EndlessSeventeen


夏色のくじら(健二視点)

飛びついていってしまった夏希先輩に続いて、同じく"部外者"だった さんまでも僕の隣から居なくなった。侘助さんと親しげに話す三人と、ぽつんと立ち尽くす僕は酷く遠い場所にあると思った。

でも さんはすぐに戻ってきて、さっきみたいに僕の肩をとんとんと叩いた。
安心しなよ、と語る眸は同い年には見えなくて、さっきも侘助さんが言ってたようにきっとこの人は大人なのだろうと思った。
お風呂でのやり取りも、なんだか納得がいく。
アメリカに留学してたことも、年上なことも、余裕のある微笑も、きっとこの人みたいな人が夏希先輩の理想なんだろうな。

「何やってんだろ……僕」

布団の上で、ごろりと寝転がった。

同じ客間で寝る予定の さんは、電話をしに部屋をでたきり戻ってこない。



10.兎の王様と、愛が欲しいブリキ



「?なんだこれ」
静まり返った部屋に、電子的な音が響いた。僕の携帯だと気づいてリュックサックから取り出すと、変なメールが一通。数字の羅列で、一通りみて僕は取り付かれたようにそれを計算し始めた。
無我夢中でレポート用紙に数字を書き続け、導き出した答えを迷う事無く打ち込んで返信したころには、深夜三時だった。
ネズミのアバターが手紙を持って遠ざかって行く様をぼうっと見つめて肩の力を抜いた。
「スパムメールには返信しないのが一番の防犯だよ、健二くん」
「!! さん、も、もどって来てたんですね」
「うん、目の前跨いだよ」
いつのまにか自分の後ろに敷いてある布団にごろりと寝転がっていたのは さんだ。
そしてすぐにまたメールが贈られて来て、開いたとたん三秒カウントして爆発した。
「うわあ!!」
あまりにびっくりして携帯電話をとりおとす。

「ウィルスじゃないといいね、そのメール」

さんはなんて事の無いように呟いた。

「結局始まっちゃったなあ」

横向きだったのを、こんどは仰向けになって天井をぼうっと見つめる横顔に僕はすみませんと謝った。呟きの内容はよくわからない。
「いいんだ、健二くんのは結局大した問題にはならない。ただ……ちょっと明日は大変かもしれない」
明日だけじゃないかもしれないけど。うん。と半ばひとり言の様に囁いていて、 さんの横顔がもう眠ろうとしている事に気がついた。
「もう明日でいいや……」
そう言ったきり、 さんは何も言わなくなった。
顔を覗き込むとすやすやと眠っている。










次の日、OZの混乱と主犯である僕が報道された。アバターを盗まれ、ログインもできず、誰に相談したら良いかわからなくなってパソコンを借りようと納戸へ向かった。佳主馬くんか さんが居るかもしれないと思ったのだ。

駆け込んだ納戸にはやっぱりパソコンをしている佳主馬くんと、携帯をいじってる さんがいた。
「あのさ、パソコンかりていい!?」
「言い方が駄目。もっと取引先に言うみたいに言って」
「あははは何それ」
佳主馬くんは僕をじとりと見下ろして、 さんはのんびりと笑った。
「も、申し訳ありませんが、パソコンを貸してください」
「面白いねえ、二人とも」
「ん」
満足したのかよくわからないけど頭を下げると佳主馬くんはパソコンを貸してくれた。座布団は貸してあげないんだ!と さんがさっきからずっと笑ってる。なんで朝からこんなに楽しそうなんだろう。

パソコンをかりて、OZアカウントにログインしようとしても入れなくて佳主馬くんの助言でサポートセンターへ連絡しようとするも、アカウントが認証できなくて電話がつながらない。焦ってどうしたらいいかわからなくなっているところで、佐久間から電話が掛かってきた。


