EndlessSeventeen


夏色のくじら(主人公視点)


健二くんが暗号を解くときに使ったレポート用紙を拾い上げて確認するとやはり最後の一文字が間違っていた。これは俺が作ったパスワードを暗号化したものだから俺だけが知っている答えなのだ。暗号で解けるようにしておくっていうのもちょっと問題だったかな。
健二くんの濡れ衣を晴らそうと陣内家の面々に説明をするけど皆半信半疑で、あまり信じてくれていない。俺が暗号の事をいってもぽかんとしている。
たしかに子供が何言ってんのって感じだろう、仕方がない。一番手っ取り早いのは身分を明かす事なので、持ち歩いている社員証を一番近くに居た理一さんに渡す。
OZの管理本部の と銘打ってあり、五年以上前から一切変わってない顔写真と、QRコードがある。このQRコードは社内に入るときに使うものだ。
理一さんだけは声を出さずに、でも目を丸めて驚く。他のみんなはええ!?と思わず声を漏らしていた。
何年も十七歳やってると、こうやって驚かれることにはなれてる。変な役職に就いてたり、歳不相応のことしてたりするからだ。だいたいは年相応の所に居るんだけどこういうイレギュラーな場面もでてくる。ていうか、多い気がする。十七歳である意味はと時々考えたくなるけどこの生活は深く考えたら負けなので考えないことにしてる。

「さて健二くんと翔太迎えに行ってくるかな……」

そう言いながら腰を上げた理一さんと目が合い、俺はお願いしますと言う意を込めて笑いかけた。






13.ゆめ枕に花






健二くんと翔太にいが帰って来た音が遠くからしたけど、俺は縁側に座ってノートパソコンを膝の上において作業をしていた。本部の部下達に指示もだしていたのでおかえりと言う暇はない。
栄も各所に電話をかけているようなので、俺も頑張らないと。

「もうすぐ管理棟に入れるようになるからスタンバイしててくれ」
『どういうことですか? さん―――あ!!!入れました!』
「じゃあ沈静化にあたれ。俺も入るから」

さっさと復旧しないと、と思い電話は切った。
健二くんありがとう、俺にはあんな計算は出来ないよ。集中と胸の高鳴りで、汗がじんわりと浮かび顎を伝うけど拭っている時間すらもったいない。
動かし続ける手の甲にぽたりと雫が落ちて、とろりと首を伝った汗が胸まで来た。

ようやく自体が収まって来た頃、もう日はとっぷり傾いていた。

作業中に夕食はと聞かれたけどまだ目の前の仕事は終わってなくて、謝った記憶はあったけど気がつけばもうみんな勢揃いしてご飯をつついていた。はあ、と肩をまわしながらバキバキと音を聞いていると目の前にコップが差し出された。
「よ、お疲れ」
「……」
隣に座ってたのは侘助くんで、差し出して来たのはビールだった。麦の匂いがふわりと鼻孔をくすぐる。

「むかつく」

ちょっと乱暴な手つきで受け取ってぐびぐびと飲んだ。

「あぁ!?おい !何なんだよさっきから」
「っかー!この一杯の為に生きてる!!!」
「おっさんかオメーは」

侘助くんが律儀に突っ込んでくる。アメリカに居た時から俺の言動がふわふわしてるからって色々聞いて来たのを思い出した。

「ばかなこ……ほんとにさ」

ノートパソコンを脇において、立ち上がる。天然パーマの頭に手を埋めてわしわしと撫でて、するりと手を下ろした。

……?」

もう始まっちゃったよ。
もう、終わっちゃうよ。

お別れをしなくてはいけないな。


そう思いながら団欒の中にいる栄を見た。目が合って、おいでおいでと手招きをされたので俺は傍に座った。
邦彦さん、克彦さん、頼彦さんとは初対面だったのでぺこりと会釈をする。

「この人は さん。私の友人でね。色々頑張ってくれたんだよ」
「へえ、若いのにすげえな」
「いくつだ?」
「ありがとうな」

三人は口々に俺に話しかけた。十七歳ですよと笑うとさっきビール飲んでたじゃねーかと頭を乱暴に撫でられる。そいつは年齢詐称なんだよ!と翔太にいが指をさすと、太助さんが翔太にいを怒った。

「でもすごいよ、 くんOZに勤めてるんだろう?」
「はい、まあ。友人に引き込まれる感じで」
「へえ」

太助さんは電気店に勤めているからか心なしか目が輝いている。邦彦さんたちは俺がOZに勤めていると言う事を聞いてさら凄いなと褒めてくれた。そういえばOZは結構な一流企業だということを思い出す。



大勢居るので話題は流れるように移り変わり、最終的にAIの話になった。侘助くんがラブマシーンを作ったのは俺だもんと名乗り出て、栄さんに事情を説明している。わなわなと震えている栄さんはとうとう長刀を振りかざした。

「侘助!ここで死ね!」










―――帰ってくるんじゃなかった、こんな家。


そう呟いて、侘助くんが俯きながら背を向けた。ちらりと一瞬だけ俺を見てから何も言わずに去って行った。今、此処から出て行ったら君はきっと後悔するだろう。それでも俺は止めなかった。

その夜、栄と健二くんが花札をやっているのを少しだけ盗み聞いた。また賭けをしているのだろう。健二くんはあっさり栄に負けて夏希ちゃんを頼まれている。あまりに突拍子もない話に、自信のない健二くんはふんわりと約束をした。それでも彼はきっとやりとげてくれると、栄も俺も信じている。

夜も更けて皆が寝静っている頃に、俺はひっそりと栄の部屋へ忍び込んだ。

「さかえ」
「……おに、ちゃん……」

眠っている栄の枕元に座り、優しく呼びかければ小さく返事をした。俺の声を覚えているのだろうか。
栄は、ごめんなさい、ごめんなさい、と謝った。ゆっくりと、微かに続く懺悔。
しわくちゃな手をそっと握って、優しく撫でると謝る声はぴたりと止んだ。そっと顔を近づけて、耳元で囁く。

「迎えに来たよ、栄」

あの子は、まだ暗い森の中で彷徨っていた。俺が手を引いて帰ってあげられなかったから、ずっとずっと、八十年もの間一人で。

「かえろうか」
「うん、おにい、ちゃん……」

渋みのある声が、少女に戻ったかのような口調を発する。優しく頭を撫でれば穏やかな顔で深い眠りに落ちて行った。
それからすぐに、栄の寝息は聞こえなくなった。苦しいのだろうか、辛いのだろうか。俺は一度も死んだ事がないからわからない。きっともう心臓もとまって、助からない。

ハヤテが唸り、吠え始める。

一度隠れて、ばたばたと人が駆け込んで来たのを確認してから俺も輪のなかにひっそりと加わった。静かにただそこに立っていた。
栄の胸を強く強く叩く間も、俺はずっと見守っていた。




―――また、置いてかれちゃったな。



2013-08-30