ナルのその言葉に、今まで我慢……してた訳でもないけど、とりあえず怒りが爆発した。こんな風になってるのは、誰のためだと思ってるのこいつ。
「じゃあ、次は俺が行こうか」
「 くんまで行くことない!!」
ジョンを助け起こしていた くんが立ち上がって、独鈷杵を拾い上げたけれどあたしは くんの腕をぎゅっと抱いて引き寄せた。
「いいかげんにしなさいよ!あったまきた、何ムキになってんの!?」
みんなあんたを助ける為に必死になって既に満身創痍なんだよ。
ぼーさんもジョンも傷だらけになって、安原さんはバイトを切り上げて沖縄からこんな所まで急に来させられて、綾子は沢山の霊を除霊して、真砂子はずっとナルの心配して、リンさんと くんはずっとずっとナルを守ってくれてた。
それなのに、自分のプライドが傷ついたからって皆を巻き込んで復讐しようなんて舐めてるとしか思えない。そんなに自分のプライドが大事なら、自分でおこぶさまをやっつければ良いじゃない。
言いたい事全て言って、ふうふうと荒い息をなんとかおさめようと口で息をする。
「正論だな」
ナルが表情を変えずに言った。そうだろうとも。
「さ、皆帰ろ!」
くんの裾をくっと引っ張るけど、 くんは困ったように笑うだけで帰るのを躊躇った。
くんそっくりって言ったナルのことを、 くんは多分よくわかるのかもしれない。
とりあえずぼーさんの腕をぐっと引っぱって、立つ手伝いをした。皆も最初から無理だと思っていたようで、ぼーさんにはリンさんとジョンが、安原さんは綾子と真砂子が肩をかして、海岸の方から帰ろうと足を伸ばす。
「ナルくん、やめておいた方がいいよ?」
あたしたちの背中に、 くんの優しい声が当たった。その声に振り向けば、ナルがじっとおこぶさまを睨め付けていた。リンさんがはっと気づいたように、勢い良く振り返る。
すっとナルが歩いて近づいて行くのをあたしは追いかけた。
「どうする気?ナル?」
腕に触れようとすれば、パチンと何かに弾かれて咄嗟に引っ込めた。 くんがぐいっとあたしの肩を引き寄せて、ナルから離す。
「谷山さん、危ないよ……」
「でもっ くん、」
「ナル!やめなさい……!!」
リンさんが咎め、止めようとするけどぼーさんがバランスを崩してはっとそっちに意識が行く。
ナルから出る空気がねっとりと重たい。ふわりと風が吹いて、ナルの柔らかい髪の毛が揺れる。
くんの腕に力がこもって、あたしはぎゅっと抱き寄せられてナルのところへ行けない。キィインと耳鳴りがすごくて、周りの音が聞こえなくなった。
ナルが、手を挙げて振りかぶる。そして、身体の周りに張った膜みたいなものが、手の周りに大きく集まって行くのが見える。
稲妻みたいなものがおこぶさまに向かって放たれて、ぱきんと割れる音がしたと思ったらものすごい風が押し寄せてくる。 くんが支えてくれなかったら後ろに倒れていたかもってくらいの強風。
「な、に……?」
気がつけばおこぶさまが粉々になってて、ナルが平然と立っている。潮風がふっと流れこんきて、洞窟の出入り口が開いていた。
「いま、ぼーさんは除霊できるんなら最初からやってほしかったなーという気持ちでいっぱいです」
気の抜けたぼーさんの声にナルは反論することなく、無愛想に通り戻るぞと言い放ち踵を返した。
「救急車を呼んで!早く!」
洞窟を抜けた所で、 くんの今までにない、急かすような声にあたしたちは振り返った。 くんがナルに手を伸ばした途端、ふらりとナル身体が揺れ、 くんがなんとか抱きとめて地面に横たえた。
「ナル!」
あたしは、口元をおさえてへたり込みそうになった。
今度こそぼーさんを放ってリンさんが駆け寄って来て、ジョンが無理に走って救急車を呼びに行った。心臓と口の近くに耳を当て、リンさんが心臓マッサージを始めた。
それって、それって、心臓が動いてないってことだよね。
「ナル!息をしなさい!!!」
呼吸してないって、ことだよね。
それから、リンさんと くんが交代しながら心臓マッサージを繰り返した。
救急車のサイレンの音が聞こえると、担架に乗せられナルは白い車に飲み込まれて行く。嫌だ、このまま帰ってこなかったらどうしよう。
震えているあたしを立たせてくれたのは くんで、後から皆で病院へ向かった。
ナルはしばらく入院することになった。
リンさんに、ナルは気功を使っているのではないかと聞いたけれど、それとは桁が違うのだと教えられて驚く。
人間には大きすぎる力を、ナルは抱えているんだ。
「でも、 くんはあんなに分厚い壁を壊したのに、ナルみたいになってないじゃない」
「あの人のことは私にもわかりませんが、」
言いよどむリンさん。 くんはナルと同じように手も触れずにあんな分厚い壁を粉々にする程の力を持っているんだから、ナルみたいに倒れると思った。でも くんは、疲れていたらしいけれど大事にはなっていなかった。
