ここに来てから数日ほど経ったけど、俺はまだトムに会えていない。アルバスはトムが居ると言っていたから時代が違うわけではないのだろうけど、本当
はトムいないのでは、という気になってしまう。
もしかして、俺トムに嫌われちゃってるのかもしれない。何も言わずに出て行ったからトム怒ったのかな。
図書館のカウンターに座って物憂げに肘をついてあたりを見渡した。図書館に十中八九居るというのにトムの姿が見えないのはどういうことだろう。そりゃ時々
昼寝してしまったり、本に没頭してしまったり、ふらふら本棚の隙間を歩き回ってはいるけど。
くあ、とあくびが出てしまったので本で顔を隠す。目がとろりとしてきて眠たいかもしれない。
窓の近くにイスを動かし壁に寄りかかって目を瞑るとすぐにまどろみが襲ってくる。トムが来ないなら俺寝ちゃうから。知らないから。
『あのう、
さん……』
「んあ?」
いつの間にか眠りこけていた俺は声により目が覚めた。一瞬何を言われているのか分からなかったけど自分の名前だけは理解できた。目を開けて声のほうを見る
と見知らぬ男子生徒がカウンタに立っていた。
「あー……寝てた……」
ぼそぼそと独り言を呟いて目を擦ってからゆっくり立ち上がりか男子生徒の傍に近寄る。
『……貸し出しかい』
『ええ』
貸し出し手続きを済ませようにも、貸し出し手続きは司書さんの仕事で俺にはできない。なんてったって魔法を使うんだもんさ。俺は魔力がない。
司書さんがどこら辺に居るのかはちょっと分からないけど多分すぐ戻ってくるはずだからそれまで引き止めておけばいいかな、人少ないから並ばないだろうし。
『これ読むの?』
『あ、は、はい……』
『三章のお話がね、俺すきなんだ』
『
さんもお読みになったんですか?』
『ん、暇をもてあましてる身なので』
魔法使いの旅の手記みたいなもので、面白おかしく書かれている。俺も暇つぶしに読んでみたけど、割と楽しいものだった。英語の本だから読むのに時間がか
かってしまうけどここに居ると時間は腐るほどあって、ゆっくり読み進めたら読めたのだ。
『あら貸し出し?』
司書さんがやってきたので貸し出し手続きをお願いして、俺は返却された本を本棚に戻す役割を買って出た。大体のおき場所はなんとなく分かったので本を抱え
てカウンターから出た。
本棚の合間をぬって目的の本棚辺りまでくると、抱えていた本がふわふわと浮かびだす。アルバスにもらったブレスレットのおかげだ。
魔法が使えないことは生徒には内緒にしておくことになっていて、仕事に魔法を使う際はアルバスがあらかじめ魔法を用意してくれていた。本を棚に戻す時や、
高いところの本をとるとき、念じたら勝手に浮かんでくれるのだそうだ。
それ以外の能力はないから、貸し出し手続きなどはできないんだけど。
あらかた本を片付け終わり、暖かな日差しが窓から降り注ぐ一角に腰を下ろした。
『
……』
「?」
自分の手元を見やると靴が見えた。見上げると懐かしいけれど少し成長した顔があった。声は聞き覚えのある声から少しだけ低いものに変わっていた。
『ひさしぶりだね』
ああ、トムだ。
そう思ったら笑みが浮かんできて、しまりない顔で挨拶をしてしまった。こんなに大きくなって、俺は嬉しいですよ。頭を撫でようとそのまま両手を彼に向ける
と、トムはふるふる震えて、俺の上にのしかかって抱きついた。いつまでたっても甘えんぼさんなのか。
『
、……
会いたかった、どうして今まで会えなかったの?』
すんすん、と俺の肩口で泣き声を漏らすトムの背中をぽんぽんと叩いてあやした。
***
に会うために図書館へ通った。
が来た次の日の図書館はとても混んでいた。きっと
を見に来ているのだろう。僕の、僕だけの