『まさか、お前の仕業じゃないよな?』
「ちがう!」
『だよな。動機も度胸も無いよな』
わかってるならなんとかしてよ!!と佐久間に助けを求めた。

「無理だよ、パスワードが書き換えられてるから管理棟に入れない」

ようやく、 さんが笑い終えてまともな発言をした。佐久間も電話口で同じ事を言っている。
昨日ばらまかれたメールが問題だったらしく、その問題を解いてしまった僕はたらりと汗をかいて声を絞り出した。僕が解きました、と。

とりあえず陣内家の電話番号でアバターをつくってもらい、OZにログインした。
たくさんのアバターをあやつるようにしている、僕の元々のアバターに震えながら声をかける。

「僕のアバターでイタズラするのはやめてくださぃ……」

得体の知れない相手に強くでられなくて、思わず語尾が小さくなってしまう。
ぐるりと向いたネズミは、もう僕のアバターだった面影は無くて、怖い顔をしていた。

なんとか言及しようとしたら、急に殴られた。
エリア限定のはずのバトルモードになっていた。アバターがダメージを受けているのが分かる。
僕は咄嗟の事でどうしたらいいかわからず狼狽える。佐久間が逃げろ!と言うけれどちっぽけなアバターとどんくさい僕ではそんな素早く動けなかった。

「うわあ痛そう……」
「なにやってんの!!ちょっと貸してっ」

さんは画面を覗き込んで、佳主馬くんは僕を押しのけてパソコンの前に座った。
カタカタと凄い勢いでキーボードを打ったと思ったら、ふぎゅふぎゅと踏みつけられている僕の上に何かが飛んで来て、攻撃が止んだ。
あれ、と思って見上げると、白い兎が立っていた。

『キング・カズマ……!』

佐久間の興奮した声が聞こえた。
繰り広げられる戦いを目で追うのがやっとだ。
キング・カズマはあっというまに悪い顔をしたネズミを捕まえてみせた。

「雑魚だよこんなん」

「あ、いた!愉快犯を発見しました!」
「よぉし、逮捕だ!」

そのとき、逮捕だ!!!と子供二人が走りよって来た。僕は二人に押しつぶされ、それに気を取られた佳主馬くん、いやキング・カズマは動きを止めてしまった。その隙にネズミは腕から抜け出す。
ああ、と思ったときにはもう遅かった。奴は近くに居たアバターをぱくりぱくりと食べてしまった。

数体食べると奴の身体は変化し、浅黒い肌で筋肉のついた、あたかも強そうなアバターになった。
キング・カズマと対峙したと思えば襲いかかってくる。
パワーアップしたのか、奴の動きは素早い。そして子供二人に邪魔をされて動きが鈍ったキング・カズマはたこ殴りにされる。

「逃げて、佳主馬くん!」
「!」

さんが叫んだと同時に、キング・カズマは蹴飛ばされた。

倒れたキング・カズマの下には、KOの文字が。
キングが、キングじゃなくなってしまった。

倒れて放心状態のキング・カズマに駆け寄る。僕じゃこんなバケモノをどうにかすることもできなくて、どうしたらいいかと迷っていると目の前に何かが飛び降りて来た。
ふわりと黒いマントを棚引かせた背の高い黒猫だった。ちらりとこちらを向いた眸はルビーみたいに赤い。

『これ、……オズの魔法使いだ……!!!!』

すぐに向き直って、杖を振ったと思えば杖先から光が発せられた。目くらましをされている間に、僕とキング・カズマは猫に抱き上げられて箒にしがみついてた。
びゅおお、と凄いスピードであの場所から離れ、比較的静かな場所でおろされた。

「あ、ありがとう……ございます」

猫の姿をした魔法使いは、こくりと頷き何も言う事無く消えた。

『健二!今の見た!?俺初めて見たよ!!!』

オズの魔法使いっていったら、OZの生みの親とも言われているアカウントだ。
OZのトップ、ドロシーが先日会見をして、魔法使いの帰還を報告していたけれど、本当だったのだ。ほとんどが目にしたことも交流したこともなくて伝説と言われてるので、佐久間はテンション上がってる。佳主馬くんは敗北に呆然としてて、 さんは子供たちを連れて部屋を出て行った。

2013-08-25