バレー部のマネージャーになって一週間。
一部を除いた大多数は人当たりが普通以上なので、結構慣れて来た。仕事も覚え始めたって頃には合宿が始まって、さらに忙しくなる。
「え、音駒?」
「そう。知ってる?」
「にゃんこですよね」
「う、うん……わかってるのかな?」
清水先輩と武田先生と食事準備をしながら、合宿最終日に音駒との練習試合が組まれていることを聞かされて思わず聞き返す。鳥養のじいちゃんは監督してないけど、猫じいはどうなったのだろう。
一応顔見知りなんだけどなあ。
猫の手を作ると、武田先生が顔を引きつらせながら同じポーズをとった。
「先生可愛い」
「え!?だ、だって、くんがやったからっ」
思わず笑うと先生は、年甲斐も無く恥ずかしい!と顔を赤らめた。
清水先輩は俺たちのやりとりにくすくす笑っている。
「猫又監督の所ですよね、まだ現役なのかは知らないですけど」
「!そうだよ、よく知ってるね。最近復帰されたんだよ」
「小さな巨人とか有名でしたからー」
小さな巨人と言われていた選手の事は知らないけど、最近よく耳にする。俺は一年しかいなかったし、その間にそこまで有名になった選手は記憶の中に居ないので多分知らない人なのだろう。
「わー猫じいに会えるんだー」
「え、面識あるの?猫じいって……」
「ほんのちょこっとですよ。忘れられてないと良いですけどねえ」
あはは、と炒め物をしているフライパンをふるった。
どうせ挨拶に行くからと、武田先生も清水先輩に面識がある事は伝えたけれど、もしあっちが覚えてなかったらそれはそれで寂しいものだ。
夕飯を作り終えて配膳をしていると練習から戻って来た選手たちが食堂へぞろぞろやって来た。
「先輩そでそで」
「ん?ああ、やだ……落ちて来ちゃった」
清水先輩の袖が落ちてきているのに気がつき指摘する。調理器具をざっと片付けている所だったので両手が塞がっていて、袖が邪魔だろう。
「ちょっと失礼」
「ありがと」
特に意識せず、先輩の腕を軽く掴んでまくり上げると軽くお礼を言われるが、田中くんと西谷くんの視線がきつい。じいっと見ている。そして菅原先輩が二人の首根っこを引っ張っていた。
「役得ー」
「こら」
相変わらずマドンナだなあ、と思いながら笑うと、清水先輩が自由になった手で俺の頭を小突いた。その行為は火に油を注いだようで、すんっと目の据わった二人が俺たちも小突いてくださいとお願いしに来た。
「清水先輩に触った手ー」
先輩は大抵こういう時絶対にしてくれないので俺が代わりに二人の額を指で押した。
「「っっっ!!!」」
俺の適当な言い訳に、額を抑えた二人はドシャァと膝をついて感動に打ち拉がれた。
思った以上の大きな反応に吹き出しそうになるのを抑える。
「もあんまりからかうなよー」
「はーい」
菅原先輩が引きつった顔をして注意したので俺は配膳を続けた。
「え、清水先輩帰るんですか?」
「家近いから」
「まあ、その方が良いですね。送りますよ俺」
三年が風呂から上がったあたり、二年が風呂に入っている時間に清水先輩は帰り支度をしていたので声をかける。
「いつもこのくらいの時間だし、そんなに時間かからないんだから気を使わなくて大丈夫よ」
「それこそ気を使わなくていいですって。親御さんも送ってもらって来た方が安心でしょー」
渋る先輩の背中を押して、先輩たちにじゃあ送って来ますと笑みを浮かべると、ぎこちなく送り出された。もしかして先輩たちが送りたかったのだろうか。だとしても風呂上がりの先輩たちにはやらせられない。
清水先輩は観念して困ったように笑う。
「悪いわね」
「いえいえ、近くでもこう暗いとね……心配ですから」
夜道を歩きながら他愛ない話をしていると、すぐに先輩の家の前に着いた。本当に徒歩五分って感じで近い。
「じゃ、また明日」
「おやすみ」
「おやすみなさい清水先輩」
ありがとうね、と最後にお礼を言った先輩が、玄関の中に入るのを見届けた。
帰って来て皆の所に顔を出すと、風呂上がりの田中くんと西谷くんとまだお風呂に入っていない日向くんが、お説教されていた。
「ただいまー……ってどうしたんですか?」
「おかえり、いやこいつら騒がしくて」
澤村さんがはは、と軽く笑う。
「どっか行ってたのか?」
「清水先輩送って来た」
「な!なにィ!?」
ビクンと二人が反応する。あ、言わない方が良かったのかな。
三年生は頭を抱えている。二人は、俺の名前を呼びながらゆらりと身体を揺らす。
「「どうやってお誘いしたらいいのか教えてください!!」」
そして土下座してきた。
「いや、普通に?送りますよって」
「あれはじゃないと無理だろ」
「だなー」
「俺たちが言っても多分清水は断るよ」
