それなりに、こちらの生活にも慣れて、俺が食事の片づけをダイニングに持ってくるのは習慣化し、誰も驚かなくなった。
相変わらず孤児院の大人たちは義務的で、愛をくれなかったが、その分子供同士は仲良くしようと結束を高め、毎日外で遊んだり部屋で賑やかに喋ったりとして
いた。
子供たちは幼い幼児から、十三歳くらいの少年や少女が主、トムもその中に入っている。俺は皆より頭ひとつぬきんでて、十七歳という設定になっている所為か
どうにも皆と慣れ親しむことはできない。
大人と認識されているのか、挨拶をかわそうとはしてくれないし、目が合えば逸らされパタパタと逃げていく。
引きとめるすべを知らないので俺はまたいつもどおりに部屋へ戻るのだった。
しかし、俺はともかくトムも避けられているらしい。ぼんやりと見つめた先には複数人の子供たちと、一人佇んでいたトム。まあ彼もひねくれてて魔力があるみ
たいだから原因はあるのだけど。
俺はその様子を遠くから見ていた。
十七歳にもなっていまだに孤児院で過ごしている俺って実は相当おかしいんじゃないかと最近思った。
俺よりも年上や同い年が居ないことからして、大体は働きに出たりするようだ。日本でも大抵そうだと思う。十五過ぎたら働くことは可能だ。
出て行けと言われないのはなぜか分からないけど、でもどうせ次の誕生日がきたらこの世界から俺は消えるからどうでもいっかなんて思ってベッドにごろんと寝
転がった。
英語の本をなんとか訳しながら一冊読み終え、背筋を伸ばすと開いていた窓からポーン、とボールが入ってきた。柔らかいゴム製のボールで俺の体には幸い当た
らなくて、ただころころと部屋へ転がって行った。
(ど、どうしよう……どうしよう!)
窓の外に投げ返したら良いんだろうか。
ひょい、と窓から顔を出して下を見おろしてみると誰も居なかった。
(あれ?)
子供たちが先ほどまで騒いでいた声は確かに聞こえた。
間違ったにしろわざとにしろ、ボールは返してほしいはずなのに、誰もいない。
逃げちゃったのだろうか。
そんなとき、ドタバタと階段を上がってくる足音。複数人の子供たちの声。キャアキャアと喋っている。
廊下を走って俺の部屋の前で止まる。
俺はボールをもったまま扉の近くへ行き耳をすませた。
『だ、誰かとってきてよう!』
『お前か行けよ』
『誰だよボールなげちゃったやつ!』
早口でかしましく喋る子供たちの英語は上手く聞き取れなかった。
(別に窓ガラス割ったわけでもないから怒らないけど)
部屋をノックする様子がなく、子供たちはずっとドアの外に居る。
(……俺に怒られるとか思ってるのかなあ)
『だめよ、私緊張してしゃべれない!』
『ぼくだって!』
(なんていってんだろう)
恐る恐る扉をノックする音がする。
コ、ココン……という微妙な音。
(ノック……だよね、今の)
カチャリと開けると背が低い幼い子供たちが数人俺のことを見上げて驚いていた。
出てくるとは思わなかったみたいな顔。
(え!ノックされたら出てくるよ!?)
『これ?』
青の柔らかいボールを手でぽよぽよと弄び、俺は彼らを見おろした。
『う、うん』
一番背の高い男の子がこくりと頷いた。
『気をつけるんだよ、……はい』
ボールを一番背の低い男の子の小さな手に優しくボールを置いて頭を撫でつける。
ぴくりと肩をふるわせた子供に苦笑いを浮かべてしまう。
(頭に手かざしたら、怖かったかな)
犬や猫も顔の前に手が現れるとびくりとするのを思い出す。子供もそうだ、ぶたれるかと思ってしまうらしい。
『ね、ねえ!』
ワンピースを着た女の子が口を開いた。呼びとめられたのはわかるので、『ん?』と首をかしげる。
『なんで部屋にこもっているの?』
『こも……?』
頭の中で必死に辞書をめくる感じで彼女の言葉を日本語に訳す。
『えと……用が、ないから』
ほんっとうに用がないから籠ってます。今はそうでもないんだけどなあ。
ぽりぽりと頬を掻く。
『トムとはなかよしだよね!?なんで?』
『トムはこわいんだよ!』
『やめたほうがいいよ!』
『へんなことするんだよ!』
『おっかないよ!』
『トムには近づかない方がいいよ!』
三人しかいないはずなのに口々に意見を投げつけられて、俺は狼狽えた。
聞きとって訳す暇が与えられない。一人が話しだすと一人が声を上げる。次々と英語が飛び交っていった。
でもトムの名前が出ているのは聞こえた。
トムがどうかしたんだろうか。でも分からない。
もっとゆっくり言ってくれたらいいのに。
『わからない』
『え?』
俺が口を開くと、ぴたりと喋るのを止めた子供たち。
『なにをいってるの?わからない』
(もう一回ゆっくり順を追って駄目耳にも聞こえるように一人ずつ喋ろうね、うん)
子供たちの顔が凍りついた。
言い方が怖かったのかな。
『もういっかい、いって?』
にこり、と笑って見せたが、子供たちはたじろいだ。
そして『ごめんなさい!!』と叫んでから三人はばたばたと逃げさっていった。
ぽつん、と廊下に取り残され、子供たちの背中は角を曲がって階段を駆け下り見えなくなった。
すると今度は隣の部屋からリドルが飛び出してきた。
『
……ッ』
『あ、……やあ』
何やら焦りやら困りやら怒りが含まれた顔。うわーごめんなさい、俺なんか子供たちをあしらっちゃったかもしれないごめんなさい。たじたじになっておろおろ
していると、リドルはずかずかと俺に近寄ってくる。
『僕が、気味悪い?』
はっきり、聞きとれるようなゆっくりさで言ったトムにきょとんとした。
『なんで?ぜんぜん……』
ふりふりと首を横に振るとトムは眉間のしわを少し和らげる。
『かわいい』
トムはかわいい、と思ってそれを口に出す。
本に目を輝かせて、夜眠れずに出歩いてたり、木から飛び降りた俺に吃驚してたり、風船まだ部屋に持ってたり(なぜまだガス抜けしてないのかは聞かないでお
いた)、ソファに座るとぴったりと寄り添ってきたり、遊んでいる子供たちをじっと見てたり。
『きみは、とってもかわいい』
だから大好きだなあって思ってえへへと笑うとリドルは吃驚した顔をした。
それから、へにゃりと笑った。
『わらった』
『え?』
笑顔見たの初めてだと思って、つい指摘をした。もしかして照れて次からやってくれなくなるかもしれないけど。
『わらうの……ね、かわいい』
『すっごく』
付け加えて、リドルの頭をなでてみた。
ぴくりと肩を動かさない。リドルは俺の手に驚かない。だからやっぱり一番可愛い子。
2010-07-04