不浄王の目が盗まれたことと京都の出張所が奇襲にあった件で京都遠征が決まり、塾生たちは燐くんと碌に話も出来ないまま新幹線で不意に顔を合わせたようだ。俺は最後に乗り込んだので、神木さんが燐くんの一つあいたとなりの席に座るのしか見えなかった。
「あれ?猫だー、燐くんの?」
「お?お、おう」
「えー、ひっくり返そうここ」
俺は燐くんの前の座席をぐりっとひっくり返して向かいの席に座った。
その後霧隠先生が隊長として指揮を執り現状説明を情報管理部の佐藤くんに頼んだ。燐くんは俺をちらっと見て来たので別に身内じゃないよという意味を込めて首を振る。
真面目に任務の打ち合わせをしているなか、そう言えば俺だけはしゃいでるみたいに席作ってて隊長に背を向けてることに気づいた。まあ、一番前にいるから斜め上に隊長がいて本当に背中を向けてるわけじゃないので大丈夫だろう。
案の定俺の席について咎められることも無かったが、神木さんが勝呂くんを煽って候補生が騒ぎ出したのでそっちで連帯責任の罰を受けることになった。
「あーあ、……俺、トランプ持って来たのに」
「さ、佐藤さん……」
正座していた俺はぼそりと呟く。今回は杜山さんが気遣うように振り向いてくれたけど、結局口喧嘩や囀石の暴走があっていつのまにか京都についていた。もともと京都まで正座の予定ではあったけど、新幹線で遊びたかったなあと残念に思った。これほは、帰りにやるしかなさそうだ。
京都では勝呂くんの実家である虎屋という旅館に行き、怪我を負って休んでいる人達の手当を手伝った。もっぱら雑用だったけど、いつのまにか燐くんが別作業を言いつけられていた。けれどどうやら特に何もやらされていないようで、ゴミ拾いみたいなことをしている。
一段落ついて汗を拭っていたら明陀宗の若い人達が揉めていて、勝呂くんと志摩くんと子猫丸くんが宥めに行っているのが見えた。障子がぶっ飛ばされているので中丸見え、話丸聞こえだ。スイカを手にして佇んでる燐くんまでいた。
「燐くんスイカ切ってたの?」
「あ!おう!」
一応お盆一枚分のスイカを置いて来たらしい燐くんに声をかけると、ぱっと嬉しそうな顔をした。ついでに俺にも食えと差し出してくれたのでありがたく受け取る。
「佐藤は、俺のこと怖くねえんだな」
「その話題まだ続いてたの?」
しゃくしゃくスイカを食べながら、ぽかんとして燐くんを見る。
「ーーー怖くはないかな……」
「!」
怖くないのは燐くんの力を小さく見ているわけでも、燐くんが安全だと信頼しているわけでもない。
「俺は自分と、自分の力を信じているから、燐くんを怖がらないし、君はサタンじゃない」
ピンキーリングを眺めてから、スイカの皮を置く。
俺は俺を守ってくれるのことを信じている。俺の体質を信じている。がサタンより強いかはわからないけど、少なくとも今の燐くんよりも強いとは思う。
ちゅっと小指にキスをしてから燐くんを見ると、青い瞳が目に入り、その奥には自分の影がうつった。
「今はとにかく、がんばれ」
「……おう」
燐くんは信じてほしくて、怖くないと言ってほしいのかもしれない。
でも俺は怖くないとは言ってあげたけど、信じているとは言ってあげない。
それでもがんばれって応援するくらいには信じているのだけど、それもやっぱり言わないことにした。本当に本当に欲しいのは、俺からの信頼じゃなくて勝呂くんや杜山さんからの信頼だと思ったからだ。
夜遅くまで仕事に追われて、霧隠先生から弁当を貰って外に出たら燐くんと志摩くんがちょっと距離を取りながら喋ってるのが目に入った。
「お前も俺にビビッてんだろ!!」
「ハハハハ……いやいやいやビビッてへんよ〜!まー強いて言えばメンド臭いのが嫌いなんや」
燐くんはしゃっくりしながら呂律のまわらない口で志摩くんに絡んでる。様子のおかしな燐くんに近づくと、彼はお酒の缶を開けていた。一方で志摩くんは俺の方を滅茶苦茶見て来るので、多分助けてくれってことだと思う。だからこれ以上酔わないように燐くんの飲みかけのお酒を飲んであげることにした。もう十分酔ってるけど。
「メンド臭いのが嫌いぃ〜?ダッセ!まーお前ってカッコ悪りィもんな」
「ん!?……今……俺カッコ悪いゆうた?……聞き捨てならんな!?俺はカッコええことで有名な男やで」
「はぁお前が?あっははははは!!あはははは!!ヒッコ……うはは」
アルコールを嚥下しながら、燐くんが爆笑しているのを横目に見る。
「笑い過ぎやろ!?てか佐藤さんも助けたってや!!!」
「がんばれ〜」
飲み干した缶を芝生におき燐くんの傍でお弁当を開ける。
「いーか?俺のカッコイイ奴ランキングではお前はこの辺だ」
1ジジイ、2勝ろ、3こねこまる、4オレ……とちょっと下手な字で書いてある『オレてきカッコイイやつランキング』の紙の下あたりを指さす燐くん。意外にも謙虚に、勝呂くんと子猫丸くんは自分より上らしい。しかもクロが雪男くんを下克上している。
「クロより下!?」
「いや……選外だ」
「へぇえ!?」
結局志摩くんは笑ってしまって、関わらないでおこうとしていたのを諦めた。
「せや、佐藤さんも選外なん?」
「んんと、佐藤はこの辺に入れてやっても良い。俺にビビッてねーって言ってくれたから」
「俺もゆうたやん!」
雪男くんの下あたりを指さした燐くんに、俺はありがとうと笑っておいた。
「ところで志摩くんはこれ貰わなかったの?」
「あ、もろたけど、飲まんどこって……」
空になった缶を振ると、垂れ目をさらに垂れさせて苦笑した。
燐くんは一目瞭然で酔っぱらっているので、志摩くんは察しているようだ。
「飲まないならちょうだい」
「はぁ!?アンタまだ飲むん!?……ちゅうか全然酔ってへんね」
「これしきで酔わないよ」
「いやいや、現にあの人酔ってますやん」
燐くんを指さした志摩くんに、体質と歳の差かなと適当なこと言って、お酒をせしめた。
2016-1-15