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おばけなんてこわくない 07(真砂子視点)

霊能関係者の中でも さんの名前は有名でしたが、姿も力の強さも存じ上げませんでした。ただ、解決できない事件はない最後の砦という噂だけ。
あたくしが一度 さんにお縋りしたのも、やっとの事でした。何人もの紹介を頂いてようやく彼にお手紙を届けることが可能になりましたの。手紙が届いて三日後、件の現場へ行きますと、霊は何処にも居りませんでした。
お礼をしたかったのですが、 さんはお礼をお受け取りにならないようで、それ以降 さんにコンタクトはとれません。霊を除霊したのか浄霊したのかも気になる所でしたが、 さんの事を必要以上に詮索しないのが、彼の力を借りるにあたっての条件だったのです。
どのようなお姿かも分からないまま、この洋館の依頼を受け、彼の名前を紹介されたときは本当に驚きました。
お力の程を拝見できるかと期待しましたが、彼は最後まで手を出す気はなかったようで、 さんと一緒に散歩をしているだけでした。霊を視ているのか、サイコメトリをしているのか、定かではありませんでしたが彼の口ぶりは全て分かっているかのようでした。麻衣に忠告を与えたときの神妙な顔つきは、少し怖いとさえ思いました。
人が三人も居なくなって、とうとう さんならどうにかしてくれないかと、五十嵐先生に縋られていたときの彼の寂しそうな顔を見て、あたくしは少し悲しくなりました。きっと彼は一番にあの三人が亡くなった事に気づいていたのですわ。
そして、あたくしたちをまず助ける事を選んでくださった。
「生きているあなたたちなら助けられる。今すぐこの家を出て行きさえすれば、ね」
ナルも同意見だったようで話に加わり、あたくしたちは撤退することになりました。もともとのナルの依頼は森さんからの”オリヴァー・デイヴィス博士とトム・リドル氏がタッグを組んでいる”という噂を確かめに来ただけだったのです。トム・リドル氏の方は本当に偽物かも分からない状態でしたが今日はっきりとしました。
嘘をつかれていたと分かった麻衣が怒ってナルの正体をバラすと、 さんは笑っていらっしゃいました。
彼もどうやら撤退する様子なので、ウラドには手を出さないつもりなのでしょう。
しかし、手紙で頼まれて来たということはもしかしたら、あたくしたちが去ったあと、何かするのではないかと思いました。彼は仕事をしている所を誰にも見せた事はないのですもの。


さんがあたくしを見つけてくださって、一緒に連れ去られた時ほっとしました。一人ではないことの心強さ以上に、どんな霊にも屈しないと噂されている方だったのですもの。
それに加えて、とても優しい顔をしたナルが、あたくしの目の前に現れて、励ましてくださいました。素敵な笑顔をあたくしに向けてくださるんですの。 さんもきょとんとした顔をしていらして、首を傾げてナルの様子に訝しんでいました。
今度は麻衣が来てくださって、あたくしはもう死んでしまっているのかと思いました。本当は一人で来て、死んで、それから さんもナルも麻衣も、あたくしの見ている夢なのではと。
そんなことないと、麻衣が励ましてくれて、鍵をくださってから少し心が軽くなりました。 さんもあたくしの肩に手を置いてくださって、その温かさが伝わってきます。
「谷山さんと が、きっと俺たちを見つけてくれるよ」
ちょうど良い低さの、落ち着いた声色が安心させてくださいました。
「がんばろう」
「はい」
それから、二人で体力を温存しながらじっと待ちました。 さんが霊を寄せ付けないでいてくれているようで、気も少し楽になります。
ばたばた、と言う音とともに麻衣が入って来たのは、それから一時間くらい経ったころでした。

「真砂子!!」

駆け寄って来た麻衣を、今度は本物なのだと見上げました。 さんもすこしほっとため息を吐いていらっしゃいます。
怪我がないかとしきりに尋ねる麻衣に受け答えるけれど、ピチョンと何かが垂れる音ではっとしました。おぞましい何かが、這い出てくるような感覚。
血を張った浴槽から、ウラドが起き上がりました。麻衣が咄嗟に九字をきったのでもう一度浴槽に倒れ込みます。
「っ、」
一番早く動いたのは さんで、あたくしと麻衣の腕を掴んで部屋の出入り口であるドアの外に突き飛ばされました。どさ、と二人して転んだときそこに さんが立っていたのが分かります。
逃げなくては。 さんと さんも一緒に。
そう思ったけれどなかなか声が出ません。

