俺は随分長い時間、旅をしてきた。
色々な人と出会い、共に過ごし、そして別れた。寂しくないわけではなかったけれど、次の場所で新たな出会いがあれば、再会があれば、平気だった。特別な人
が居なかったから、そう思っていたんだ。
皆のことは好きだ。
でも、愛してはいない。
じゃあまたね、と挨拶をして長い時間会わずにいてもきっとまたどこかで会った時にやあと挨拶できればいい。好きだから、それで大丈夫だ。会わない間は別の
好きな人と楽しく笑っていられるのだから。
それが、どうしてだか、俺は今寂しくて寂しくて堪らない。
明日は俺の誕生日だから、もう別れが近づいてきている。俺が行ってしまうと分かっているから、
は少しでも傍に居たいと今も隣に座っている。ただ何をするでもなく、俺の手を優しく握って、肩にもたれかかって目を瞑っている。
このぬくもりが愛おしい。
この重みが愛おしい。
この人がたまらなく愛おしいのだ。
『
』
『うん?』
『あたたかいね、
は』
すり、と肩に擦り寄ってくる様子が可愛らしい。俺は、手をぎゅっと握り返しながらクスクスと笑った。
『どっちも変わらないよ?』
『そう?……ああ、じゃあひとつになったんだね』
『ひとつに?』
『うん。僕と
がぴったりくっついて、体温を分け合ったから』
『ああ、そうか。あったかいね』
小さな頃から知っていた。一年だったけれど毎日のように一緒にいた日々は昨日の事のように思い出せる。そして再会してからはもっともっとずっと一緒にいた
ように思う。今まで会えなかった時間の分を埋めるように、そしてこれから会えなくなる分を溜めるように。
最初は友達になれたと思っていて、次は弟のようだと可愛がった。俺の内面が歳をとったからか息子のように思っていた時期もあった。今は家族のように思って
いる。
親子とか兄弟とかじゃなくて、まるで愛している人のようで、死ぬまで傍に居ることが当たり前なんじゃないかと思ってしまった。
けれどそれは大きな思い違いだ。
確かに俺は愛されていると思う。
確かに俺は、愛している。
でも傍に居ることはできないのだ。俺のこの体質の所為で。
『
』
『ん?』
『だいすき』
『……、ありがと』
何度も愛を囁いてくれる度に嬉しかった。その反面、悲しかった。
ありがとうとしかいえない自分が情けなくて、この状況を呪った。
『あと、少しだね……』
時計を見て呟くと、
は握る力を強めた。
『ねえ、僕が大好きって言うたびに、困ってる?』
『え?』
『ぴったりくっついているから、わかるんだ』
『……』
ああ、バレていた。俺が愛を囁かれる度にドキッとしていることが。俺も愛しているのに応えられない後ろめたさが、きっと伝わっていた。
『ねえ、また、会いに来てくれるんだよね?』
『わからない、でも、きっと会いに来る』
不安そうな眸が俺を見て揺れた。
ちょっとだけ声が震え、ぎこちない笑みを浮かべて答えた。
『絶対って言い切れないんでしょ?』
『うん』
『もしかしたら、一生
に会えないかもしれないんだね……』
『そ、んなこと、……』
言わないで欲しい。
俺だって、苦しくてたまらない。今すぐ抱きしめて愛してるって叫びたいのに。
悲痛な声が自分の胸の中を駆け巡る。
『愛してる、
』
『もう、やめてくれ、
』
『どうして……?これから会えない分たくさん言いたいんだ……』
声を振り絞って、
の肩を掴んだ。
は俺の腕にそっと触れて、顔を覗き込んでくる。口を開いたら嗚咽が漏れてしまいそうで、目を開いたら涙が零れ落ちてしまいそうで、
ぎゅっと閉じた。
『
、お願い。僕のことをどう思っているかだけ聞かせて欲しいんだ』
君は、僕が君に恋心を抱いていることくらいわかるだろ?と震える声で甘く耳に囁いた。
わかってるさ。だからこそ、辛いんじゃないか。
『僕はなんとなく
が僕を少しは好いてくれていると思ってる』
『……』
『でも、それがどういう好きなのか、君からは一向に伝わってこない……お願い、教えて?』
『……っ……、
』
そうこうしている間に時間は刻々と迫ってきていた。
誕生日が来るのがこんなにも嬉しくないなんて、初めてだ。
やっと顔を上げて、目を開いて、口を開いて、声を出した。
そしたら、やっぱりぽろりと涙が零れてしまった。
『
……?』
『み、ないで……』
自分の片手で顔をそっと隠す。
『言えない……言ったら、辛くなるだろ』
『どうして?聞かないほうが辛い……
だって、言ったらすっきりするかもしれない』
言いたくて堪らなかったのに、こんな風に促されたら枷が外れてしまう。
あまり時間がないから、
は少し焦った声で優しく俺を諭した。うんと年下のはずなのに、ちゃんと歳をとっているから成長しているんだなと心の隅で冷静に考えた。
あんな小さな子供だったのに、今では思わず見惚れてしまうくらい綺麗な青年になっている。
『前、言ってたよね、ずっとこのままいられたらいいのにって』
『うん、言ったよ。僕は
と永遠に共に居たいから』
『俺も、そう思うよって、言ったよね』
『ん……』
『ほんとだよ』
困ったように笑って見せた。
にもらった指輪がついている指先で、俺があげたピアスをつけた
の耳たぶにそっと触れた。
『一緒に居たいよ。ずっと』
一緒に歳をとれたら、どんなに幸せだろう。
一緒に世界を飛び越えられたら、どんなに嬉しいだろう。
明日も明後日も、来年も再来年も、こうして手を繋いでいたいな。
『離れたくない、悲しい……』
『……
……ッ……!』
がばりと抱きしめられた。
俺も抱きしめ返して、いつのまにか広くなっていた
の背中をそっと撫でた。
の肩に俺の涙が吸われる。
あと、数秒で0時だ。
そっと鼻の頭にキスをしてから笑いあって、額をこつんとあわせた。
唇が触れ合いそうな位置で、鼻と鼻をぴたりとくっつければ、
の温かい息が唇を撫でる。
『あいしてる、
』
『────────…………、…………』
2012-01-26