EndlessSeventeen


夏色のくじら(主人公視点)

八十年前の写真に写っていたのは、朝顔畑に水をあげていた俺と小さな少女の楽しそうな姿だった。俺にとっても大分昔のことだったけど、このときにどれほど朝顔が綺麗だったのかは覚えているし、栄が可愛くて芯の強い少女だったことは忘れていない。
栄が川に落ちそうだったからと助けて、そのまま俺は消えてしまったからずっと彼女は罪の意識に苛まれて来たのだろう。
それでもこうして幸せに、立派にくらしてくれているのだから俺は何も言わなかった。
俺がこうして戻って来た事の説明をしてもしょうがないのだから。




07.オレンジジュース




昼前から親戚の人たちが集まり始めていて、怪我をして暫く居候させてもらってますといちいち言うのが、俺も万里子さんも理香さんも、栄も、面倒になってきて結局大ばあちゃんの友人だと簡単に紹介され始めた。
内科医をやっている万作さんに足を見てもらうと四〜五日安静にしていなさいと言われていて、それまでは陣内家にお世話になる事にしている。

大変そうなので家事を手伝おうかと申し出たけれど、万里子さんには怪我人でありお客さんなのだから気にしないでとお勝手をおいだされてしまった。夏の暑い空気が風鈴を通り抜けて、りんという涼しげな音とともに俺の身体を撫ぜる。

「うーん……あついなあ、」

夏だから当たり前のことだけど。
探検なり散歩なり行きたいところだけど何せ足をけがしている。大人しくしていなければなおらないし、きっと怒られてしまう。
涼しいところをゆったりと探して、ようやくたどり着いたのが薄暗い納戸。戸を開け放っていれば緩やかに風が出入りするし、影になっているから涼しいし、小さな子供達の喧噪も小さいと思って床に寝転がった。

あまりに気持ちよすぎて、ついついうたた寝をしてしまうと知らぬ間に人が入って来ていた。

薄目をあけてみると、途端にパソコンの打鍵の音が耳にはいってくる。こんなに激しい音がしていたのに俺は気づかなかったのだなあと思いつつパソコンの中をこっそりとのぞくとキング・カズマが戦っていた。そういえば佳主馬くんといったかな、主要キャラクターだ。
日焼けした手足と、長い前髪を盗み見て気づく。

ようやく戦いが終わったのか打鍵がやんだ。
そのまま声をかけて軽く自己紹介をしていると、携帯電話がヴーヴーと鳴り続ける。メールだと思っていたけどどうやら電話らしい。数日前からOZでラブマシーンの実用実験をしたいと声をかけて来た米軍のお偉いさんの名前が表示された。オズのトップに電話すればいいものを……とうんざりしながら、無視したら怒られるのだろうなと思って仕方なく電話を繋いだ。

『もしもし』
『もしもし さん!?先日話した件なんですが、いかがですか?』
『いかがも何も、ドロシーが断ったはずだけど?』

ドロシーというのはオズのトップのアカウントであり我らが社長。俺の友人のことだ。結構前に駄目だと断っているはずなのになぜいかがですかって話になるのかさっぱりわからない。不機嫌な声で会話を続けようとしたところで、佳主馬くんが俺を見下ろしているのでばつが悪くなり片手を上げて挨拶をしてから納戸を出た。

『以前も言いましたが駄目です、誰が作ったか知らないけどそんなAIがOZに入ったらおそらく色々な物を吸収したくさんの知識を得るでしょう。そうしたらきっととんでもないバケモノのAIが出来上がり誰も太刀打ちできなくなってしまう。いくら優れたシステムエンジニアが居てもおそらく機械の人工知能に追いつける訳が無いあいつは十万桁同士のかけ算だって一秒かからずに計算してみせるのだから』
『夢のようではありませんか!』
『馬鹿を言うな!』
『!』

丸め込もうとしているのが分かるので反論の余地を与えないように、会話をさせないように、一方的に反対し続けた。
庭で話していたけど人がいて、俺が思わず声を荒らげるとびくっとしているので苦笑いで会釈をして移動しながら電話を続ける。捻挫が悪化したらどうしてくれるんだよちくしょう。

『そんな夢みたいな人工知能、万が一問題をおこしたらどうなる。OZはおろか日本、アメリカ、世界を意のままに操ろうと考えたらどうなる。大問題がおこる。そして俺たちにあいつを止める術はなくなり、お手上げだ。このOZには誰でもいるんだ。たった一人の権力者じゃなく、何千人もの権力者が。日本中の電気を司る権利も、アメリカの核を左右する権利も、OZには潜んでいる。それを奴が知ったら奪うかもしれない。そもそもなんでそんな機械を作った。責任者が出てきてそのAIを一瞬で停止させるプログラムを入れてその発動の仕方を俺に言え!』

段々面倒くさくなってきて、口調もあらぶる。俺の英語力もここまできたなと頭の中のほんの一部の冷静な部分がため息を吐いた。
どのくらい電話つづけていたのかわからないけどそろそろ電池もない気がする。
日はとっぷりと暮れてるのに米軍粘り強い。俺の言葉が出てこなくなるまで待つつもりか。

それにしてもこっちの夕方ってあっちの明け方じゃないの。時間見計らって来たのはよしとするけど。

『ですから、そんな万が一にはなりませんし、きっと大丈夫ですって。試しに一度やってみた方が納得できますって……』
『きっと大丈夫な根拠を事細かに説明し理論付け文書にして本社の 宛に送ってみろ!いいか、A4コピー用紙を三十枚使って俺を納得させるんだ!それができなきゃ許可できない』
『いち早く実験したいんです、そんなこと待ってられません!ですから今―――』

「シャラァップ!!!」

うるせえ!という気持ちを込めて大きな声を出した。電話口の相手はひっと息をのみ、目の前に居た人々はぎょっとして動きを固めた。
あ、いつのまにか人が勢揃いしていたんだな。あれ、ご飯中でしたか。

『電池が無い、この件は終わり、許可しない。以上』

ある映画の名台詞でかっこうよくしめて電話を切ったとたん、充電が切れた。ああ、あのアメリカ野郎!

「大変失礼しました……えと、初めましてー」

眉間の皺を消して謝罪と挨拶をすると、はじめまして〜ととりあえず挨拶を返してくれる。電話終わったんだねと理香さんに言われて、先ほど電話中に理香さんが一度俺に会いに来たけど電話中だったからと遠慮して下がってくれた事を思い出す。

「あーすみません、食事だったんですよね、ごめんなさい」
「いいのよ。それにしても英語喋れるなんて凄いわね」
「あれ?あんたさっきも庭で電話してた子よね?」

理香さんの向かいの席に居た理香さんと同年代っぽそうな、少しきつめの女性が俺に問いかける。

「あ、さっきはどうもすみません。もめてたもので」
「彼女〜?」
「いやあ、違いますよ」

とりあえず座りなさいと万里子さんに言われたので理香さんと万里子さんの間にお邪魔する。理香さんの奥に居た浅黒い肌の男の人が席を詰めてくれたのでどうもと会釈すると、凄い勢いだったね英語、と笑われて照れた。

「とりあえず紹介するね」

そう言って女の子、おそらく夏希ちゃんが早口で喋り出す。健二くんはふむふむと聞きながら、俺も頑張って聞いて覚えようとしているけどちゃんと覚えられる気がしない。

「覚えた?」
「いやあ〜…………」

健二くんもやっぱり無理っぽそうだった。
とりあえずよろしく〜とのんびり挨拶をして晩ご飯になりました。
イカ美味しそうだなあ。

2013-08-06