EndlessSeventeen


おばけなんてこわくない 17(リドル視点)

僕の存在は、不確かなものだった。それは も一緒で、いつこの旅が終わるか、どうしてこんなことをしているのか、何をしたら良いのか、全く分からないのだ。僕と出逢う遥か前から、 は旅をして来たけれどその旅をしている理由は本人さえも分からないという。どうしたら終わるのか、終わりたいのかも分からないと笑った。僕はそれでも良いと思った。でないと、 と会う事は出来なかったのだから。彼に会えたから、僕は人の温もり知り、見下し嫌悪し苛立つ日々から脱却できたのだ。特別な存在になりたかった僕は、今は の特別であればいいとだけ思えるようになった。 が見ている沢山の景色や人たちの中に、必ず僕が居れて、手を伸ばせば優しい は振り向き、微笑めば僕の名前を紡ぎ、抱きしめればキスをしてくれる。それが僕の特別であり、日常。 が沢山の人と仲良くしようが、たろを引き取ろうが、それは のすることだから僕が口を出す事はしない。つまらない時はあるけれど、邪魔だと思うほど寂寥ではない。だって、僕は の隣に居る事を世界から許されているのだから。彼の永い永い旅に同行し、笑顔や憂いを一番見ているのは他でもない僕。まだ の全てを知る事は出来ていないし、きっとこれからも を全て理解することはできないのだろうけれど、ただ僕はこの小さな腕を の身体にぐるりとまわして捕まえる事が出来れば良い。そうすれば の眸の中に写る僕が、幸せそうに笑うのだ。



たろを引き取ってからすぐ、 と僕は渋谷サイキックリサーチに接触を試みた。だって、ナルとたろは本当に瓜二つだったから。日本人とも西洋人とも取れる少し彫りの深い美しい容貌は、たとえ日本人の顔の見分けが得意ではない僕でもそっくりな二人なのだと分かる。渋谷サイキックリサーチの連絡先は見つける事が出来ず、仕方ないから東京へ見に行くと が家を出て行き夜に帰って来た。少し疲れたと言っていたが表面上はけろっとした顔をしている。それからすぐに手紙が来ていたことに気がついた は石川県へと出かける旨を僕らに伝えた。どんなに危険な場所でも僕はいつでも と一緒に行っていたけれど、今回はたろが居るから留守番を頼まれた。病み上がりで記憶喪失のたろを連れて行くのは無理だという事くらい分かっているから、引き受けた。 は、依頼先にはナルたちが居ると言っていたから、この依頼から帰って来ればたろの事も少し分かるだろう。
「ごめんね、僕がこんなだから」
を見送った帰り道、タクシーの中でたろが呟いた。
「謝る必要はないよ。これは運命だから」
「運命?」
沈んだ声を少し浮上させて、たろは首を傾げた。
が一人で行ったのは、一人で行く必要があったから」
本当は、連れて行けないとか連れて行きたくないとか、そういうことではない。勿論病み上がりだからというのもあるけれど。僕たちがする事は全て何かしらの意味がある。なんとなく決めた事でも、すべてそれが歯車となり現実に作用するものだ。今回は が一人で行くことが正解だっただけの話。

がする事は全て善だから」

それに、たろはまだ記憶が全然戻っていない。そんなときにいきなり依頼先で心霊現象に囲まれても大したことはできない。ただ問題が増えるだけだ。そう考えての事なのだろう。
タクシーにゆられて暫くして、家に着いた。 が家庭用のお財布を僕に預けてくれているのでそこから料金を払う。見るからに歳上のたろではなく、僕が支払ったから運転手は一瞬吃驚してから温かい眼差しで僕を見た。おおかた、支払いがしてみたい子供に写っているのだろう。つくづく、日本は平和な国だと思う。
たろは眠っていると夢を見る。その夢の中では記憶が戻っているらしい。そして、その夢の中には女の子が居るという。家族か恋人か、とあたりをつけるけれど、そうだとしたら何故自分と瓜二つの人間は出てこないのか。まあそれは置いておこう。ナルよりもキーパーソンになる人物が居るという事だ。 が出かけてからも何度か夢を見ているらしいが、その夢の内容は覚えていないらしく眉を顰めている。けれど、記憶に関してはナルに会えば何かを思い出すかもしれないという期待もあるので、そう急いてはいない。それよりも少しでも体力を付けなければならないと思い、毎日家の近くの山中を散歩していた。近くにはキャンプ場やロッジなどがあるから人気も少なくはないし、目印にもなるから迷うことはない。「子供の声が聞こえる……」「え?」ぽつりとたろが小さく呟いた。子供の声など聞こえないし、周りを見渡してみるが人は居ない。「ここには、たくさん居るんだね……子供が」いるはずがないけれど、僕には分からないから返事のしようがない。幽霊でも見ているのかもしれないと思いながら、散歩を続けた。それからもたろは散歩へ行くとき、ふとした瞬間にどこかに目を留めているふしがあった。そちらをほんの少しだけ見て、それから寂しそうに目線を外してまた歩き出した。
次の日、 から電話がかかってきた。声を聞くのが久しぶりで嬉しい。ほっと笑顔になると、たろも僕と受話器にくっついて の声を聞く。僕たちはこれから散歩に出かけると言うと気をつけてねと優しく言われる。今日の新幹線で帰ってこられると聞いて、僕とたろは意気揚々と散歩に出かけた。
僕らの住んでいる家はキャンプ場から少し歩いた所にあり、時々人がこちらまでやってくる。逆に僕らは散歩がてらキャンプ場の近くまで行ったりもする。そして、キャンプ場と家の間あたりの所で、見知らぬ若い女性に会った。僕たちの姿を見るなり目を見張り、たじろぐ。僕とたろは一瞥して彼女の前から立ち去った。酷く怯えた様子で、まるで幽霊を見たような反応。僕はホグワーツに居るゴーストしか見た事が無いから、見える人には普通の人間の様に見えるという幽霊の事が分からない。
「なんだったんだろう」
「さあね」
僕らが通り過ぎた後に逃げるように走り出した女性の足音に、たろが呟いた。

夜遅く、僕らは二階のベランダからタクシーの灯りが近づいてくるのをじっと待った。家の近くのかろうじて車が走れる道で、その灯りは来た道を戻って行くのが見えて、僕とたろは慌てて一階に下りて玄関や廊下の電気を付けた。暫くして人の気配と、物音。 だ!と小さな声で僕とたろは喜び、鍵を開けようと鞄を漁っている音を聞きながら鍵を開けて玄関から飛び出した。
「わ!」
突然僕らが出て来て吃驚している は、目をまんまるに丸めて口をぽかんと開けていた。ぎゅっと胸に顔を埋めて抱きしめると、たろも僕の上から に抱きつく。
「「おかえり!」」
「はは……ただいま」
久しぶりの の声、 の体温、 の香り。優しい手は僕の肩を抱き、たろの後頭部を撫でた。



2014-03-07