父親は最初から居なかった。
母親は僕を生んですぐに死んだと聞いた。
生まれたときからもうこの孤児院にいて、何年もの月日が流れた。
僕は、孤児院で愛情を受けることなく育った。別に愛情をそそいで欲しいなんて今は考えることもないけど(存在しないものだと認識をしはじめた)、退屈だな
と思う時が多々あった。
幼い子供たちが何人も暮らしているこの建物内で僕はあらかたの子供たちを把握し性格や特徴を見抜き暇をつぶした。そんな中、僕の知らないやつが、1人い
る。僕よりも年上で確かもうすぐ17歳の誕生日を迎えると聞いた。ほとんど部屋にこもっていて、そいつには、孤児院の大人は声をかけて食事を与えるなどし
かほとんどしないという。勝手にやっているのだそうだ。
名前からして、日本人らしい。
孤児院の大人や子供たちが噂するのを聞いただけだから、名前しかしらない。
確か……
。
少しだけ興味を持った。
ただ人を怖がって出てこない暗いやつなのか、本当にどこかおかしいやつなのか。
一時の暇つぶしになればいいと思い、
に目を向けることにきめた。
「
……朝ごはんを食べましょう」
いつも、孤児院の大人は一度だけ
に朝食を誘う。そしていつもそれに返事はない。
僕は興味を持ってから彼の隣の部屋へ移動し、時折物音を聞こうとしているが、今までうんともすんとも聞こえた試しがなかった。
本当に中に人が居るのかと思うほどに音がしない。
けれど、扉が開く音がして、トレイを部屋に引きずり込む音もする。ただ扉が閉まった後は物音が一切しなくてしばらくしたら扉があいてトレイが外に出される
という音がするのだ。そして何も聞こえなくなるのだ。
1日中隣の部屋の壁に耳をつけているなんて退屈で、僕は朝食の時に音を聞くということだけでいつも終わりにする。
今日も
の部屋の隣で目を覚また僕は
の部屋の扉のノック音がしたのを確認した。
「今日は17歳の誕生日ね、おめでとう」
誕生日はどうやら今日だったらしく、僕はぴくりとした。
それがどうしたという感じだが、何も知らない
のことをひとつ知った気分だ。
珍しいものの情報を得た気分になり少しだけ気分が良くなる。
カチャ……ギィ……ズズズ
扉が開かれ、トレイが引きずり込まれる音。いつもよりも大きく聞こえる。
パタンと扉が閉まりしばらくすると、初めて物音を聞いた。
カチャ……というほんの少しの音だったけど、それは何か特別に思えて仕方がなかった。
そして、僕は子供ながらに興奮した。心満たされたような気持ちで、僕は部屋を出て、
の部屋の扉の前で音を聞いた。本当に少ししか聞こえないけど僕は柄にもなく音を必死に拾ってしまった。
音が聞こえないと、耳を傍立たせる。それがまずかった。
いきなり、扉が開いた。
僕の目の前にあった扉が開いた。
それはつまり、
の部屋の扉。しまった、と思った途端体は硬直した。動けなくてただ出てきた人物を見上げることしかできなかった。
黒い髪の毛と眸。
僕の頭が彼の胸くらいの位置ほどの背の高さで、肌が白い。
白人と言われる僕よりも白い。
伸びた前髪の隙間から真っ黒な眸が静かに僕を見おろした。
(ああ、綺麗だ……)
今まで見たことのない人種だったわけではない。日本人くらい見たことある。
だけど道端を行く日本人よりも細く淡く凛とした姿。
幼さを残した柔らかそうな唇が気だるそうにゆっくりと開き、僕は
の口の動きを必死で追った。
「ゴチソウサマ……」
ぽそりとぶっきらぼうに呟かれた言葉が全身を駆け巡った。
はふ、っとかがんで僕の足元にトレイを置き、それ以降は何も言わずに扉を閉めてしまった。
姿は目に焼き付いた。
声は耳に絡みついた。
ふわりと香った香りは、僕たちと同じシャンプーの香り。
(もっと知りたい)
2010-06-22