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おばけなんてこわくない 21(ジーン視点)

事故に遭った所為か、ナルとのホットラインが途中で切れた。そのまま僕はずっと暗闇の中に居て、死んだのだと思っていた。
ナルは東京の渋谷にSPRの分室を構えて僕を捜し、そして麻衣に出会う。ぼんやりとその光景をただ眺めていた。そして、僕は何度か麻衣の手助けをした。
ナル、と呼びかけられるけれど僕の本当の名前はそれではない。ユージンと呼んで欲しいとは思っていなかったけれど、少し不思議な気分だった。もう死んだ僕は麻衣にそれを知らせる必要は無い。生きているナルだと思っていても良いのだ。
そうして、何度か麻衣の手助けをしているとき に会った。彼も、僕の事をナルの偽名である渋谷と呼んだ。でも僕を同一人物だと思っている呼び方ではなく、似ていると思っている顔をしていた。麻衣が来たときとは違う、戸惑いが彼にあったから。
曖昧に微笑めば、 はそれ以上僕に尋ねてこなかった。

彼と会ってから、僕はようやく自分が生きていることに気がついた。目を覚まし、 に会い、一緒に暮らした。
は不思議な雰囲気をしていた。聞けば十七歳と十歳だとかで、どう考えても親の庇護下にあるべき二人だった。でも二人は親の存在を仄めかすことなく、当たり前の様に二人で生きていた。
いつから二人なのかと尋ねれば、ずっと前からだよと答えられて僕はそれ以上聞けない。聞いたって彼らの思い出を共有する事はできないし、多分僕が踏み込める場所ではないのだと思う。
第一印象で、 は僕を邪険にするのかと思っていたけれど、彼は案外優しかった。 の手前だけではなく、ただただ普通に僕に接した。そうなると、 と接しているときが普通ではないように思えてくる。 のことを、恋い焦がれるように見つめ、尊い物を扱うように触れ、宝物の様に抱きしめる。
同性愛とかそういうものとはまた違う、愛情を感じた。
は、言葉や眼差しの端々に慈しむような優しさがあって、それは にも僕にも向けられていた。

二人はきちんと僕を迎え入れてくれた。彼らは孤独を知っているからこそ、記憶のない僕を理解していたのだ。頼りになるものは何一つ無く、どうしたらいいかもわからない僕を救ってくれた。

起きているときは記憶が無くて、僕の本当の名前も夢の中の麻衣のことさえも分からない。でも、眠ればまたすぐに、僕がジーンであること、記憶を失っていること、麻衣のこと、ナルのこと、全部が分かった。 は僕とナルを会わせようとしてくれて、東京に行ったけれど会えなかったようだった。それからナルがいる石川まで行ってくれたというのに、ナルは霊に取り憑かれて意識を失っていて、とても話が出来る状態ではない。
ナルとリンの関係を知らないから、 は口を噤み、僕の存在はあまり口にしなかった。口にしても、たろと呼ぶので周りの皆はペットだと勘違いしているようで、少し面白かった。
ずっと、ちゃんと二人っきりになって話そうと思っていたのだろう。ナルも僕の事は伏せていたし はやすやすと口にしていいと思わなかったのだと思う。確かに麻衣たちの前では言えない。だから、こんな風に時間がかかっても、僕は全然よかった。
それに、 と一緒に居られるのがとても心地良くて、まだ、もう少し、あとほんのちょっとだけでいいから、一緒に居たかった。
もちろん家族も大事で、もう帰れないと思っていたのに家に帰れるのだと思うと本当に嬉しかった。けれど、新しいこの家族も愛してる。目が覚めて、記憶が戻って、家を追い出されるのが怖かった。
と離れるのは嫌だ。でも、そんなことは言えなかった。
起きたときに覚えていたら迎えに来てと笑った に、なんとか笑い返して、僕は目を覚ました。夢の中で泣いていたまま、頬に濡れた跡をつけて、身体を起こした。
ナルと同じ真っ黒な服ではなく、 がくれた服を着ていて、 は隣で本を読んでた。

