EndlessSeventeen


CapriciousCat 04

トムがまだ孤児院にいた頃、ぎゅっと抱きしめることはもちろん、頬に擦り寄るのも、瞼にキスをするのも、手を繋いで眠るのも常だったのだけど、大き くなったトムにこうして頬にキスをされるとは思っても見なかった。外人のスキンシップは激しいのはわかっていたけど、相変わらずトムは甘えん坊さんだ。
子供の頃はなだめるために俺からもキスを送っていたけど、さすがに同年代の男の子にするのはどうだろうと、抱きしめ返すだけに留めた。
トムは当然俺よりも大きくなっていたし、本当に男前に育っていた。魅力的な眸や聡明そうな眉、形の良い薄い唇や綺麗な肌。程よい長身と細身の体は抱きしめ られるとどこか安心してしまいそうな優しさを兼ね備えてた。

『ここが、 の部屋?』
きょろ、と遠慮がちに俺の部屋を見渡したトムにうんと頷く。ホグワーツ風のつくりに変わっていて、雰囲気が少し違うため、トムにとっては新鮮なのだろう。
それでもあるものは大体変わらないから、前みたいにテーブルやイスがあってそこにトムを座らせてから俺はミルクココアを出した。食器仕舞ってあったカップ には昔トムが使っていたものもあるから、そのカップを使って。

『これ……』
『懐かしいでしょ』
『持ってて……くれたんだね』
『捨てられないよ』

トムはカップを見るなり驚いて俺を見上げる。トムもこのカップには見覚えがあるみたいで俺は嬉しくて微笑みながら向かいに座る。
トムも嬉しそうにカップを手に取り、そっと口を寄せたので俺もミルクココアに口をつけた。

温かくて甘い味が口から体に染み渡る。

、聞いても……いい?』
『うん?』

テーブルにことんとカップをおいたトムはおずおずと口を開き俺の表情を窺った。

『どうして、見た目が変わらないの?』

そう聞かれると思っていた。なんて答えたらいいかと言うのは決まっていた。

『永遠の、十七歳だから』

そうとしかいえないのだ。不思議な自分の生き方に原因も理由も意味も影響も見出せない。ただただ17歳を生き続けている。

『色々な世界で、旅をしてる』
『世界?』
『ここじゃない、どうやって行ったらいいかも分からない、そんな世界だよ』

そのたびに、十七歳にリセットされちゃうんだと笑いながら冷め始めたぬるいミルクココアをすする。カップを口に当てちらりとトムの様子をみるとぽかんとし ている。
信じられなくてもいいのだけど、一応彼には教えておかないとかわいそうだ。
アルバスから聞いた話では、俺がいなくなって大層しょげてくれたようだし。

『だから、ここにいるのも一年だけだよ』

だから、大事なことを、言わなければならないのだ。
こうして君と一緒にいられるのは今年だけなのだと、教えなければいけない。
トムは目を丸めて持っていたカップを呆然とテーブルの上に置いた。

『う、そ……』
『ほんと。君がホグワーツへ行ってしまってから、会えなくなったでしょう?』
『……』
『居たい、居たくない関係なしに、一年きっかりで俺は消えちゃう』
『そんな……折角会えたのに』
『大丈夫、いい子にしてればまた会えるよ』

そのときはどうか最強最悪の闇の魔法使いになっていませんように。
テーブルを挟んで、トムの柔らかい髪の毛に手をのせてなでつけた。

じわりと眸を潤ませたトムはやっぱりまだ子供だった。




***




の部屋は、図書館の書架から入れる。内装が孤児院にいたときと変わっているのはあたりまえなのだけど、なんだか不思議な気分だ。少しだ け周りを見渡しながらあの頃との違いを探してみたりする。

応接用のテーブルとイスはかわってなくて、あの頃のように僕が座ると、 はミルクココアを出してくれた。
僕の分のマグカップは、孤児院にいた時にいつも僕に出してくれていたカップだった。驚いて言葉に詰まりながらも尋ねると、 は得意げに懐かしいでしょうと笑った。

「持ってて……くれたんだね」
「捨てられないよ」

感動に胸を震わせた。
涙が出そうになるのを誤魔化そうとミルクココアに口を寄せてゆっくりと飲むと、 の味が体内を優しくなぜる。
こういう時間や雰囲気がとても好きだった。何を話すでもなくお互いの存在を噛み締めながら静かに過ごすこのひとときが、僕にとってはなにより幸福を感じら れた。
元来そんなに口数の多くない僕らはこの沈黙を重んじていた。けれど、 にはどうしても聞きたいことがあった。


「聞いても・・いい?」

名を呼ぶと、 はうん?と首をかしげた。

「どうして、見た目が変わらないの?」

どうして、 のままなの。どうしていなかったの。どうして、現れたの。

「永遠の、十七歳だから」
永遠の十七歳という言葉に首を傾げると、 はゆっくりと僕に話して聞かせてくれた。

「色々な世界で、旅をしてる」
「世界?」

外国とかだろうか、と思ったけど は違うと答えた。
移動するたびに、十七歳から始まって、18歳になる前に消えちゃうのだといった。
だから、十八歳の誕生日にはこの世界にはいなかった。
だから、僕が届けたバースデープレゼントは にわたることはなかった。
だから、今年も十七歳なのだ。
だから、……十八歳の誕生日は祝えないのだ。

だから。


「だから、ここにいるのも一年だけだよ」

考えたくなかった。聞きたくなかった。知りたくなかった。
嘘・・と言ってほしかった。けれど、どうしてもそうなのだと僕には分かった。だってどんなに探しても は見つからなかったのだから。
思わずうそ、と呟いたが は残念ながらと否定した。

「ほんと。君がホグワーツへ行ってしまってから、会えなくなったでしょう?」
なにもいえなくて、僕は の言葉をただただきいた。
久々に聞いた声は懐かしくて寂しげなのに、どこまでも優しい。
「居たい、居たくない関係なしに、一年きっかりで俺は消えちゃう」
「そんな……折角会えたのに」
「大丈夫、いい子にしてればまた会えるよ」

テーブルの向こうから の手が近づいてきて僕の頭を撫でた。
の手は僕の手よりももう小さくなっていた。

するりと指を絡ませて確かめるように握ると、 は安心させるように握り返してくれた。温かくて細くて、僕よりもほんの少し小さい掌にそっとキスをすると目の前の はくすぐったそうに身をよじった。


待ってるよ、 。君がまた僕に会いに来てくれることを信じて、いい子にして待ってる。
だから、絶対に絶対に、絶対、僕に会いに来てぎゅうって抱きしめて、頬にキスをさせてね。

じわり、と眸が熱を持つのを感じた。

2011-05-19