EndlessSeventeen


夏色のくじら(万里子視点)

今年はいつもと違う夏だった。親戚ではない子どもが二人もいて、ただでさえ大変なのにOZで何かが起こったり、家族が全員そろわなかったり。一番堪えたのは、母さんが亡くなったこと。
だというのにうちの子供達はまたOZやらゲームやらで、わあわあと騒いでいる。
お母さんのお葬式の為に写真を探したりお客様へ連絡したりしないといけないのに。

直美と一緒にアルバムを見ながらぼやいた。





15.死神の肖像






理香が持って来てくれた写真がちょうど良くて、すこし散らかしたアルバム類を戻し、今度は母さんの部屋へ向かおうと立ち上がる。
ふと、中に古い写真がまぎれている事に気がついた。前を歩く二人は私が足を止めたのにも気がつかず、歩いて行く。

くん……?」

白黒で、ふるぼけた写真だけれど、風をうけて髪の毛を踊らせたくんそっくりの少年が写っていた。目鼻立ちは分かる程度には状態が良い写真に、ぽつりと名前を零してしまう。
色のない写真だから当たり前だけれど、大きな黒目は何処までも真っ暗で、何故か陰鬱に見えた。
何を考えているのか分からない無表情で遠くを見つめた写真。これは、昔母さんに見せてもらったことのある写真の人だとわかる。あのとき母さんは一枚しか写真がないのだと笑っていたけど、きっとこの写真を隠しておきたかったのだろう。
口元は緩く、目元は優しく、顔立ちは穏やかなのに、どこか底冷えするかの様な暗さを携えている人だと思った。
あまりにくんにそっくりすぎる彼は、ごはんが美味しいですと笑った少年と同じようには見えなかったけれど、確かにくんだった。

「どうしたの?母さん」
「あ、ううん、いえ、行きましょう」

理香が振り向いて私に尋ねるので、何でも無い風を装った。この写真を見せてもきっと疑惑が深まるだけ。
くんの身元はしっかりあるのだと理香は言っていたのだから、これ以上くんに対して思いを募らせるのは辞めた方が良い。





昔母さんに見せてもらった事のある写真は、朝顔に水をやっている少年と少女の写真だった。その少女は母さんで、少年の方は名前の知らないお兄ちゃんだと言われた。
私が中学校に上がる前に、お父さんには内緒よと話してくれた母さんの初恋の話だ。
そのお兄ちゃんは結局夜の森へ消えてしまったという、少し現実離れした最後で、今となってはただ初恋は叶わないのだという話をしていたのだろうと思っていたけれど。もしかしたら本当に母さんの初恋の人は闇の中に棲む人だったのかもしれない。
一枚の写真を見て、そう思わざるを得なかった。

母さんが前に言っていた。本当に深くを考えて口にした訳ではないのだろうけど。
「そろそろお父さんが私を迎えにくるだろうからね」
母さんはもう九十歳にもなるから、そう言ったのだろう。でもそういう話には、まだまだお父さんじゃお母さんを連れては行けませんよ。なんて二人で笑ったものだ。

「でも迎えにくるとしたら、もしかしたらあの人かもしれないねえ……」

ぽつりと呟いて、母さんは黙ってしまった。
私は今まで深く考えてこなかったけれど、母さんのあの言葉の意味をようやく理解したような気がした。母さんを迎えくるのは、暗い闇に消えてしまった初恋の人だったのだろう。

くんは、母さんを迎えに来たのかもしれない。


あの子は私たちを助ける救世主でもあり、母を連れて行く死神だった。

2013-09-23