そのとき俺は少し怒られていると思った。理不尽な恨みとかではなくて、ただ俺が何かいけないことをしたから叱っているような口ぶりだった。わけがわからなくて、そのあとばあちゃんと大喧嘩して家を出て行ったから に聞くことはできなかった。
きっと にはこんなふうに離れてしまったら、また当分会えないのだろう。あいつほど存在が不確かな奴は見たことがない。
でももういいや、あいつはきっと向こうで家族を作って、ニコニコ笑ってるんだろう。アメリカで見た時よりも楽しそうで、優しそうな雰囲気だった。それを俺は作ってやれない。
ばあちゃんもきっと、 を気に入って孫みたいに思ってるだろう。だから俺は帰らない。
「何が起こってるか、何にも知らないくせに!!!」
受話器の向こうで夏希が泣いている。
なんなんだよ、と呟くと、夏希が震える声で教えてくれた。
「栄おばあちゃんが死んだの」
17.BIRTHDAY
「おばあちゃんの誕生日忘れてたなんて嘘!」
帰るもんかと思っていた。帰るっていうのは、迎えてくれる家族が居るところを指す。ばあちゃんが居ない今俺に帰る家なんてなくて、 は多分、そんな事になる俺に馬鹿って言ったんだ。
「本当はおばあちゃんに会いにきたのよね!? くんが言ってた……侘助おじさんはおばあちゃんが大好きだって……!」
は、やっぱり何だって知ってるんだ。
夏希に何言ったかは知らないし、俺が にばあちゃんの話なんてした事もないのに、やっぱり知ってた。
ばあちゃんに本当に二度と会えなくなる。そう思ったらアクセルを踏んで、ハンドルを切っていた。フロントガラスが割れようが壁を擦ろうが構わずに家に帰った。ばあちゃんの居る家に。
ものすごくスピンして、いろんな物にぶつかってようやく車を止めた。翔太の車がボコボコになったがそんな事は気にせずに車から降りた。
「ばあちゃん!ばあちゃん!!」
「侘助、おばあちゃんにちゃんと挨拶してらっしゃい、そしたらみんなで……ご飯食べましょう」
万里子おばさんが、優しく言った。俺は傷だらけのまま、ばあちゃんの眠る部屋に走った。ばたばたと"家族”が料理の準備をしている。こんなに暖かい家なのに、俺がめちゃくちゃにしてしまったのだ。
「ばあちゃん、ただいま……」
ばあちゃんは眠っているみたいな顔して、横たわっていた。氷がたくさんある部屋は少し涼しくて、ばあちゃんが大事に育てていた朝顔は今日も誰かが水をやったみたいにみずみずしかった。
「おかえり、侘助くん」
「 ……ごめん」
縁側で相変わらずノートパソコンをいじくる がこちらを見ずに声をかけた。俺はその背中に謝る。こいつはOZの人間だから、きっと今も復旧に当たっていて大変なのだろう。
「OZは……俺がドロシーと作った」
「、」
「だからOZは、俺の家で……奪われたアバターはみんな俺の家族だ」
「 」
「俺には本当の家族が……いない、だから、この家族は絶対に守る」
「ごめん」
「謝らなくていい。だからお願い、力をかして」
俺は自分の家族だけじゃなくて、世界中も、そして、 の家族もぐちゃぐちゃにしたんだ。ぐっと拳を握って に頭を下げた。けど はまた俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。顔を上げると、 は優しく笑っていた。
「侘助くんも、俺の家族だよ」
どんなに大変な時でも は笑う。仕事でミスが発覚したときも、社員に嫉妬のあまり揶揄されたときだって、今世界が混乱に陥っているのに、へらりと笑う。力がなさそうな笑顔なのに、俺はこの笑顔に何度だって勇気づけられて来た。
ばあちゃんが、あんたならできるって言う時と、何処か似ている。
は、信じているのだ。
「ご飯食べよう、侘助くん」
「ああ」
がパソコンを閉じて手を差し出した。俺はその手に触れて、そっと握り が歩くのを支えた。
きっとひょこひょこ歩き回ってるから捻挫はまだ治ってないんだろう。こういう時は頼りなく見える。
あと一時間。家族全員でパソコンへ向かう。
家族は花札に参加し、俺はリモートでラブマシーンを解体に当たる。 は、やることが終わったらすぐに参加すると言って、一人ノートパソコンに向かった。
「OZカジノステージへようこそ」
2013-09-23