インターホンを押すと、俺よりも少し歳上くらいの青年が顔を出した。俺は、彼のあまりの暗い面持ちに少し驚く。
「昨日お電話しました、です」
「!……、……ようこそお越しくださいました」
どんよりとした眸に一瞬だけ光がさした。出迎えてくれた青年は、吉見彰文さん。やえさんのお孫さんだそうだ。
やえさんの部屋に通されて、一通り説明を受ける。手紙に書かれた内容に付け加え渋谷サイキック・リサーチが来てからのことを話して貰った。
「では、夜中に奈央さんが……」
「はい」
長女・光可さんの旦那さんの栄次郎さんの暴走から、ナルくんが憑依されたこと、そして次の日には靖高さんの自殺未遂が起こり、和歌子ちゃんと克己くんのくだりを受けどんどん事態が深刻化していったと思えば、とうとう死人が出た。彰文さんのすぐ上の姉である奈央さんが水死体となって発見されたらしい。
やえさんの説明を受け、ぐっと口を閉じた。隣に居た彰文さんの憔悴っぷりも頷ける。
彰文さんに色々と案内してもらい、母屋を出ようとしたところで急に火災報知器が鳴る。騒がしい方へ駆けつければ煙と熱気がむわりと俺を包み込む。避難が先だと思い、先ほど居たやえさんの部屋へ戻った。彰文さんの父の泰造さんがやえさんを窓から避難させるのを見てすぐに他の部屋を見て回って子供たちを外へ避難させる。
おびえる子供たちを安心させる為に俺は外に残ったが、誰かがお店の方へ走って行く影を見た。消化器の追加を取りに行ったかと思ったけれど、後ろ姿に黒い靄が掛かっている。何かに憑依されているのだとわかり、子供たちをやえさんに任せて人影を追った。
「グゥウウウゥ」
人が正気の状態で出す音ではない、狂ったような声。包丁で必死に襖を破ろうとする男性の姿。顔と名前が一致していない為誰なのかは分からないが、栄次郎さんは除霊されていることと、靖高さんは病院へ運ばれた事、彰文さんは先ほど会った人なのでおそらく長男の和泰さんだと判断する。
「やめろ!」
部屋に飛び込み和泰さんに叫ぶ。俺の声を聞いて、ぴたりと動きを止め、俺を見た。視認できているのかわからない、うつろな目だ。
「ウウウゥウ」
俺が近づき腕を掴むと慌てて後ずさる。
霊は大抵俺が嫌いだ。傷だらけの襖の前に立ち、和泰さんをじっと睨め付ける。この奥に何があるのかは知らないけど、通してはならないのだろう。和泰さんはどうしてもこの奥に行きたいようで、だけど俺に近づけなくて、じりじりと周りをうろつく。
「こっちへ来ては行けない」
「ナル!!」
和泰さんにゆっくりと落ち着いて話かけていると、和室に聞き覚えのある声が響く。片目を隠した長身の青年、リンさんだった。一瞬俺の姿に驚くが、俺が対峙している和泰さんに気づいてすぐに注意をそちらに向ける。
リンさんの後には谷山さんも慌てて入って来て、俺と和泰さんに驚く。
「谷山さん、九字を撃ってみますか?」
「でも、やっちゃダメって……!」
「わたしだと大怪我をさせてしまいます」
躊躇う谷山さん。
「今はさんが居ますから破られることはありませんが、和泰さんをどうにかしなければなりません」
リンさんと谷山さんが一瞬ちらりとこちらを見る。それから、谷山さんがぐっと息をのみ、震える指先で九字を打つ。それは和泰さんに掠り部屋の隅に転がった。
「グウウウウゥッ」
どす、と勢い良く谷山さんにタックルをした和泰さんは窓ガラスを割って部屋から出て行った。
リンさんは追って行ってしまい谷山さんは人を呼ぶ為に部屋を出た。俺はこのまま此処を離れたら何か起こったときに大変だと思って待っていた。すると松崎さんと原さんが息切れをしながら部屋へ入ってくる。
「こんにちは」
「さん!?」
「あんたなんでここに居るの!?」
「えー、呼ばれたからだけど」
のんびりと挨拶すれば、呼吸の整わない二人は勢いよく俺に反応した。まるで怒られているようで、肩をすくめる。二人は畳の上に力なく座り込み、はあと深い息を吐いた。
「来るの遅くてごめんね、おつかれさま」
大変な事になっているようで。とつけ加えて二人に話しかけるとまったくよと松崎さんが悪態をつく。
ナルくんに用があったのに、肝心のナルくんが憑依されていて話せないとなって、俺も少し肩を落とす。来て早々こんな騒ぎになっているとは予想していなかった。やっぱりたろを連れてこなくて正解だったな。
二人が来たから平気だろうと、俺は周りを散策してみることにした。
夕日がじんわりと肌を差し少しだけ汗が滲む。神社の神聖な気配と、沢山の霊が居るのを感じる。でも恨みとか苦しみとかの感情はいくら読み取ろうとしても感じられなくて、変に思った。
「さん」
茶室の方まで来てキラキラ光る海をぼんやりと見つめていると、背後から声がかかる。
