「……覚えてねー」
「おはよう、俺が部屋に突っ込んどいたよ」
「あっはっは、やっぱりなー。佐藤さんにあげて正解やったわー」
燐くんの隣で朝食をとっていた俺は、志摩くんに挨拶をかえす。俺はあの後ふわふわ笑っている燐くんの傍でもう一杯飲んでから燐くんを部屋まで連れて帰った。
「……お前、俺とフツーに喋っちゃってヘーキなの?」
「え?ああ……ははは」
「れ〜ん〜ぞォォオりゃあ!!!!」
「この声は……―――――いった!」
金髪のお兄さんが向こうから走って来て志摩くんに飛び蹴りするのをのんびり見送った。
「コチラお友達の奥村くんと佐藤さん!」
「おお〜そーかそーか!俺は柔造、廉造の兄貴や。ナイス寝癖!」
「ど、どーも!」
「佐藤です」
燐くんの横で俺もぺこりと頭を下げる。どうやらお兄さん二人は本当のお兄さんだったらしい。
「そっちは四男の金造でドアホや。廉造は男兄弟の末っ子でドスケベやけどよろしく遊んでやってくれな」
「!せやせや、二人ともこれからプールいかへん!?」
「はぁ?」
志摩くんの下の名前って廉造だったんだっけ、とか金造さんの食べっぷり凄いなあとか、柔造さんはしっかりしたお兄さんだなあとか思いながら、お誘いをかけてきた志摩くんに視線をやる。けれど結局、燐くんは修行があるらしくて霧隠先生に連れて行かれてしまった。
「修行ね…………よし、廉造!久々に兄ちゃんと手合わせするか!」
「エンリョします。あ、佐藤さん代わりに杜山さん誘ってくれへん?」
「別に良いけど、神木さんは来ないんじゃないかな」
しょんぼりした志摩くんは深いため息をついて去って行った。
その日の夜、出張所の方から煙が上がり、不浄王の右目が藤堂三郎太と宝生蝮により奪われたとの情報が入った。
今現在の出動命令はまだ無く、候補生佐藤としてしか動かなくて良いようだけどそろそろ潮時かもしれない。
日本支部にきてからよくペアを組んでる祓魔師には俺に音が届くように無線を渡してあり、今現在は左目の追跡に奥村先生と当たっていた筈だった。途中妨害音波が入ったようで連絡が途絶えていたけれど京都に着いたあたりからは把握している。
さりげなくイヤホンをしながら、不浄王について所長が奥村先生たちに話しているのを盗聴した。
階下は騒がしいが人手不足なら呼びに来るだろうと思っていた矢先、俺の目の前にはフェレス卿が現れた。
会話が既に終わって通信が切断されたイヤホンをポケットに入れながら立ち上がるが、フェレス卿は大きいので立っても結局見上げる形になった。
「先ほどヴァチカン本部グリゴリ以下査問委員会賛成多数により、奥村燐の処刑が決定しました」
あらら、と思いながら頷く。
「よって、佐藤の役割を終了とし、不浄王討伐部隊の応援に行っていただきます」
「拝命いたします」
この瞬間から俺は候補生たちとは完全に別行動をとることになった。
暑いけど防御の為にコートを着て、念のため持ってきていたブーツもひっぱりだす。ポケットに免許があるのと、バッチがついてるのを確認してから外に出ると、指輪からの声が聞こえた。
『姿くらましする?』
「ううん、まだ良い」
姿くらましをすれば一瞬である程度の距離を縮めることはできるだろうけど、そこがどんな状況なのかは分からないので遠慮しておく。
地道に走っていると、途中で誰かが後ろから走って来る音が聞こえた。
「あ、志摩くんのお兄さん」
「んあ!?お前、廉造の友達やんか……候補生やなかったんか!」
追いついて来たのは金髪頭の金造さんだった。とても覚えやすくて良いと思う。
伊藤やったか、と言われて佐藤ですと返すけどそういえば佐藤じゃないやと思い至って言い直す。
「上二級祓魔師、です。よろしく」
「上二……て、やとォ!?バジリスクの!?」
「そうですね」
小さな王、蛇の王、爬虫類の王、大抵バジリスクと読ませているのでその通り名は正しい。もトム・リドルと言われるよりも耳障りが良いと言っていた。
「どこにおるんや!まだ出してへんやろな!?」
走りながらも警戒して辺りを見まわしてから今度ははっとして視界を少し遮る金造さん。
目を見たら死ぬという噂はやっぱり絶大だ。勿論噂は本当で目を合わせたら死ぬようだから良い対応だけれど。
「大丈夫、まだ出していません」
小指を立てて見せたけど、ここに居るとは知らないので無意味なポーズをとったことになる。
「出したとしても、目隠しをしているので危険は無いですよ」
「まあ細かいこたァええわ!!」
あ、いいんだ、と思ったけど口を噤んで走る。
体力がそんなにないので、スピードを上げた金造さんにはその後置いて行かれて、霧隠先生たちを見つけた時には金造さんの姿はあたりになかった。
「せんせーい!霧隠先生と奥村せんせーい!」
「んぁ?……ってハァア!?おま、佐藤!?」
「佐藤さん……!?」
「どうも〜遅れてすみませーん、待った?えへへ」
待ち合わせはしてないけど、笑いながら近寄ってみる。
二人ともやっぱり俺のことは知らなかったみたいで、こういう風に驚かれるとちょっとそわそわしてしまう。
2016-2-27