EndlessSeventeen


CapriciousBalloon 06(リドル視点)

時々 は部屋から出てくるようになった。朝食の後片付けをしにリビングへ毎日降りてくる。その時間を見計らってリビングで待機していると、 に会えた。
は僕を見ると必ず近くに来て言葉をかける。単純な挨拶程度なのだけど、それに僕は上手く答えることができなかった。とてもうれしくて、 なんて言ったら嫌われないか、わからないのだ。

でも、 は僕が喋るまでじっと黙って待っていてくれた。
やっとの思いで出した言葉が酷く幼稚で簡単な言葉だったとしても、 はこくりと頷いて、優しげに目を細める。

僕の毎日の楽しみは、冒頭で述べたとおり、 が朝食のトレイを片しにくるときに鉢合わせすること。
朝のそのひとときで、報われた。それ以外は のことを考えて暇をつぶす。

僕は不思議な力を持っているらしく気味悪がられ、子供たちはおろか大人たちも近寄ってこないから のことを考えている時間がうんとある。それは本来逆でなければならないのかもしれないけど、今の僕には頭の中が でいっぱいに埋め尽くされることが嬉しい。

今日も一日 のことばかり考えていた。



の好きな食べ物は何だろう、 は毎日部屋で何をして過ごしているんだろう、 は今何を考えているんだろう。
聞いてみたいけど、実際に を目の前にすると口が重たくなる。
僕が喋るのを待っていてくれるけど、僕は焦ってどうでもいいことばかり言ってしまう。だから の口から のことをあまり聞けない。

ベッドに寝そべり寝がえりをうってまた に思いを馳せた。

下で騒ぐ子供の声にはっと我にかえると、もう夕暮れ時。
窓から下を見下ろそうと顔を窓から出すと、隣の の部屋の窓は開いていた。

(あ……)

名前を呟いたら顔をだしてくれるだろうか。聞こえてなかったら、無視をされたらと思うとやっぱり口は重たくなって、息が吐き出せなかった。
僕は頭をふるふると降って気分を変えようとする。

(今、部屋でなにしてるんだろ)

体を乗り出しても、 の部屋の中はみえない。
は眠ってるのかな、寝顔みてみたいな。
体を浮かせることはできるけど、他の子供たちに見られると厄介だ。なにより に見られたら嫌われてしまうかもしれない。
思いをぐっとこらえて、僕は部屋を出た。



(下からなら、 の部屋少しだけみえるかな)
庭に出ながらふいにそんなことを考えた。
すでに他の子供たちは家の中に入って行って、庭には僕1人だった。
の部屋の下まできて、ちらりと見上げると、窓はあけっぱなし。下から見上げているから、見えるのは部屋の天井だけで、それでも少しだけ 嬉しい。 と初めて会った日は部屋の中よりも のことを見ていたし、2度目もそんな感じだ。 がいたら しか見えない。

ぼんやりと見上げっぱなしでいると、ガサガサと木が揺れた。

(風がでてきたな……)

そろそろ中に戻ろうかと思って木の方に目を向けた途端、何かが木から降りてきた。
黒と、赤いものだった。



赤は風船だった。そういえば先ほど孤児院の子供が風船を持ち歩いていたのを見た。
黒は、

風船を掴んでふわりと芝生の上に降りてきた はまた裸足だった。
野生の美しい動物のような出で立ち。

……と口の中で彼の名を呟いた。
驚き顔も口も動かせないでいると、 は僕の眸を見おろし、口を開いた。

「きみの?」

風船のことを言っているのだろう。僕は、首を横に振ってちがうと呟く。
ふむ、と考え残念そうな顔をしてしまった

もしかして、僕のだと思って取ってくれたのかな。だとしたらすごく、嬉しいのに。

「あげる」

ずい、と手を差し出され、僕は再びぽかんとしてしまった。
あげるって、この、 が取ってくれた風船をあげるってこと?

「あり……がとう、」

喉がぴったりと張り付いててなかなか声が出なかった。
おずおずと受け取りながら、やっとの思いでありがとうとお礼を言うと、糸から の指がするりと抜けた。


すると、 はふんわりと笑みを浮かべた。

「どういたしまして」

そういって、 は僕の横を裸足で歩いて家の中に戻ってしまった。


緩みっぱなしの頬を隠すのに一生懸命になっていた僕は、 を追いかけなかった。

2010-06-26