昇格した。
普段の授業態度や、たった一ヶ月半分の成績を加味してくれたのだと思うことにしよう。もしくはフェレス卿がデータ改竄をしたのかもしれない。どっちにしろ資格は持ってるうえに、それすら自分の記憶にないので気にしないことした。
候補生になってからはいくつか任務を与えられて行くようだけど、俺は通常のとしての任務が多くてがご機嫌だった。
ご機嫌ついでにフェレス卿にお呼ばれされたので二人で会いに行ったら、今度は機嫌がどん底になって俺の膝の上から動かず一言も口をきかなかった。基本的に興味が無い人に対してはこうなのだけど。
「おや、我らが小さな王はご機嫌ななめなようで。甘いものはお嫌いですか?」
「好きだよねえ?」
出されたクッキーを口元に持って行ってみればぱくりと食べた。
「可愛らしいですね。ああそうそう、目隠しは取っていただいても大丈夫ですよ……窮屈でしょう」
「お言葉に甘えて」
以前フェレス卿本人が見ても平気だと言っていたので、俺はあっさりリボンを解いて瞳を晒した。
だからといってはフェレス卿と視線を交えるつもりはないらしく、クッキーをもう一枚と耳元でお強請りして来たので俺はまたクッキーを与えた。
「こうして見ていると、まるでさんの方が悪魔のようだ」
「そうですか?」
横向きに膝に座っていたの尻尾がソファをしたたかに打つ。ちょっと怒っているようだ。
人に従い飼い馴らされているものなど、悪魔ーーーましてや王と呼ばれる存在ではない、と言いたいのかと思ったけど人間側で『遊んでいる』この悪魔が、悪魔の矜持を問うとは思えない。逆に俺が小さな子供を唆している人でなしと言うほど、生易しい性格でもないだろう。ただの言葉遊びであり、の反応が見たいだけだろうし、案の定はぺしぺしと尻尾で怒りを表した。
「よしよし。……それで、今回はなんのご用でしょうか」
背中を軽く撫でていなしてから、フェレス卿を見る。
「あなたの報告は”test OK”ばかりなので。もうちょっと仕事してくれてもいいんじゃないですか?」
「ええと、……奥村燐くんは元気に生活してます」
「もう一声」
「性格はちょっと短気だけど良い子だと思います」
「なるほど、学業はどうですか?」
「え、成績は悪いって聞いてますけどどうなんでしょうね。見てるかぎり、勉強が嫌いなようなのでちょっと大人にならないと難しいかもしれません。本人も言ってるけど、実践で覚えて行くのが理想ですがそんなこと言ってたら死亡率も上がりますし、鈍足かなぁ」
「そうでしょうねえ。では、サタンの落胤としての危険度についてどう考えますか」
「危険です」
「おや」
フェレス卿は意外そうに眉を上げた。
燐くんの人柄に関しては良い子だと思っているし仲良くさせてもらってるけど、安全だとは思っていない。
「よろしい―――あなたの報告はしかと聞きました。今後も監視、護衛を続けなさい」
「はい。ではこれで」
はするりと俺の膝から降りてくれたので俺もソファから立ち上がる。目を隠して後頭部にリボンを結ぶと腰に抱きつくようにくっついてくるので、蹴飛ばさないように歩いた。
そんな報告をしてから一週間後、燐くんはアマイモンに襲われて暴走し、遊園地を壊し、ヴァチカン本部の上級監察官である霧隠シュラに見つかった。ちなみにその時俺は志摩くんと神木さんと三人組で遊園地まわってて、神木さんにはなんでよりによってこのチャラチャラしたのとへらへらしたのとなの……と嫌がられた。俺は逆になんで何もしてないのに嫌われてるのかわからなかった。
夏休みの三日間行われる林間合宿には、いつのまにか教師に転職していた霧隠先生も引率でついてきた。提灯をとってくる訓練は、皆より入塾が遅いことで燐くんや子猫丸くんが心配してくれたけど、チャレンジしてみて無理そうなら魔除けの花火を使ってリタイアすればいいので問題ないと言われていた。
の守護もあるけど、基本的に俺には下級悪魔が飛びついてくることはまずない。フェレス卿にも言われたけど俺は魔除け体質なのだ。でもや上級悪魔にはそういうのが通じないので近づかれる。あとはの眷属の下級悪魔たちは近づけるようになっている。もちろん危害は加えられないけど。
俺は今回はちゃんとさりげなく燐くんの隣キープしてスタートして、暫く走ってからは燐くんのいる方に寄って行ってこっそり追いかけていた。燐くんは杜山さんの悲鳴を聞いて一目散に走るものだから、追いかけるの大変だった。そして開始して十分経たずに青い炎を見ることになった。
「あらら」
『脳筋』
俺は小さく呟き口を抑える。小指からはの悪口が聞こえたので、反対の手の人差し指で赤い宝石をちょんと突いて黙らせた。
同じく駆けつけた勝呂くんも青い”光”を見てしまったようで燐くんに聞いていたけど、目が眩んであまり見えなかったと言うと誤摩化されていた。
「おーい、だいじょうぶー?」
「おぁ!?佐藤……お前まで来てたのか」
ちょうど良いので俺も同じ程度の認識に合わせて燐くんたちに合流する。勝呂くん同様に燐くんに誤摩化されてあげながら、気絶する杜山さんの様子を見る。目を覚ました杜山さんに血を拭う為にポケットティッシュを上げていると、暴走した志摩くんまで突っ込んで来て、子猫丸くんが提灯見つけて集合をかけてくれたから、今回はやっぱり燐くんを追っておいて正解だったみたいだ。
俺は皆とアドレス交換をしていないので、もしここにいなかったら置いてけぼりを食らっていたか、もしくは皆が人手を考慮して探すハメになっていたかもしれない。
皆で運んだ後はアマイモンの襲撃があり、死んでもそこから離れるなって霧隠先生が言ったので大人しく待とうと思ったのに神木さんと宝くん以外の人が次々と前の人を追いかけていくので肩をすくめた。
「……あたしはこんな所で死ねないのよ……!」
神木さんは冷たい口ぶりでも情があるようで、最後に結界を出て行った子猫丸くんの背中を見つめながら絞り出すようにつぶやいた。
「もちろん、行かなくて良いんだよ」
「!あ……あんた、行かないのね」
「行っても出来ることはないだろうからね」
ぽんと肩に手を置くと神木さんはびくりと震わせてから俺を見た。
そのまま肩を抱くようにして神木さんを結界の中心の方まで促し、大人しく座っている宝くんの傍に連れて来る。
「さて、言われた通り大人しくしてようか。あっちが爆心地なのでアマイモンが来るとは思えないけど、心配だから眠るのは交代制でいいかな」
「……いいわ」
宝くんは返事のかわりにこくりと頷いた。
「といっても、そんな長引かないだろうな。―――俺が暫く見張りをするので二人は寝てて良いよ」
「はあ?」
「何かあったら起こす。休むときはきっちり休みなさい、はい、おやすみ」
ぱんぱんと手を叩くと、宝くんは大人しくその場で顔を伏せ、神木さんもその様子を見て俯いた。多分心配と騒音で全然眠れてはいないだろう。ただし疲れているのでうとうとは出来る筈。宝くんは本当に眠れているかもしれないし、警戒しているかもしれないけどそこまで心配はしてあげられず、俺は黎明の空と爆風で揺れる木々を眺めた。
2016-1-15