「彰文さん……」
「先ほど、和兄さんの遺体が引き上げられました」
「そう」
「なぜ……兄と姉は死ななければならないのでしょうか」
何か悪い事をしたのでしょうか。小さな声で、彰文さんが呟く。隣に立ったまま、海をぼんやりと見つめた彰文さんをちらりと見た。
「期せずして、神の気に障った……かな?」
俺の視線の先は入り江だった。
何故こんなことをしているかは分からないけどこのあたりで一番大きな力を持っているのはあの場所だ。
すっと指をさせば彰文さんはおこぶさまですか?と声を震わせた。
「おこぶさま……と言うんですね」
「えびす、と滝川さんたちが仰ってました」
例えばと仮定して言ったけれど本当に神様だったとは。
「行きますか?」
「いや大丈夫。それに、彰文さんは少し休んだ方が良いですよ。ずっと気を張っていたでしょう?」
するりと擦り傷や汚れのついた頬を撫でると、ぽろりと落ちて来た涙が俺の掌を濡らした。
彰文さんが俺の手を包み、すみませんと小さな声で謝りながらすすり泣いたのはほんの一分程だった。
「あれ?さんじゃありませんか」
暗くなってきたので泊まらせてもらってるお店の方へ足をむけると、安原さんに会った。ずっと調べものにまわっていて俺が来ていることを知らなかったらしく、少し驚いた顔をしている。
「久しぶり」
「いやあ、伝説のさんに人生で二回も会えるなんて結構ラッキーですね僕らって」
「俺の名前を知らない人が多いだけで、俺はどこにでもいるよ」
伝説ってなんだよ、とツッコミかけたけどよした。言葉のあやだろうし、ふざけているだけだ。
「いつきたんですか?」
「ああ、今日の昼頃にね」
とた、とた、と軽い足音を立てながら長くて綺麗な廊下を並んで歩いた。安原さんも今朝来たばかりらしく、大変でしたよと談笑する。
「じゃ」
「あ、どうです?一緒に」
部屋に戻る為道を違えようとしたところで、安原さんに引き止められた。
「いいの?」
「情報は共有した方が良いでしょう。特にさんには、是非とも協力していただきたい」
何せうちのボスが倒れてしまっていますから、とにっこり笑う。
笑顔の絶やさない人だなあ。安原さんがそういうのなら、と誘いに乗って一緒に和室に入ると、皆は心なしぐったりとした様子で休憩をしているところだった。無理も無い、目の前で海に飛び込ませてしまったのだ。
俺は見ていなかったけれどその話は聞いたし、彰文さんの憔悴っぷりも知っていたので彼らの落ち込みようも理解できなくない。
今日あったことを一通りきいて、安原さんは真面目な顔でそうですか、と頷いた。きちんと事実をうけとめ、そして前向きに皆を励ましてくれている。
「で、少年はいつからきてたんだ?」
「今日の昼頃かな、火災の起こる前に到着してやえさんに話聞いていたんだ」
「ほお」
子供たちについていた時に人影がお店の方へ行くのが見えたので追ったのだと、当時の状況を説明した。
「ナル坊が起こされなくてよかったよ、あんがとな」
「いーえ。ナルくんどうしちゃったの?大変だね」
やえさんや彰文さんから聞いた内容しかしらないので詳しくはどうなっているのかはちょっと分かっていないため、滝川さんと話しながらこれまでの状況を聞いて行った。
ナルくんが相当な危険人物だから封じているのだそうで、それを聞いたときに少しと似ていると思った。
「ナルくんってなんだかに似てるな」
「お二人とも美形ですもんね」
安原さんののんきな声にがくん、と皆の体勢が崩れる。俺も少し笑ってから、それも然りと同意した。
「似てるのは、霊が憑きにくいところと、憑かれたら厄介なこと」
が悪意あるものに乗っ取られ、力の使い道に気づかれてしまえば俺になす術は無い。なにせ最強最悪の大魔法使いになるべき人だったのだから。
「普段の態度もそっくりだな。つっても、には懐いてるようだが」
滝川さんは少年と呼ぶ事が多いけれど普通に話す時は基本的に名前で呼ぶようだ。初めて呼ばれて少しくすぐったくなる。
「そういえばさんはどうしはったんですか?」
以前の不気味な洋館に連れて来ていたのだから此処にも連れて来ているのだろうと皆思ったようで、俺の傍に小さな子供が無い事に疑問を抱いていたらしい。
「あ、今回はお留守番」
「え?平気なの?くんってくんと二人暮らしでしょ」
「今は三人だから大丈夫」
「ああ、じゃあ面倒見てくれる人いるんだね」
谷山さんが心配そうに俺を見つめるので弁解した。家に二人居ると言っても、どちらかというとの方が保護者なのでなんとも言えない。ただ子供だけ残して来たというのも体裁が悪いし、深くは言わないでおこう。