澤村さん、菅原さん、東峰さんは苦笑している。確かに流す感じで送ったけど、多分俺が選手じゃないからっていうのも大きいのだと思う。
「女子の扱いに関しては西谷より男前だよなあ」
豪快に笑った菅原さんの言葉に、二人はショックを受けた後俺の事を先生と呼び騒ぎ始めたので、また澤村さんに怒られていた。
「じゃ、俺たちお風呂はいろっか、日向くん」
「はい!」
怒られるのやだなと思ったので、そそくさと三年生と騒がしい二人組から逃げるように日向くんを連れて行った。
「あの、さんっ!」
「ん?」
隣を歩いている日向くんが元気よく俺に呼びかける。
「お、俺の事呼び捨てでいいんで!なんか日向くんってむずがゆいっていうか」
「そう?じゃあ遠慮なく」
「二年生の事もくん付けですよね、さんって」
ぱこぱことスリッパの音が廊下に響く。
「まだ会って一ヶ月も経ってないんだもん。ま、そのうち外れてくよ」
「あ、そういえばそうでしたね」
忘れてました!と元気に言う日向。人懐っこくて元気で、愛嬌がある。
風呂場について、手ぬぐいを腰にまわして絞めると日向にぎょっとされた。隠したいと思っている訳じゃないけど隠せるなら隠す派なので巻いたんだけど、おかしかっただろうか。
「腰ほそ!!え!?巻ききれてる!!!!すごい!」
「なるほど」
それでぎょっとしていたのか。確かに皆運動してるから筋肉ついててそれなりの体型している。月島くんもできるんじゃないかなーと言ってみれば日向ははっとして風呂場に確かめに行ってしまった。
「ちょっとさん、日向に変な事吹き込むの止めてもらえます?」
苛立ちを隠さない月島くんは俺が入って来ると真っ先に注意してきた。
「まさか信じると思わなくて」
「同じくらいの体重差でも全体的に僕の方が大きいんだからね?」
「ほぎゃ!?そ、そうか……!」
月島くんに言われてようやく理解した日向はずぎゃんと衝撃をうけていた。
俺は分かってたよ、日向。
「わ、先輩すごい細いですね……」
「山口くんも結構細いじゃん」
「わひ!」
隣に座ってぺしんと背中を叩く。
日向と山口くんは時々変な鳴き声だすなあ。山口くんの鳴き声の九割は”ツッキー”だけど。
「王様なにじろじろ見てんの?やらしー」
「な!?」
頭を洗い終えた後身体を洗っていると、湯船の方から月島くんと影山くんの声がした。相変わらずな二人だと思いながら聞き流していたけれど影山くんが見ていたのは俺らしくて、さん見られてますよと月島くんが告げ口してきた。
「え、俺?」
ざぱ、と体中の泡を流してから振り向くと、口を変な風に結んだ影山くんは視線をそらした。
「筋肉のつき方見てただけっス」
「それもそれでどうなの」
大人しく湯船に浸かっていた山口くんが苦笑する。
丁度身体を流し終わった日向と一緒に湯船に向かって影山くんの傍に浸かると言いづらそうにぼそぼそと言葉を繋げた。
「怪我で入院してたんスよね、でも、綺麗に筋肉ついてんなって」
「そう?皆に比べれば貧弱だけど」
「確かに引き締まってますよね!さん」
太りにくい体質をしているのと、本当は入院なんてしていないからたるんでない。
力こぶを作ろうとして失敗すると、日向も同じように腕の筋肉を見せてくれるが俺とは大違いだ。
「まあ、全く動けなかったわけじゃなかったし。今だってそれなりに動き回ってるしね」
「前運動してたんスか?バレー経験者でしたっけ」
「バレー部だったのはずっと昔。運動は……スポーツっていうより対人?格闘?いやでも違うか」
戦闘するような事態には基本的にならない。しいていうなら逃げる場面が多いのだ。
もごもご口ごもっていると日向がさーっと青ざめる。
「ふ、ふりょ、不良……?」
「俺は違うって。周りが乱暴者ばっかりで危険地帯だったから逃げ回ってたんだよね」
とりあえず俺の元ヤン説を払拭すべく手を大きく振る。パチャパチャとお湯が跳ねた。
乱暴者というよりも闘うことが当たり前の世に居た事もあったから、と内心言い訳をするけれど、彼らに詳しく説明しても理解されないから口にはしない。
俺の危機回避能力と運動神経は日々の生活から培われているのだと分かってもらえれば良いのだ。
「そうなんスか?」
よく分かってなさそうな顔して影山くんと日向は納得してくれた。
月島くんや山口くんはあまり口を出さないのでどう思っているかはわからないけど、干渉してこないから構わない。
それから、日向以外の一年はもう十分温まったので湯船を出て行ってしまって結局俺と日向は二人きりになった。絶大なコミュ力により、さっき呼び捨てになったばかりの俺と翔陽は異例の早さで名前呼びにまで昇格したのだった。
2014-08-18