EndlessSeventeen


おばけなんてこわくない 20(主人公視点)

霊を寄せ付けない体質で、自分が被害にあったことはほぼないと言っても良いくらい、俺はある意味無敵だった。
浄霊や除霊なんかはそんなに得意ではないけれど、浄霊は霊の話を聞いてあげたり、道を指し示してあげれば良いから出来ないこともない。
今回は、霊の影響を受けない事が仇となったのか、俺は仲間内から早々に排出されてしまった。

火に飲まれた安原さんを助けようと飛び込んだが、安原さんは天井に吸われて行く火に攫われてしまって、俺が捕まえる事は出来なかった。
「ごめん、掴めなかった」
教室に入って来て愕然としている皆に声をかけたが、全くの無反応。
「どうやら、火で脱出路を探すのは無理そうだな」
「そのようだな」
「それどころじゃ!!」
まるで俺が見えていない。それに、安原さんが消えたことにも気づいていない。
松崎さんやリンさん、それから安原さんが居ないのに誰も疑問に思わず、唐突に現れた子供の名前を当たり前のように口にして仲良くしていた。騙されていると気づいていたけれど、この子供たちを説得しなければどうにもならないと思い放っておいたのに。
おそらく、俺だけ居なくなった人の事をきちんと覚えていて、入れ替わった子供を分かっているから、邪魔だったのだろう。

とりあえず移動する人たちについて行くと、徐々にメンバーが減って行く。お金を落としたという子供について行った真砂子も消え、子供たちと残しておいた筈のブラウンさんも消えていた。俺が影響を受けているのではなく、皆が俺を認識できないようにされている。

途中でリンさんが廊下の向こうから歩いてくる。
「リンさん」
試しに名前を呼んではみるが、反応もない。それから松崎さんも真砂子もジョンも、皆散り散りにはなっているが、誰の姿も認識できない状態のまま校内をさまよっている事が分かった。今一番人数が多いのはナルくんと麻衣の二人ペア。子供たちの違和感に気づいた所で、滝川さんもすぐに飲まれてしまったのだ。
少女漫画のように、と馬鹿にする訳ではないが、手を繋いでいる二人の隣を歩きながらついニコニコ笑ってしまう。麻衣がちょっと嬉しそうで、挙動不審だからだ。

小さな入り口をくぐろうとした所で、どすんと上から何かが落ちて来て、麻衣とナルくんの手が離れた。麻衣を掴んだのは、人じゃないものの手。
ああ、とうとう皆一人になった。
なんとか手を放し、麻衣は落ち着けと自分に言い聞かせる。そして、眠ろうとしていた。
そういえば、麻衣は眠ると幽体離脱のようなものができるのだった。一度真砂子と俺に声をかけに来てくれた事がある。そうしたら、ナルくんとたろにそっくりなあの人が来た。あれは、たろの本当の姿かもしれない。
麻衣が落ち着こうとしているが、中々出来ないのか肩が震えている。見えないだろうが肩を抱いてみると、麻衣の震えが収まった。
「大丈夫、みんな居るよ、麻衣」
「あ、 ……く」
顔を上げた麻衣は、しっかりと俺の目を見た。目が合った。
「気づいた?」
くん!?」
「皆が俺を視認できなくなってしまって……困ったよ。一応ずっと着いて来ていたんだよ?」
「じゃあ他の皆も!?」
「皆は無事。でも俺みたいに麻衣たちを認識することが出来ないみたい」
「そ、うなんだ……でもよかった、 くんが居てくれると心強い」
「よかった」
麻衣の手を取り、立ち上がる。ほら、と促すと、空間に赤い光がふわふわと浮いているのに麻衣も気づく。
「これ、ぼーさんの光だ」
「あれはリンさんだね」
赤いのとは別に、違う色の光がふんわりと浮かんでいた。リンさんが影壁にはった護符があるのだと麻衣が言う。
「さっき影壁が倒れた時護符を確認しなかったから、真砂子が二階で消えたんだ」

「――そう」

麻衣が納得したように頷いていると、後ろから声がかかる。知っている声と、顔。でも、少しだけ知らない、眸の奥の光。それは、多分たろではなく本当に彼がもっている思い出からなるもの。たろは何も無い、だから少し寂しい目をしている。
が心配してた。帰ってこないって」
「ごめん、起きたら伝えておいてくれると助かる」
「ナル!」
やっぱり、彼はたろなんだ。ナル、と麻衣が呼ぶのを言及しないけれど、ナルくんではないのだ。
「起きていたときも覚えていられたらいいけど。麻衣、ちゃんと眠れたんだ」
夢の中で会っていた女の子は、やっぱり麻衣だったんだなあ、と思いながら、二人の会話を聞く。
いつも、麻衣の夢の中に現れて助言をしていたようだ。

それから、麻衣が目を覚ませば、俺の姿はまた見えなくなったようで、麻衣もへこんでいた。でもすぐにまた会えるからね、と意気込んでたろに言われたとおりに体勢を整えていた。

