「あれえ、健二くんは?」
食事中にきょとんと顔をだしたのは、昨日家に帰ったらいつの間にかばあちゃんの友人としてニコニコ笑ってた少年だった。
今さっき顔を洗っているときに会ったけどろくな会話もしてなくて、正直どこのだれかも、どんな子なのかもあまり分からない。昨日だけで分かったのは結構のんびりしててマイペースなところ。でもガンガン英語を喋るので本当の彼がよくわからない。
「いま、翔太が連行してちゃったよ」
「リアル逮捕みちゃった!」
「こら!」
直美が外を指差し、真悟が笑って、典子さんが真悟にげんこつをした。
その言葉を聞いて、 くんは額に手をあてて肩を落とす。
「あちゃ……遅かった」
12.Squeamish ossifrage
「あのニュースは誤報でして、健二くんのアバターが偶然乗っ取られちゃったんですよ」
「どうしてそんなことがわかるのよ?」
「暗号を解いちゃったって言ってたけど彼の送ったパスワードは間違ってたんですよね」
暗号云々は分からないって顔をしている人が多かった。二〇五六桁の暗号を解いたパスワードを導き出したと思われる彼のレポート用紙を掲げ、最後の一文字を指差す。
『The magic words are squeamish ossifrage. To know is to know that you know nothing. That is the true meaning of knowledgq』
シャープペンで書きなぐられた英語。
咄嗟には読めないが、彼がすらすらと読み上げる。
「正しくはこう、The magic words are squeamish ossifrage. To know is to know that you know nothing. That is the true meaning of knowledge」
最後の一文字が間違っています。qではなく、eなんですね。夢中になってなければ、これ文章なので間違ってるの分かると思うんだけど彼アドレナリンがでてたんだろうね。とニコニコ笑った。
「まあとにかく、俺が保証します」
「それが正しいパスワードかなんてわからないでしょう?」
姉さんが苦笑いをする。たしかに、最後の一文字をあえて間違えたパスワードだとしたら健二くんのパスワードが正しい事になる。本当の正解なんてOZの管理者に聞いてみないと分からないのだ。
「正しいですよ?だって俺が考えたんですもん」
シャラップと叫んで居間に入って来た時も、侘助くんと親しげに呼んで近づいて行った時も、今も、彼は俺たちを良く驚かせる。
「これ見せた方が早いですかね」
そういって彼が取り出したのが社員証で、OZ管理本部と の文字。顔写真も小さく写っているので偽造ではないようだ。
創業当時からSEしてたので管理部では古株なんですよ。とまた年齢を感じられない事を言う。けれど社員証には説得力があり疑いようが無い。
「今OZが大混乱になってます。水道や電気、交通機関、他多数に影響が出てるはずです」
そう言うと、各々の携帯に連絡が入り始める。水圧がどうとか、ナビがどうとか。
とりあえず俺は健二くんを迎えに行こうと夏希をのせてバイクを走らせた。
「 くんて、何者なのかな」
バイクで走ってる途中に夏希が呟いた疑問に、俺は全くだ……と返すしかなかった。
健二くんと翔太を連れて帰ってくると、ばあちゃんがあちこちに電話をかけていた。 くんも縁側で薄っぺらいノートパソコンを叩きながら電話を続けた。 くんの電話の内容を聞いてるとおそらくシステムエンジニア達に指示をだしているようだった。いつもの喋り方よりも少しきつくて、凛としていた。
夏希たちはばあちゃんの電話風景を見た後 くんの背中も見て小さな声で凄い……と呟いていた。
俺もできることをしようと、ばあちゃんの背中を見る。ふと視界には言ったのはたくさんの写真や手紙類。ばあちゃんの若い頃の写真が散らばっている。ほとんどが白黒で重たい色味をしている。
一枚だけ、足下に落ちていた写真を拾い上げて俺は驚愕した。
朝顔に水を上げている十代半ばくらいの少年と、十にも満たないくらいの小さな少女が微笑んでいた。遠目の写真ではあったが少女はばあちゃんだ。
もう一人は、酷く くんに似ている気がして、背筋が凍る。
あり得ない。あり得ないのに、彼の不思議な言動が頭に入って来て全否定できない。
まさか、こんな八十年くらい前の写真に彼が写っているはずがないのに。
2013-08-25