「 は、そういう力を使える身体の作りをしているんだよ」
傍で聞いていた くんが、リンさんの視線を感じて口を開いた。
「人間には大きすぎる力じゃなくて、力を使う事の出来る血統とでも言うべきかな」
血統という言葉にリンさんが反応する。
「 の母親は、純血の魔女だったという話だ。 を生んですぐ亡くなっているけれどね」
その後孤児院に預けられ くんと出会った。それから、とある先生が くんの力の噂を聞いて彼を引き取って力の使い方を教えたのだそうだ。
魔女、という言葉にあたしはボーゼンとした。すごく昔のおとぎ話の中の存在だとばかり思っていた。
「魔女って本当にいたんだ……」
「さあ、宗教の違いで魔女と呼ぶだけでもしかしたらPKだったのかもしれないよ」
「え、そ、そうなの?」
「確かめる術はなしいし、俺たちは魔力だと信じて使っていたから」
宗教の違いといわれると、何故か納得してしまう。
「元々は媒体となるものを用いて力を使っていたけれどそれが今は無くて、仕方なく素手でやるんだけど、それにはちょっと体力が要る。多分もっと大きな力も使えるけど、そんなことをしたらやっぱりナルくんと同じようにはなるかもしれないね」
ただそこまでハメを外す子ではないから、と くんが苦笑いした。ナルがハメを外したというのはその通りなんだけど、十歳の くんに負けてるナル……、と心の端っこで呆れてしまった。
リンさんも半分は納得したのか、それ以上聞いてくることもなかった。
安原さんは肋骨が折れていたらしく入院することになり、あたしたちは彰文さんの好意でお店の部屋にまた暫く止まらせてもらう事になった。
数日後ようやく安原さんが退院できたけれど、ナルはまだ入院中だった。あたしたちがどっと押し寄せても無表情無口のまま仕事を黙々とこなしている。
「あれ、増えてる」
電話をしてくると言って、先ほど病室を出て行った くんが戻って来た。後から来た綾子とジョンと安原さんを見て、退院おめでとうと笑った。
「 くん、 くんどうだった?」
「ああ、特に問題はないみたい。これからたろのお散歩だってさ」
大好きな くんと何日も離れているのは嫌だろうと、電話口の彼を想像してみたけど、喋ってるイメージが少なすぎて全然想像できなかった。
「なんだあ?たろって」
「あ、太郎っていって、今預かってる子なんだけどね」
聞き慣れない言葉にぼーさんが反応した。お散歩ってことは犬かな。
「一年半くらい前に車に轢かれて怪我した所を俺と がみつけて助けたんだ」
「ほお」
「でも本当の名前も家も分からないっていうから、とりあえず事故現場にうちが近かったし、うちで預かってるんだよね」
ぽりぽり、と頬を掻く くんは、ナルくんに似てるよと笑った。
ナルに似てる犬?と皆が想像する。そしてぷぷぷ、とぼーさんや綾子が笑い出した。
「以前も言いましたが、不愉快なのでやめていただけますか」
前もナルに言ったらしく、 くんはぴしゃりと怒られて肩を落とす。しゅん、としている くんと、機嫌がさらに急降下してしまったナルにああもう……と思いながらこの場をどうにかする為にお茶の買い出しを提案して席を立った。
「あたくしも行きますわ」
「あ、じゃあ俺も行くよ。そろそろ帰るし。今度 とたろ連れてあそびにいくね」
ついてこようとする くんの落とした爆弾に、あたしたちはぎょっとする。
「おいおい、もう帰るのかよ」
「うちの事務所は動物禁止です」
ナルは犬と一緒にされた事が相当気に入らないようで素っ気ない。
「さっき電話で今日中に帰るって話しちゃったから。ばいばい。皆のジュース代は俺が出すよ」
さあ行こう、と手を広げてあたしと真砂子の肩を抱いて鼻歌まじりに病室を出た くん。
「両手に花」
「まあ、お上手ですわね。でも、片方は雑草ではなくて?」
「にゃにおう?雑草の生命力舐めんなよ!?」
廊下を歩きながら、あたしたちのやり取りに くんは笑う。
「ねえ本当に帰っちゃうの?また会える?」
くんは静かに笑った。少しだけ寂しそうで、それで、すっごく優しくて、綺麗な笑みだと思った。
うん、と頷きながらポケットから手帳を出して何かを書いて破る。それからお財布から二千円出して、紙の切れ端と一緒にあたしに握らせた。
「ジュース代とおまけ」
にこ、と笑っている くんを見上げている間に、手は離れた。
「 さん!……と、次会ったときは呼ばせていただきますわ」
引き止めるように真砂子が一度だけ名前を呼んで、少し照れたように くんに笑った。
「ばいばい、麻衣、真砂子」
大きく手を振った くんは、階段を下りて行ってしまった。
あたしの手に残ったのは、千円札二枚と、電話番号の書かれたメモ帳の切れ端だけだった。
でも、これであたしたちちゃんと友達になれたんだよね。
2014-03-04