「たろ……じゃないんだっけな」
「うん、たろじゃない、でも、 が付けてくれた名前も、僕を現すちゃんとした名前だ」
「本当は が決めたんだけどね」
「そうなんだ」
ふふ、とたろは笑った。
「ねえ、本当の名前教えてよ」
眠りに落ちて行く麻衣から一度目線を外してたろを見る。
「ユージン。ジーンって呼ばれてた」
「ジーンでいい?」
「うん。……たろでもいいよ、二人が僕にくれたんだもの」
とても適当に付けたものだけど、名前には魂が宿るという。太郎という名前にも、きちんと俺たちの与えた魂が宿っているのだ。
話している途中だったが、麻衣が一度失敗したのでジーンが麻衣を呼び戻す。めげずにもう一度、麻衣が眠りについたのを見守って、俺たちは校舎の中を歩いた。ナルくんがいる教室に入り、ナルくんを見下ろす。こうして見比べるのは初めてだけど、本当にそっくりだ。ナルくんはしかめっ面で、ジーンはふんわり笑っているから分かるけど、きっと無表情にしてたら分からない。
「起きたら、覚えているかな?」
「きっとね。でも、覚えてなくても大丈夫だよ、ナルくんを連れて行くから」
「双子の、弟……なんだ」
「どうりで」
「似ているでしょう。でも 、すぐわからなかった」
「だってジーンは眠りっぱなしだったし、ナルくんの顔もまじまじと見てなかったから」
仕方ないのだ、俺には正確な時間が流れていないから。
知り合いだという確証はなく、やすやすと声をかけられなかった。
「ごめんね、時間、かかっちゃったね」
「ううん」
今度こそ麻衣が浄霊に成功したようで、麻衣の居る教室へ戻った。
温かい光が降り注ぎ、子供たちの楽しそうな声が聞こえた。きっとジーンもそろそろ目を覚ますだろう。
向き合って、ジーンが俺の手を握る。
「君達は、死にそうだった所を助けて、ずっと見守って、ひとりぼっちでどうしようもなかった僕を迎えてくれた」
「ん」
「轢かれた瞬間、もう家には帰れないとすぐに悟ったんだ……でも、僕は生きてる」
ジーンがぽろりと泣いた。
「それが、どれほど嬉しいか、わかる?」
ぎゅっと抱きしめれば、温かい。不思議だ、肉体じゃないのに。
「ね、たろ、約束通り、俺が家族に会わせてあげる」
「うん。ありがとう、ありがとう ……!」

ジーンはそのまま消えた。きっと目を覚ました。
覚えていたら迎えにおいで、と言えば苦笑いをしたけれど、きっと来てくれる。

くん!!」

目を覚ました麻衣は、俺が見えた。嬉しくてぎゅっと抱きしめると、赤くなって慌てる。
「あ・ごめん、ナルくんがよかった?」
「にゃ!?ってそうか!あたしの一人言聞こえて!!!??はずかしい・・!」
「青春だなー」
麻衣が恋をしているのはナルというよりジーンだと思う。双子ってこういう所は難儀だ。
いやでもナルくんのことも好きだろうけれど。
どうなるかがちょっと楽しみでお兄さんは見守りたくて仕方無い。でも、そんな時間はないかな。

「校舎の外でよっか」
「うん」

あまりの開放感に窓から二人でジャンプして下りた。
俺たちは一階だったから良かったけど、滝川さんは二階から飛び降りて来た。二十五歳は一番動けると聞くけど、本当だったんだな、なんて二十五歳になれない俺はほんのちょっぴりしんみりする。大人になった自分の顔とかあんまり想像できないや。

やがて、全員が集まってきたので和やかな雰囲気になる。

「今からたろと が迎えに来てくれるかもしれないんだ、紹介するよ」
「あ?そうなのか?」
肩をまわしながら一息ついている滝川さんがこてんと首を傾げる。滝川さんのいつの間に連絡したんだという問いは、今まで会った事のないたろの話で掻き消える。
「たろくんってどんなこなの?大きい?」
「え?俺たちと同じくらいだよ」
「はあ!?」
「お、大きいんどすねえ」
勢いよく驚くのはいつも麻衣と滝川さんと松崎さん。苦笑を浮かべるのはブラウンさん。
何か勘違いしていないかと尋ねると、周りもみんな頭を捻る。
「ていうか麻衣は会った事あるよ」
「え!?ないよ、そんなおっきい犬に会ってたら絶対忘れないし!」
「いやいや、犬じゃないって何度も言ってるじゃん、たろは―――」
俺が弁解しようとしていると、周りの皆がきょとんとする。そして、後ろから人が歩いて来て、周りの視線がそちらに向く。
!」
振り向けば、 と、その後ろにはたろ……基ジーンがいる。
手を振って二人に近づき、ハグをしてから麻衣たちに向き直ると皆驚き目を見張る。
リンさんとナルくんも、相当驚き目を見開いていた。

「たろは人間―――って言ったよね?言ってない?俺」

「「「言ってない!!!!」」」

夜空に、皆の声が響いた。



2014-03-21