EndlessSeventeen


おばけなんてこわくない 11(主人公視点)

長野駅へ向かい、新幹線のチケットを購入した。一時間半程度で東京駅に着いて、熱気と人にごった返す東京駅構内を移動して地下鉄に乗り、渋谷へ向かった。
到着した頃にはすっかり昼だ。食事をとれる場所を探しつつ、渋谷サイキック・リサーチを探す事に決めた。平日といえど夏休みまっさかりなわけで、ジャンクフードの店から高そうなカフェまで人々でにぎわう。

仕方なしに混雑するカフェに入って、ようやく足を落ち着けた。プレートに乗った小さなサンドイッチをゆっくりと咀嚼しながら窓から渋谷の町をじいっと見つめる。

ふと、SPRの文字を見つけて目を見開く、SPRと言えば昔トム・リドルに一度実験の協力要請をしてきた機関ではなかっただろうか。しかし、その頃からすっかりものぐさになっていたは断ったのだ。たしか、オリヴァー・デイヴィス博士もそこの研究者だったと聞いた事もある。
なにか、関係がありそうな予感がした。
道路を挟んだ向こう側にあるカフェの上のテナントに、控えめに綴られたその三文字はひっそりとなりを潜めている。じっと見つめるが、やっぱり見間違いではない。

昼食を終えて自分のプレートをカウンターへ返してカフェを出ると、むわりと熱気が襲う。あつ、と吐息だけで夏に悪態をついて先ほど見かけたSPRに目を戻した。
ちょっと近くまで行ってみようと、道路をわたって階段を上がる。階下の渋谷の町並みやにぎわうカフェとは何処か違う、きりとった様な場所だった。少し薄暗く、普通に通りかかったとしても特に気にも留めない雰囲気。

「Shibuya Psychic Research……?」

SPRの下に申し訳程度の小さな文字で綴られた文章を読み上げて、ぎょっと目を見開いた。渋谷サイキック・リサーチではないか。偶然にもSPRと略せるんだとアハ体験すれば、渋谷サイキック・リサーチを発見した事に対する感動は薄かった。
これも運命ってやつなのだろう。出来すぎている設定に俺はいちいち驚くほどピュアではなくなっているのかもしれない。

「あのう、何か御用ですか?」

じいっと見つめていると、背後から遠慮がちな声が投げかけられる。振り向けば高校生くらいの女の子が俺をいぶかしげに見ていた。
此処の人?と尋ねると調査員ではないけど事務員ですと言われた。

「調査員の人とか、所長さんは?」
「いま、調査に出かけています」

依頼内容はお伺いできるんですけど所長が受けるかもわからないし、いつになるかもわからないと少女は言った。運命の神様は俺に味方してるのかしてないのか、本当どっちなの。
「いつになるのか分からないのかあ……出直します」
「あ、お名前は?」
メモを取ろうと鞄をごそごそ探りながら言う少女に、ですと名乗るとぱっと顔を上げた。くん?と呼ばれる。はて、俺の知り合いだっただろうかと首を傾げると、我に返った少女は慌てて謝った。どうやら谷山さんから俺の事を聞いていて、つい呼んでしまったらしい。
「すごい霊能者さんなんですよね?姿を見られるだけでもラッキーって!あたし凄いラッキーですよねこれって」
「俺を知ってる人が少ないだけですよ」
高橋さんと名乗った少女は俺を事務所に入れてくれた。

座ってと促されてソファに腰を下ろす。どこからかお茶を持って来てくれたので一口だけ飲んでテーブルの上に置いた。
いつのまにか空調の音がして、部屋は少しずつ涼しくなって行った。
さっきまでカフェに居たから大して汗をかいていなかったので俺は平気だったけれど、駅から歩いて来たらしい高橋さんはようやく休まる顔をして俺の前に腰を下ろした。


ナルくんがどこに住んでるのか知らないのでつい聞いてみた所、高橋さんも知らないらしい。あの人は本当に謎なの、と苦笑いをされる。
電話も郵便物も、とる事を許されていないのでお客さんが来たときにお茶を出したり、留守中の来客に備える程度なのだそうだ。まさしく彼女は今仕事内容を全うしてくれてるわけだった。
「依頼……てわけじゃ、ないんだよね?」
「ああ、うん。遊びに来たんだ」
すっかりお互いに敬語は無くなって、屈託なく会話をする。ナルくんの住所も知らないんじゃ、家族とかも知らないだろうとそれ以上聞く事は出来なかった。
どのくらいで帰ってくるかだけでも聞きたい所なんだけど、解決次第帰ってくるそうだからまだ分からない。
「いつも帰る前に連絡くれたりはするんだけどね」
「直前にならないと分からないのか……」
「そー。こっちから連絡とるのも……できなくはないけど」
依頼主の家に行っている為、連絡先はわかるようだけど、その依頼主を通す訳だからくだらない内容では連絡することもできない。高橋さんの自信のなさそうな顔にくすりと笑って、遊びに来ただけだから良いよと返した。
「今回のは結構長くなりそうかも……なんてったって石川まで行ってるから」
「石川?ずいぶん遠いねえ」
「能登半島の方なんだって……しかも車で」
「へえ……相当時間掛かりそう」