それから、つい先日渋谷サイキック・リサーチに一度遊びに行ったことを話す。すでに旅立っていたようだったので完全な入れ違いだったことに肩を落とすと谷山さんがごめんねと苦笑いを浮かべた。
和やかな話も早々に切り上げて、早速安原さんが調べてきてくれた歴史や情勢を聞き始めた。
先代は十三名が亡くなったことや、代替わりの時の変事はは先々代からという事を聞く。この場所に問題があるようだ。やっぱりあのおこぶさまが関係しているようだと確信を得る。
この地では沢山の人が亡くなっているが、そんなの日本中どこをさがしてもどこかで人が亡くなり続けているものだ。おこぶさまがこのあたりの霊を捕まえて逃さないようにして、操っているのだ。
そもそも何故祟っているのか。気に食わないことがあるならば、代替わりの時ではなく継続的にすればいい。皆殺しにすればいい。そうではない理由があるのだろう。
吉見家は絶滅していない、ということが一番のヒントだ。
「いじん……ごろし?」
谷山さんが呆然と呟く声から、この地であった出来事の話が始まる。ただ、ずいぶん昔の、言い伝えに近い話なのでいくつかのタイプがあったりするようだ。
安原さんの長いけれどわかりやすい説明を聞きながら、俺はもう考えるのをやめた。
結局この地の霊を使って事を行ってるのはおこぶさまだ。あれをどうにかしたらいい。がいたら魔法でどうにかできたかもしれない。
いざとなったら姿現しをお願いしようかな。
俺がぼけっとしている間に、除霊に行く事になっていたらしく、滝川さんとブラウンさんが立ち上がる。リンさんが力を分散させない方が、と助言をした。
その時、ものすごい騒音と一瞬のゆれ、どこからともなく足音がやお経が聞こえ始めた。
「だれ?走ってるの?」
谷山さんが不安げに天井を見上げる。この日本家屋に二階などなく、お客さんも居ない。当然ポルターガイストの類だ。
母屋が心配になったので俺はすぐに部屋からでて走る。ブラウンさんと滝川さんも後から追いかけて来た。ふ、と電気が消えたので一瞬狼狽するが、それどころではない。
母屋につくと、同じように電気が消えていた。子供たちの鳴き声がする方へ行けば克己くんと葉月ちゃんが陽子さんに抱かれ震えている。
ダンダンダンダン……!バンバン!
窓を叩くのはどす黒い何か。かろうじて人の形を保っているが、人としては生きられないものたちだった。
「うええええん、怖いよお」
滝川さんやブラウンさんは他の部屋の人たちを集めに行き、俺はこの部屋に入る。陽子さんや子供たちに駆け寄ると骸の大群たちも少し波を弱めた。体質に感謝するばかりだ。
「克己くん、お兄さんとこおいで。葉月ちゃんはお願いします陽子さん」
「は、はいっ」
「お兄ちゃあん」
俺が手を引くとがしと克己くんが抱きついてくるので抱き上げた。部屋から出るとブラウンさんが他の皆を先導している。滝川さんは一度ベースへ戻ったようだ。
骸の波は押し寄せてこなくなったが、今度は人魂のようなものがふわりふわりと俺たちを囲った。あまりにも数が多すぎる。ブラウンさんが聖水をかけるけど一向に数は減らず、その人魂に触れれば激痛が走るようで皆身もだえた。俺にだけ害がなくても仕様が無い。
せめて子供達の恐怖を和らげてあげたくて、気を紛らわせるのに徹する事にした。
「克己くん、和歌子ちゃん、葉月ちゃん、聞こえる?」
「ん、うん」
「ぐす、なに?おにいちゃん」
「うん、こわいよう」
皆大人に抱かれているので、そのまま目を瞑ってと落ち着いた声色で話しかけた。克己くんの背中をさすりながら言うと、他の大人たちも子供の背中をさすってくれる。
「お兄さんと順番にしりとりをしよう」
「なんで?」
「わかんないよ」
「うん」
子供たちを落ち着かせたいという俺のはたらきは大人の人たちも分かってくれたようで、咎めるような視線はなかった。ブラウンさんには少し世話をかけてしまうけれど優しい彼は一人で戦ってくれている。
「しりとり、だからリス」
勝手に始めれば、克己くんが震えた声で「すずめ……」と答えた。和歌子ちゃんは、「めだか」と泣きじゃくりながら教えてくれて、菜月ちゃんは「かめ?」と自信なさそうに答える。
「め?めがねー」「ねこ」「こねこ」「和歌ちゃんずるい!ことり」「葉月ちゃんもずるいよ、えーっと、リンボーダンス!」「お兄ちゃん変なのぉ。するめいか」
途中でベースに居た面々も俺たちを迎えにきてくれる。俺と子供たちがしりとりをしているのを横目になんとかベースまで連れて行ってくれた。
「じゃあ、リボン!」
「あ、お兄ちゃん、ん!だよ」
「いけないんだ」
「おしまいだよう」
ベースに着いた時にしりとりを終わらせると、恐怖が少し和らいだ可愛らしい笑みがみっつ。
大人の人たちも少しくすりと笑っていた。
2014-01-31