「…… 、いたよ」
「!」
「廃屋になった小学校で、調査に参加してたみたい」
さっきまで と日本語で喋っていたから、つい日本語で語りかける。 はちゃんと日本語を聞き取ってくれるから気にせずにそのまま話した。

「僕、夢の中のこと、全部思い出した」
「そう、よかったね」
「うん」
「……だからって追い出すなんて事しないし、遊びに来たいならまた来れば良い」
「!」
僕があまり嬉しそうじゃない顔をしていたのに、 は気づいていた。
「本当の家族が居るのだからそこに居るのが一番幸せだよ、でも僕たちと過ごして楽しかったなら、それはそれで良いんじゃない?」
小さく笑った に、僕は嬉しくなって声も出せずに頷いた。
ぱたん、と本を閉じて、 は立ち上がる。
僕に手を差し伸べるので、そっと握り返せば、さっきより少しイタズラっぽく笑った。

「ナルが来てるんだろう?連れてってあげよう」

は全てお見通しだった。なんだかすぐに会うのは少し怖かったけれど、握った手に力を込めれば、ぎゅるんと世界が回転した。

「う……き、もちわるい……」
「歩くより速いと思って」
「ここは……?」
気がついたら外に居た。いつのまにか は靴も持っていて、あんな一瞬でここまでしたことに驚きを隠せない。 がトム・リドルだということは知っていたけれど、こんなことも出来るとは思わなかった。だって、瞬間移動をしたのだ。
その時目の前でパンと柏手が打たれ、今まで考えていたことが全部吹っ飛んでしまった。
「あれ、ここは学校の近く……?」
廃屋が少し向こうに見えるので を見下ろす。
「歩いてきたじゃない。ぼうっとしてたの?」
「そうかもしれない」
頭をぽり、と掻いて足を進める に続いた。
暗くて広い校庭を、ぞろぞろと人が歩いてくる影が見えて、自然と動作がぎこちなくなる。僕は死んだと思ってたし、ナルも僕をそう思っていた。ダイバーが湖を浚ってるという噂も聞いているし、一年以上連絡もしていなかったから先が思いやられる。

!」

が嬉しそうに を呼ぶと、 が駆け寄って来て、僕と にハグをした。
それで、一度心が落ち着いた。きっと怒られるし、沢山迷惑かけたし、これから色々大変だけど、それは僕が生きているから出来る事。両親を泣かさずに済むんだ。
、ありがとう」
二人にだけ聞こえる声で、ぽそりと呟いた。


は皆が驚いてる様子に、たろが人間だと言ってなかったかと首を傾げた。犬じゃないとは否定していたけれど、人間だとわかるような言い方は一度もしてないようで、麻衣やぼーさんはすごい剣幕で言い返していた。

「ッジーン!!!!」

リンが駆け寄って来て、僕の肩をがしっと掴む。ナルもその後ろで僕をじろりとにらんでいる。

「やあリン、ナルも」
「あなた今まで何処にいたんですか!?」
はあ、と心底呆れた様子でナルがため息をつき、リンは僕を叱る。
「事故に遭って記憶喪失?本当に虚けだな」
交通事故のショックで記憶喪失だったことを伝えると、ナルは眉を顰めた。
『ナルの兄』が行方不明だということは知れ渡っているけれど、事情を説明しようにも麻衣たちに全て聞かせられる訳でもないので、ナルは皆に撤収準備をさせて僕とナルは の家に行くことにした。
リンは車の運転の為に、 は後で道案内をする為にその場に残ってもらった。


「話はだいたい分かった……」
僕と の説明で、ナルも僕がどうしていたのかは分かってくれた。それにしても、僕の身元を証明するものが何一つ出てこなかったり、警察に話が行き届いていないことが少し気になる。捜索願が出されていたのに、全く僕にヒットしないのは少し変だ。
は歪められてた、と答えたけれど、それが何の所為なのか、何が原因なのか分からないという。


2014-04-18