長野よりもっと遠くではないかと地図を頭の中で思い浮かべた。

まだ、たろとナルくんは会えない運命のようだ。今日この場所を知れただけでも儲け物だと考えて、高橋さんと別れた。




長野へ戻ればもう空は真っ暗になっていて、電車とタクシーを使って家に着いた。インターホンを押すとが走ってドアを開けにきてくれて、飛びつかれる。後ろからゆっくりと歩いてくるたろも微笑んで出迎えてくれた。
『ただいま、二人とも』
抱きしめたの頭のてっぺんにキスをして靴を脱ぐ。
『お帰り、
たろとは声を揃えて嬉しそうに笑った。
家の中にあがり、たろの前までくるとふわりとハグされる。こういう事できるってことは外国に住んでいたのか、はたまた相当人懐っこいかだ。
『何か問題とかなかった?』
『うん、大丈夫』
たろと離れる間際に、米神に柔らかい唇が当たった。朝のお礼、と天使みたいに笑うから、つられてクスクスと笑ってしまった。
わしわし、と後頭部をかき混ぜるように頭を撫でると、たろの腕が俺の背中を撫でた。


『そういえば僕、また夢を見たんだ』
『!へえ』
次の日の朝、たろがカフェオレを飲みながら思い出したように呟いた。も俺もたろに視線を集中する。
意識不明の間ではなく睡眠中にもその現象は起こったようだ。
『女の子が……居た気がする』
『女の子ねえ』
進歩なのか、少し夢の事を思い出したようだ。ただ女の子が居たことを覚えているだけで、他にこれ以上思い出せることがないようで口を閉じた。
ゆっくりでいいよ、とたろに言い聞かせると、安心したように笑った。

その日の夕方、うちの郵便ポストにとある料亭から手紙が来ていた。

手紙の差出人は吉見やえという料亭の女将をしている人だった。
拝啓様、から始まる丁寧な文字のしっかりとした手紙を読む。初めてで突然の手紙であることを謝り、それから俺のことは大橋さんから紹介してもらったと説明がされてあった。吉見さんの家では代替わりのある年に不吉なことが起こるのだそうだ。深く掘り下げていくと必ず人が死ぬという事実を明かされ俺も少し驚く。
どうか助けてほしい事を切々と綴られる。手紙を最後まで読み終えて、丁寧に封筒にしまう。もう一度差出人を見て、ふと気がつく。差出人の住所だ。石川県、から始まり詳しい所在地を調べてみると能登半島にある料亭だった。
これはもしや、と思いながらその料亭に電話をかける。
どうやら渋谷サイキック・リサーチの人々が既に呼ばれているようだった。大橋さんから、俺と連絡を取るのは難しいと聞いたからなのだろう。
大変そうだから行ってこようと思ったけれど、たろとをどうするかが問題だ。
以前、がウラドを祓ってくれたことを思うと連れて行った方が良い気はする。しかし依頼とナルくんのごたごたした所へ記憶のないたろを連れて行くのも気が引ける。
俺は幽霊を見えるけど干渉されることが基本的にないので、俺一人で行く分には特に問題は無い。祓えるかは別としてだけど。
うーん、と考えながら、俺一人で行く事を決めた。

「明日、そちらへ伺います」

ぐるりと頭の中を一周して考え出したことだけれど、実際の時間にしてみれば数秒にもなっていないだろう。受話器の向こうの年配の女性にそう告げれば、ほっとしたように息を吐いてお礼を言われた。

『というわけなので、またお留守番です』

お風呂に入ったあと二人に告げれば、あからさまに表情が暗くなった。なんかごめんね。
二人の好きな物買って自由に過ごしていいからね、と喜んでもらえるように頑張ったんだけど、一緒に行きたかったともそもそ言われてしまう。
にゃあにゃあと猫がすり寄っているようで大変可愛い。二人の黒く柔らかい髪を撫でて、身体を引き寄せて同時に抱きしめる。あったかい。

『なるべく早く帰るから』

その夜は俺の比較的に広いベッドで三人で寝た。が小さくてたろも俺もそこまで体格は良くないとはいえ三人は結構きつくて、ぎゅうぎゅうに密着した。クーラーが聞いていたので暑くなかったのが救いだ。



たろも体力がつき始めたから、駅までと二人で見送りに来てくれた。
ハグして別れ、小窓から覗いて発車するまでずっと見ていた。




2014-01-15

石川に新幹線がないと聞いて、一部文章直しました。7/4