だったのに今は違うみたい。あまりに人が多くて、僕は彼に会えずに図書室を後にした。
『
さんは?』
『なんか今お散歩中なんですって』
『お昼寝中とも聞いたけど』
女生徒たちの会話を耳にして、
が今カウンターに居ないのだと知ったのは次の日。昼寝や散歩なんて、
らしいなあ。でも、それでは僕はどうやったら
に会えるんだろう。昨日粘ればよかったなと思ってから、図書館を軽く覗いてから寮に戻った。
次の日もなんだか図書館は人がたくさん居た。勉強をしている人たちもなんだかそわそわしていて、カウンターのほうを見ていた。僕も同じ方向に目を向ける
と、本を読みながらうとうとと眠りつつある
が目に入った。
あの頃と変わらない若さで、少しだけ伸びた髪の毛が首筋を伝って鎖骨にかかっている。シャツの胸元が少し開いているし、無防備に開かれた唇も綺麗で、ここ
に居る皆が彼を見ているのだと思うと胸が締め付けられる。
彼が眠っているから図書館では静かにしていて、カウンターに近づき彼に話かけるものは誰もいない。絶好のチャンスだったのだけど、僕も彼の眠りの妨げには
なりたくなくて近づかなかった。
そんな矢先に、僕が本棚の影から
の眠り顔を見つめていると1人の男子生徒がカウンターへ近寄った。
は普段から貸し出し手続きを行わないから司書が居ない時は待っていなきゃならないのだけど、男子生徒は
に声をかけた。
はきっと怒らないだろう。とっても優しい人だから。でもその優しい
の睡眠の邪魔は何人たりともしてはいけない。
を起こして、
に笑顔を向けられて、
に話しかけられるなんて、そんなのずるいじゃないか。僕がどれだけ待ったと思っているんだ。
抱きつきにいきたいのに、皆が僕の邪魔だった。
男子生徒が
と笑顔で会話をしているところにやっと司書が戻ってきた。あの司書ずっとカウンターに居ればいいのに。そうだったら僕の
があんな男子生徒に昼寝を邪魔されることもなかったし、笑顔を向けることもなかったのに。
司書が戻ってくるなり
は本を抱えてカウンターから出た。きっと本棚に戻しに行ったのだろう。僕はひっそりと彼の後を着いていく。人の間を上手にすり抜けて本
棚の奥まったところへ入っていく
をぱたぱたと追いかける。何とか追いついた時には、
が本棚に本を戻す作業をしているときだった。何も喋っていないのに本が
の指示によって本棚に戻っていく。やっぱり
はすごい人なんだ。嬉しくて誇らしいと同時に不安が立ち込めてくる。
は僕のこと忘れて無いだろうか。
僕のこと、嫌いになって無いだろうか。
おずおず、と彼に近寄る。
は僕に気がつかずに本棚の影に座ってしまった。このチャンスを逃せば、僕は次いつ
に声をかけられるかわからないのだ。今声をかけなければいけない。
「……
っ」
小さくて、震えるような声になってしまった。きっと聞こえはしないだろう、と思った。そのくらい小さく弱弱しい声だった。けれど
は僕を見上げた。そして蕩けそうな笑顔で言ったのだ。
「ひさしぶりだね」
両の手を僕に向かって差し出した。僕は耐え切れずに
の膝の上に圧し掛かって抱きついた。今まで触れなかった分ぎゅうぎゅうと力強く。
「
、
……会いたかった、どうして今まで会えなかったの?」
何もかもが懐かしい。
の香り、
の感触、
の声、
の息遣い、
の手。
背中に回された手が酷く落ち着く。小さかった僕の背中をさすってくれた手も、大きくなった僕の背中をあやすように叩く手も、どちらも暖かくて大好きなも
の。
頬に擦り寄ってそっと唇を寄せて
を確かめる。
「ふふ……」
耳に息がかかるとくすぐったそうに笑うところも、
だ。
やっぱり
がここにいるんだ。僕を受け止めてくれてるんだと思うと、すごく安心した。
2011-04-12