「おいで、

さんが微笑んでこちらを見ました。なんて、綺麗な笑み。
美形といったら さんやナルで、 さんの容姿は決して悪くはないけれどその二人のような華やいだ感じはありませんでした。けれど、今までみた誰の笑顔よりも綺麗な表情でしたの。
彼の後ろにゆらりと近づいてくるウラドの影が無ければ、ぼうっと見惚れていたに違いありません。
危ない、逃げてください。 さんも、行ってはいけません。そう声にならない叫びが開いた口から音にならずに吐き出されました。ドクンドクンと心臓の音さえも聞こえます。

ぶわり、と風が吹きました。あたくしの髪がふわりと浮き上がり、咄嗟に目をきゅっと瞑ります。風は、この薄暗く寒い部屋には不釣り合いな温かさをもっていて、目を開ければもうそこには手を繋いでいる さんと さんしか居ませんでした。
ウラドの気配も、殺された方の残留思念も、全て無くなっていました。

「さ、帰ろう。手を貸せないんだけど、立てるかな?」
「え、ええ」
二言三言、会話をして さんは さんを抱き上げました。そしてのんびりとした足取りでこちらに来て、座り込むあたくしたちを見下ろします。何があったのかいまいち分からない、夢を見ていた気分です。
彼の言葉にはっとして麻衣と二人で立ち上がります。
それからすぐに、ナルたちがやってきました。飄々とした態度の さんは決して自分からウラドを祓ったとは言いませんでしたがこの場にいた誰もが、彼の偉業だと分かっていました。
どうやったのだと聞かれても答えてくれない彼に見かねてナルがあたくしたちを見ますが、全く記憶になくて困ってしまいました。本当に、夢を見ていたようでした。何があったのか、よく思い出せないのです。

ようやく見覚えのある廊下に出ました。
「あれ、ナルナル何か落としたよ」
「……どうも。普通に呼んでくださいませんか さん」
ナルが何かを落としたようで さんが呼びかけます。あんまりな呼び方にナルも眉をしかめます。
ごめんねナルくん、と笑顔で呼び直す さんに、はあとため息を吐くばかり。
滝川さんがひょい、と拾ったナルの落とし物はあたくしの櫛でした。麻衣は激しく食いついていますが、きっとサイコメトリしてくださったのだとこっそり嬉しく思いました。心配してくださったのね。

ナルはすたすたと歩いて行ってしまい、 さんも さんを寝かせる為か、先に行きました。
あたくしたちも遅ればせながら休む為に歩きます。
「しかしまあ、すげえ二人組だったわけだなあいつらは」
「一方はESPで一方はPKね」
滝川さんがため息まじりに呟き、松崎さんも同意するように呟きます。どうやら さんは壁を砕くほどの念力を持っていたようです。
「もしかして、 さんはトム・リドル氏なんじゃないですやろか」
「え?あんなちっちゃいのに?」
「年齢はあんま関係ねえさ。……確かにな、言動を見てるとそういう節もあるわな」
ブラウンさんが仮想をひとつ漏らせばたちまちそれが当てはまります。 さんが偽のトム・リドル氏に釘をさしていたのもそのためだったのでしょうか。
結局本人に聞く以外確かめる術はありません。わからないまま、あたくしたちは部屋へ戻り、すぐに休みました。

次の日の朝起きてすぐに荷物を洋館の外へ運び出しますと、大橋さんが見送りをしてくださいました。 さんはもう既に帰られていたそうで、あたくしたちが昨日見た背中が最後の彼となりました。もう会えないのかもしれません。麻衣も隣で、せっかく仲良くなれたと思ったのにと沈んでいます。
今回姿を見られた事だけでも、きっと奇跡なのだからと、麻衣と自分に言い聞かせました。
それでもまた、お二人の姿を見たいと思うのです。




2013-12-19