EndlessSeventeen


夏色のくじら(侘助視点)

十年ぶりに帰って来た日本はとことんだるかった。湿気でじめじめ蒸し暑いし、ゴミみたいに人は多いし。まあビールはうまいな。誰にも言えないが、ばあちゃんの誕生日に間に合うように急いだんだ。
まだ実証実験ができていないがきっと莫大な金がうちに舞い込んで来て、ジジイが居た頃より裕福になれる。ばあちゃんが喜んでくれる。ばあちゃんに恩返しができると、思ったんだ。

今までで一番最高の誕生日にしてやりてえ。


でも、それができるまでまだ、内緒なんだ。

「ようババア、生きてたか」




09.ブラックデビルを吸うこども





「おじさん!?侘助おじさん!?」

親戚の、ちっこかった夏希がいい女になってやがった。俺から言わせりゃまだまだ成長は足りないが、あともう十年したらとびきりの美人になるだろう。昔から懐っこくて俺にべたべたついて来ていたが十年経ってもまだ変わらないようで抱きついてくる。あの頃より大きく力も強くなっている所為で俺は押し倒される形になる。
直美が夏希に離れなと言っても聞きやしねえ。


「あれえ?……侘助くん?」


天井と夏希だけだった視界にきょとんとした子供の顔が入り込んで来た。見覚えのある、引きこもりみてえに白い肌と黒猫みてえに柔らかそうな黒髪だ。

「おまえ…… か?なんで俺の実家にっていうか今まで何してたんだ」

しかも五年前と何も変わんねえなお前は。ガキ臭さが全然抜けてねえ。
なんとか夏希をはがして身体を起こすと、 は俺の顔をまじまじと見つめた。

「栄さんちの子だったのか……全然わかんなかった」

訳わからないこというのも、変わってねえ。

さん、あんた侘助と知り合いだったのかい」
ばあちゃんが俺と の掛け合いを聞いて、 に尋ねる。
「知り合い?っていったらそうですけど、本当に一瞬の付き合いですよ」
「コイツがアメリカに出張――――」
「俺がアメリカに短期留学してて、見学に行った会社に侘助くんが勤めてたんですよ」

同じ日本人だったので助けられました。と は俺の言葉を遮って喋る。

「だいたいお前いくつになったんだ。まさか十七歳とか言ってねえだろうな」
「十七歳だよ」
「嘘こけ、五年前も十七歳って言ってただろうが」


「え? くんて……いくつなの?」


近くで俺たちの言い合いを聞いていた夏希は首を傾げる。
「夏希ちゃん、年齢なんて取るに足りないことなんだよ、いくつになっても俺は俺だから」
「そっか」
格好いい事言って夏希の肩をぽんと叩き、 は立ち上がった。

「侘助くん、つもる話はまた後で。皆さんすみません、とりあえずご親族優先ですから俺はひっこみます」

そういって は、ぽかんとしている見た事ない……子供たちの半分は当然見覚えないが……少年の傍に行って小さな声で心配するように話しかけていた。


その後夏希の花札に付き合ってから隣に居た少年にパスをして輪から抜け出た。
の姿を探そうと思いふらりと縁側を歩く。



あいつは、五年くらい前に俺がちょっと小遣い稼ぎに働いてた会社に出張に来ていた。合同プロジェクトの打ち合わせだとか、近くにある会社との取引だとか色々な用を背負った、きっちりとスーツを着込んだ童顔の男だと思った。
正直な話高校生にしかみえなくて、同僚には日本人は童顔だねと苦笑いをされたことを覚えている。俺も若くは見られるがあいつほどじゃないと思った。
喫煙スペースで煙草を吸っているのをみかけて声をかけた。
英語を喋っている時はきっとした面持ちで口調も的確かつ丁寧だった。それにアメリカ英語というよりもイギリス英語を使っているため、俺からすれば少しそっけなささえも感じた。そんな は日本人とわかると、人懐っこい笑みを浮かべた。
「煙草―――」
「吸う?」
「いらね」
吸うのか、と呟きかけると は箱を傾けた。酷く甘い香りのする煙は普段煙草を吸わない俺からしたら気にならなかった。
「この煙草、喫煙者からは結構嫌われるんだよね」
顔をそらして白い煙を吐くと、ふんわりと甘いミルクのような香りがする。
「女みてえ」
「ココナッツミルクだよ」
グレーのジャケットの胸ポケットに煙草とライターをしまって、煙草をぐいぐいと灰皿に押し付けて火を消す
「歳は?」
「十七歳」
「嘘つくな、その歳で社会人やってるわけがねえ」
の所属は中卒なんかを雇うような会社でもないし、ましてやそんな子供をアメリカ出張させるわけがない。確かに子供みたいな顔をしているが仕草や喋り方、眼差しなんかは十七歳とは思えない程落ち着いている。

出張期間は二週間程で、休憩スペースで会うことがあったが仕事を一緒にこなしはしなかった。ただその手腕は噂にはなっていた。
一度だけ仕事上がりに酒を飲みに行こうと誘ったが年齢確認されるとこまるからと断られた。ということは、パスポート上では未成年ということだろうか。ますます訳が分からなくなってくる。

結局 は日本に帰るまで年齢を明かさなかったし、会社の名詞しか寄越さなかったため会社用のアドレスしか知らないまま別れた。
積極的に交流を持とうと思ったわけではないが、あいつのどこかひとりぼっちを思わせる言動の数々に惹かれていたのは確かだ。何も知りはしないが、きっとあいつと俺は同じなのだと思っていた。



「あれ侘助くん」
「よう」

角を曲がったら、台所からひょっこりでて廊下を歩いてくる を見つけた。イカをもにもにと頬ばりながら俺に気がついて片手を上げる

「お前今何やってんだ」
「ああ、前の会社に居るよ」
「今は名前変わってOZだよな確か」

世界中のありとあらゆる人が登録している大きな仮想世界の創設会社にいる 。五年前といったら本当にもう初期の世代で、その当営業部代表と名目を打って来ていた は相当出世をしているのだろう。そこまで聞く程野暮ではない。
が日本へ帰国して数ヶ月後、プロジェクトの担当が から変わっており、名前を見る事はなくなった。電話のやりとりでも は不在らしく、どうにも会社に出社していないのだと聞いた。

「会社に居ない時期あったろ」
「ちょっと身内に不幸があってね、色々大変だったんだ」

身内、という言葉を聞いて少し戸惑った。コイツには家族なんて居ないと思っていた。父や母にはもう何年も会っていない……もう会えない、と零していたことがあったからだ。違和感を感じたが身内なんてくくったら色々ある。血のつながりのある誰か一人くらいはいたのだろうか。

ひどく気まぐれで、謎に包まれていて、不思議なやつだった。

2013-08-09