EndlessSeventeen


夏色のくじら(佳主馬視点)

おばあちゃんが死んじゃって、OZが大混乱で、父さんが居ない今母さんと生まれてくる妹を僕が守らなくちゃって思った。でも一人でどうすることもできなかった。
そんなとき、健二さんが、弱々しいけれど立ち上がってみせてくれた。 さんは、何も言わずにただただ頑張ってくれていた。
家族じゃないから平気なのかと思ったけど、 さんの目が少し赤いことを僕は知っている。

「しまって行こう」

家族でもないのに僕たちの事を考えてくれて、一緒に泣いてくれて、一生懸命になってくれる二人に心の中でこっそりとお礼を言った。
僕が、守らなくちゃ。





16.ヒーロー





良い所まで行ったのに、翔太にいの所為で失敗した。憎たらしくて仕方が無かった。思いっきり殴ったけど、もうきっとあいつは二度と捕まえられない。
折角守れると思ったのに。
さんが、震える僕の拳をそっと撫でた。
包み込んで優しい掌は少し固くて、冷たかった。

「な、なんだこれ!?」

モニタから、佐久間さんの声がした。ワールドクロックが狂ったように数字をはじき出す。
皆で息をのんで見守っていると、二時間十秒の所で時間が止まり、カウントダウンが始まった。 先輩は僕の手をぎゅっと握っていた。
「な、なんで……原子力発電所が……」
健二さんは呟く。
「大変だ……米軍の秘匿回線でアラームが鳴っている……」
理一おじさんが声を上げた。ええ、とそこに居た人全員が目を剥くなか、 さんだけはずっと俯いていた。
「日本の小惑星探査機あらわしが……制御不能のまま地上へ落下中……!」
あらわしはGPS誘導で任意の場所に落下できる性能があり、もし奴があらわしを操っているとしたら。理一おじさんがそこまで説明するとみんな段々状況がつかめてくる。

世界が終わるかもしれない。

急に、そんな事言われたって。

誰か助けて、世界を救って。

もくもくと吹き出しが悲痛な叫び声を上げた。OZなんてただの仮想世界だと思ってた。どんなに喧嘩したって身体は痛くないし、アバターが差し入れを貰ったって僕が満たされるわけでもなかった。
それでも心は少し満たされていて、どこか楽しいとさえ感じていた。
そんな風に、世界は段々浸食されていたのかもしれない。

OZが悪いんじゃない。僕たちのことを支えてくれて、世界を楽にしてくれた。けれど、今そのOZが大変になったら何も出来ずに誰もが手をこまねいているしかないのか。
いつのまにか、 さんは僕の手を離していたことに気がついた。 さんは遠くをじっと見つめて、ゆっくりと息を吐き出していた。その眸はぼんやりとなんかしてなくて、何か強い意志を感じた。
「あいつにとってはこれはゲーム。なんらかの思想があってやってるんじゃない」
さんが、ゆっくりと口を開いた。
「米軍内でもかなり混乱している。実証実験のつもりが、こんな事態を招くとは想定していなかったんだろう」
「だから許可しないといったのに……馬鹿……」
理一おじさんが続けて、 さんがぼやいた。ずっと英語で喋っていたのは米軍だったのだろうか。OZでも重鎮らしいと聞いたのは記憶にあたらしくて、そもそもこの人がどんな人なのかこれっぽっちもわからない。けれど、きっとすごい人なのだろう。
だからこそ尽力してくれてる。

―――キングカズマ、あの怪物を倒して!!

モニタから、音も無く声が聞こえる。理一おじさんが重苦しげに重大さを物語っているけれど、僕にできることなんてない。
ただ戦うことしかできない。

『助けて、オズの魔法使い』

二時間以内に、あんなバケモノからアカウントを取り戻せなんていわれても無理だ。オズの魔法使いなら出来るだろうか。あの人は……人かもわからないけど、いま何をやってるんだろう。責任をなすり付ける訳じゃない。でも、頼りになるのは魔法使いだけだった。
ドロシーは奪われたと さんが言っていた。もしかしたら、魔法使いももう居ないのかもしれない。


ぞっと、背筋が凍る。


僕は、母さんと、妹を、守ってやらなくてはいけない。
家族を見捨てて、逃げることなんて出来ない。
キーボードを打つしか、やることはないんだ。
必死になって瓦礫から抜け出した。隣で さんが、佳主馬くん……と小さく呟いた。静止する声だったけれど、僕は手を止められなかった。指先一本にやられて、動かなくなった僕はぼよん、と何かに包まれて、黒いバケモノに飲み込まれていく。
悔しかった。 さんがぐっと肩に手を置いたから、思わず さんの胸に顔を隠した。せめて涙は見えないように。
「ばあちゃん、ごめん、母さんを……妹を……守れなかったっ!」
皆も、ぐっと押し黙る。
さんは僕をぎゅっと抱きしめて、師匠のでかい手が僕の頭をわしわしと撫でた。

「侘助くんが、どこにいるんだろう……」

ぼそりと、呟いた さんの声に誰もが頷いた。けれどあの人が帰ってくるわけがない。
僕たちは負けてしまったんだ。

「でも、まだ、負けてないよ」
「!!」
「負けたじゃん……」
さんがいつも通りの顔で、声で、言った。
そして、諭すように僕の身体を放した。
「負けてないよ、俺たちはまだ生きてる」
「はい、負けてません」
さんに続いて健二さんが力強く言った。

「あきらめたら解けない、答えはでないままです」
「OZは、俺が守ります」


その言葉に、家族全員が息を飲んだ。



2013-09-23